第42話 犬と猫


「エレオノーラ・アンネ・ルーベンス女王陛下、ご入城!」

 

 要塞正門の前で、兵士が叫ぶ。


 俺たちは国で最も高貴な人物を出迎えるべく、道の左右に一列に並んで地面に膝を突き、最敬礼の姿勢を取る。


 ――エレオノーラ女王陛下。

 純白の鎧に身を包んで馬を駆るその姿は、さながら戦乙女。

 だが震え上がるほど冷たい眼差しと、何者をも近寄らせぬ絶対的覇者の振る舞いが、彼女を〝王〟たらしめている。


 俺がこれまで彼女の姿を拝見したのは、数えるほどしかない。

 世継ぎになる可能性ゼロの公爵家次男坊じゃ、謁見の機会なんて与えられるワケないからな。

 祭事や祝い事で挨拶する彼女を、遠巻きに見たくらいだ。


 そんな女王陛下は、何万ものルーベンス王国軍兵士を引き連れてやって来たらしい。

 見ると、女王直轄にして精鋭部隊の王都近衛兵も揃っている。


 確か王都近衛兵は『ベッケラート要塞』の増員に向かっていたと聞いたが……。

 もしかすると幾らかの兵を残し、あとは総力を挙げて救援に駆け付けてくれたのかもしれない。

 

 しかしまさか、彼女が直々に陣頭指揮を執るとは……。

 それにこの援軍スピード……正直言って驚きだ。


 ――俺は、エレオノーラ女王陛下のことをよく知らない。

 かなり聡明でおっかない人物だ、と噂で聞いていたくらいである。


 だが自ら身体を張って前線までやって来るとは、想像以上に肝が据わったお方のようだ。


「……驚いたな」


 要塞内へと入ったエレオノーラ女王陛下は、呟くように言う。


「喜ばしい誤算と言うべきか。まさか私の到着前にアシャール帝国軍を撃退していたとは」


「フフ、あのベコベコザコスター公爵は、想像以上に出来るお方だったということでしょうか?」


「違うぞルティス、〝ベルグマイスター公爵〟だ」


「あら失敬♪ 人の名前はどうも覚えられなくて」


 エレオノーラ女王陛下に付き添うルティスという大人の女性。

 結われた長い黒髪、糸目、泣きぼくろ、さらに口元には常に微笑を浮かべて絶やさない。

 そしてレーネさんと同じデザインの衣服を着た、ザ・使用人。


 そんな佇まいの彼女は、エレオノーラ女王陛下と冗談交じりに会話する。

 親密な仲らしき雰囲気だ。


 それにしても、このルティスさん――かなり強い。

 一見油断し切っているようで、まるで一切の隙がない。

 女王に追従する王都近衛兵たちと見比べても、明らかに格上だ。


 もしかすると、この人が王都近衛兵たちの実質的な司令官ボスだったりして?

 いや、まさか……。


 なんだか服装と相まって、見れば見るほどレーネさんと同じ気配を感じる人だな……。


 ルティスさんはやや惚けたように首を傾げ、


「そういえば――『ヴァイラント征服騎士団』が先に救援を出していたようですし、もしかしたら彼らの活躍のお陰なのではありませんこと?」


「確か騎士団の第二位ナンバーツーと、例のベルグマイスター公爵の次男坊が向かっていたらしいな。生き残っていれば……話を聞いてみたいものだ」



   ✞ ✟ ✞



「――オスカー! 無事だったのね!」


「! リーゼロッテ!」


 エレオノーラ女王陛下が入城し、手負いばかりとなった要塞の生き残りと増援兵団の交代が始まった頃。

 俺の目の前に、なんとリーゼロッテが現れた。


「ど、どうしてここに……? 『ベッケラート要塞』は――」


「向こうなら大丈夫よ。王都近衛兵と中央の予備兵たちが守ってくれてる。アタシたちは志願してエレオノーラ女王についてきたの」


「そーそー、あっちは平和そのものよ。今頃ローガンのおやっさんは、茶でも飲んでんじゃねーの」


「デニスさんまで……!」


 リーゼロッテに続き、デニスさんまでやって来る。

 彼の後ろを見ると、『ヴァイラント征服騎士団』の他のメンバーの姿も。


 どうやら、かなりの数の騎士たちがこの援軍に志願したようだ。

 

「しっかし面白かったぜ? このリーゼロッテときたら、お前さんを心配してばっかでちっとも落ち着かなくてよぉ。ありゃまるで恋する乙女――」


「フンッ!!!」


「ぎゃあああああああッ!? 足があああああッ!」


 デニスさんの足を思い切り踏み付け、言葉を遮断するリーゼロッテ。

 相変わらず一言多い人だなぁ、デニスさんは。


「ア、アタシはオスカーがちゃんと役に立つか心配だっただけよ! 勘違いしないでよね!」


「ア、アハハ……。まあ、それなりに頑張ったよ」


「ならいいのよ。そういえば、レーネやギルベルトは? 一緒じゃないの?」


「!」


 その質問に、俺はやや口ごもってしまう。


「……レーネさんは報告があるってどこかへ行っちゃって、ギルベルトは……その、しばらく動けないそうだ」


「――! まさか、アイツがやられたの……!?」


 事態を察したリーゼロッテは、大層驚いた様子を見せる。


「信じられない……ウチの第二位ナンバーツーが……! なにがあったの!? どうやってあの〝魔剣士〟を――ッ!」


「お取込み中失礼します」


 リーゼロッテが問い質そうとした矢先、レーネさんがズバッと話に割り込んでくる。


 そんな彼女の背後には、エレオノーラ女王陛下の使用人であるルティスさんの姿。

 やはり二人は顔見知りのようだ。

 

「数日振りですね、リーゼロッテ様、デニス様。お元気そうでなによりです」


「え、ええ、あなたもね、レーネ……」


「レーネたん冷たい! この痛々しい足で元気なように見えるぅ?」


「デニス様はどうせ余計なことを言って痛い目を見たのでしょう。セクハラです。サイテーですね」


「ふぐぅッ!」


 容赦なく浴びせられたレーネさんの言葉で、遂に撃沈されるデニスさん。

 可哀想に……後で骨は拾ってあげますからね……。


「それでルティス様。あのお方がオスカー・ベルグマイスター様です」


「ふんふん、なら彼がまるまるうまうまなのね?」


「はい。かくかくしかじかです」


 なにやら言葉を合わせる二人。

 あなたたち、それで会話が成り立つんですね……。


 ルティスさんは俺の前まで歩くと、軽くロングスカートを摘まんでしゃなりと頭を下げる。


「お初にお目にかかりますわ、オスカー・ベルグマイスター様。私めはルティス・ラドリー。エレオノーラ女王陛下の使用人を務めております。以後お見知りおきを」


「ど、どうも、よろしくお願いします……」


「さて……さっそくで大変不躾なのですが、ご質問をお許しください」


「質問、ですか?」


「ええ、ちょっとした心理検査テストです♪ オスカー様は――」


 彼女はそう言いつつ、手袋をキュッとはめ直す。

 その刹那――――俺は感じ取った。


 ハッキリとした〝殺意〟を。


「――ッ!」


 反射的に両腕でブロックした瞬間――俺の身体はぶっ飛ばされる。

 信じられないほどの怪力で、殴りつけられて。



「――〝犬〟と〝猫〟……どちらがお好きでしょう?」


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