第7話 プライドはボロボロ


「…………」


 ――夜。

 空がすっかり暗くなり、もはや外で訓練をしている者など誰もいなくなった時間帯。


 昼間オスカーに完全な敗北を味わわされたリーゼロッテは、夕食も取らず自分の部屋に閉じ籠っていた。

 

 彼女にはプライドがあった。

 自分は『ヴァイラント征服騎士団』の第三位ナンバースリーであり、これまで血の滲むような鍛錬を繰り返してきて、幾度も実戦という修羅場を潜り抜けてきたと。


 自分は強い。強くあらねばならない。

 いつかは『ヴァイラント征服騎士団』の第一位ナンバーワンと呼ばれるようになってやる。

 もう誰にも、負けるもんか。


 ずっとそう自分に言い聞かせてきた。

 その信念こそがリーゼロッテのプライドであり、よすがだったのだ。


 なのに――それがたった一瞬で叩き壊された。

 それも貴族なんかの、戦場も知らぬお坊ちゃんに。


 あの時――自分は確かに全力だったのに――。

 

 リーゼロッテのプライドはもうボロボロのガタガタで、なにもする気が起きないほどだった。

 だからずっとベッドの上で体育座りし、顔を伏せていたのだが、


『――おいリーゼロッテ、いるんだろ? 入るぞ』


 トントン、と部屋の扉がノックされる。

 続いてキイッと開いて、食事を乗せたトレーを持つ一人の男騎士が姿を見せた。


「ありゃりゃ、こいつは随分凹んでんな。ま、貴族なんぞにやられてたら無理もねーか」


「……なんの用よ、デニス」


「決まってんだろ。お前が飯も食わずに閉じ籠ってるっていうから、心配でからかいに来てやったんだっつーの」


 そう言って男はトレーを机の上に置き、部屋のロウソクに火を灯す。


 デニスというこの男は年齢およそ三十前後、やや細身の長身で無精ひげを伸ばし、軟派な雰囲気こそしているが顔の風貌は二枚目半。

 そんなどことなく胡散臭い男騎士のデニスだが、立場的にはリーゼロッテの兄貴分。

 さらに相応の実力者でもある。


「ま、最近のお前は負け知らずで調子乗ってたからな。ちったぁ痛い目見れてよかったんじゃねーの?」


「うっさい……万年第五位ナンバーファイブのアンタなんかに、なにがわかるっていうのよ……」


「グ、グサッとくること平然と言うな……確かに俺はお前よりずっと弱えーけどよ……」


 デニスはリーゼロッテと向かい合うように椅子に腰掛けると、どかっと足を組む。


「……それで、強かったんだな。あのお坊ちゃんは」


「……」


「お前が手も足も出なかったとなると、ぶっちゃけもう普通じゃねーよ。なんでそんな男が貴族出身で、おまけに名前すら知られていない無名の剣士なのか……興味あるね」


「知らないわよ……いいからもう放っておいて……」


「おいリーゼロッテ、お前そのままでいいのか?」


「――っ」


「負けっぱなしでいいのか? それってお前らしくないんじゃねーの? 挑んで、負けて、悔しくて自分を鍛えて、また挑んで……。お前、これまでそうしてきたはずだろ?」


 そう語るデニスの口調は優しく諭すようだった。

 デニスはもう何年もリーゼロッテと共に騎士団員として過ごして、彼女の性格はよくわかっているのだ。


「俺はなリーゼロッテ、自分が万年第五位ナンバーファイブであることに納得してる。結局、それが俺の実力の限界だからだ。俺はもう、お前みたいになれない」


「……」


「だけどよ、お前はどうなんだ? 自分が第三位ナンバースリーに留まっていることに、本当に納得できてるのか?」


「……納得なんて、してるワケないじゃない」


「なら今お前がすべきことはなんだよ? いじけることなのか? もう一度――あのお坊ちゃんに挑むことなんじゃないのか?」


 デニスにそこまで言われて――リーゼロッテは、ようやく伏せていた顔を上げる。

 そんな彼女の瞳には、ハッキリと闘志が宿っていた。


「……ようやくいつもの目に戻ったじゃねーか。ならまずは腹ごしらえだ。飯食って元気出して、たっぷり鍛錬したらまたお坊ちゃんに――」


「あんがと、デニス。アタシ行ってくるわ」


「へ?」


 デニスが言い終えるよりも早くリーゼロッテはベッドから立ち上がり、部屋に置いていた予備の剣をむんずと掴む。

 そしてそのまま、走るように部屋から出て行ってしまった。

 彼女の部屋には、デニス一人だけが残される。


「…………せっかく、飯持ってきてやったのに……」

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