第41話 嫌な予感
――〝『ジークリンデ要塞』攻略戦〟は、俺たちの勝利に終わった。
相対したアシャール帝国軍の損害は、確認できただけでも死傷者およそ8千人、捕虜2千人。
対する『ヴァイラント征服騎士団』の被害は騎兵と軍馬を合わせても500足らずと、戦力比を鑑みれば完勝と言っていいだろう。
だが、それは上辺だけの数値だ。
『ジークリンデ要塞』に2万からいた兵士たちは壊滅状態となり、生き残ったのは捕虜となった3千人程度。
新司令官であった父上……ヨハン・ベルグマイスターも激しい拷問を受けたらしく、精神が崩壊して今や廃人同然。
その嫡男であるアベルは、裏切りの後に戦死。
加えて――『ヴァイラント征服騎士団』
幸いにも味方兵士が早期に発見したため一命を取り留めたが、あまりにも怪我が酷い上に魔力を使い果たしており、しばらくは戦線復帰できないだろうとのことだ。
戦には勝ったが……失ったモノは大きく、与えられた被害を補填するのも難しい。
決して手放しでは喜べない――それが今の俺たちの状況だった。
「……」
『ジークリンデ要塞』を取り戻してから早二日。
俺は城壁の上で、ぼーっと空を眺めていた。
時刻は昼で空は晴天。
要塞内では設備や軍備を整えるため、兵士たちがせわしなく動き回っている。
「オスカー様、こんなところでおサボりですか?」
そんな俺の下にレーネさんがやって来る。
彼女は満身創痍のギルベルトに代わって兵士たちに指示を出し、司令官代理を務めてくれている。
お陰で戦後処理がスムーズに運んだ。
俺は剣術はともかく組織運営はド素人だから、本当に助かったよ。
「ああ、レーネさん。これでも見回りの警備をしてるつもりなんだけどね」
「それは頼もしいことです。ですが今のオスカー様は実質この要塞のボスなのですから、部屋の中で堂々とサボってもいいんですよ。ちょっとしか怒りませんから」
「ちょっとは怒られるんじゃないですか……。それとボスはレーネさんでしょ」
「私は皆に指示を出しているだけの、お茶目な使用人です。イェイ☆」
無表情で可愛らしいポーズを決めるレーネさん。
謙虚なんだかふてぶてしいんだか、相変わらずよくわからない人だなぁ……。
そんな風に思う俺を余所に、彼女は俺の隣までやって来る。
「……ヨハン様、アベル様ご両名のことは残念でした。ご心痛、お察し致します」
「……ありがとうございます、心配してくれて。でも大丈夫ですよ。そこまでショックは受けてない」
「気丈夫なんですね」
「それほどでも」
――父親が廃人になり、兄は裏切り者になって戦死した。
ベルグマイスター家が没落するのは疑いの余地もない。
レーネさんから見れば、俺はあらゆる意味で全てを失ってしまったように映るのだろう。
でも俺からすれば、追放された時点で――だからな。
複雑な気持ちではあるが、なるべくしてなってしまったんだろうって感じだ。
「それより、ギルベルトの具合はどうです」
「治癒師が懸命に治療してくれたお陰で、容体は安定しているそうです。今はぐっすり眠っておいでです」
「なら良かった。……しかし、彼をあそこまで追い詰めたのは――」
「十中八九、悪魔でしょうね。あの〝魔剣士〟をここまで追い詰めるなんて――と言いたいところですが、生きていただけで奇跡のようなモノです」
――レーネさんと話していて、俺は肌がざわつくのを感じた。
吹き付ける風が、妙な湿り気を帯びている。
「悪魔……悪魔ですか……」
俺は地平線の彼方へ目を向け、
「……なんだか嫌な予感がしますよ。この戦争――俺が思っていたより、ずっと厄介な事態になりそうな気がします」
ポツリと、呟くように言った。
周辺諸国を巻き込んでの、ルーベンス王国とアシャール帝国の大戦争。
それが俺の予想していた未来だった。
だがどうにも、そんな常識的な範疇で収まりそうもない。
俺たちは――これから、あんな怪物と戦っていかなければならないのだから。
「そうですね。でも心配無用では?」
「え?」
「だって、私たちには無敵のオスカー様が付いていますから。恐れるモノはなにもありません」
「い、いや、別に俺は無敵でもなんでも……」
「でも悪魔を倒しましたよね?」
「そ、それは運よくどうにかなっただけで……」
「倒しましたよね?」
「……倒した、けど」
「ほら無敵。超サイキョー。これからはオスカー様の時代だぜ、オゥイェー」
無表情のままノリノリで韻を踏むレーネさん。
……褒めてるのか煽ってるのかよくわからないが、実力を認めてくれてるのは事実なのだろう。
いや、あるいは気を紛らわせようとしてくれているのかもしれない。
「……まあ、頑張りますよ。やれるだけのことは――」
そう言いかけた時――俺は気付いた。
地平線付近に、大人数の兵士たちがいることに。
「――ッ! レーネさん、兵団です! おそらく数万規模の――!」
再びアシャール帝国が大軍を引き連れてきたのかもしれない。
俺は警戒したが――その心配はすぐに払拭される。
何故なら、彼らの中にルーベンス王国の軍旗が掲げられていたから。
「アレは……味方の増援ですね。どうやらこれで一息――……オスカー様?」
「い、いや、その……」
別に自慢じゃないけど、俺は割と目がいい。
結構な距離が離れていても、そこにどんな物があって誰がいるのかが判別できる。
だから――見えたのだ。
大軍の先頭に立つ人物の姿が。
「あの中に……エレオノーラ女王陛下がいるんだけど……」
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