第162話 同じく不信仰者であったら、どうします?

 そんな馬鹿なと驚きながらもジーナはバルツ将軍のあの態度やみんな熱狂を思い出し光栄だと思うよりも戸惑いが、今度は寒気に襲われた。


「龍身様から説明はされないだろうからここでお教えします。聖油式とはかつての大戦において龍祖様が、最後の戦いに挑む戦士達に龍の加護として香油を滴らせたのが起源だ。戦後は戦いが起こらずそのようなことをする必要が一切なくなったので廃れたが、このように衝撃的な復活を遂げたわけです」


 この最後の戦いとはそれは即ち龍との……とジーナはその予感に囚われた。


「教団上層部でも意見が出るでしょう。そのような戦士が最前線に立って戦士もしくは捕虜になったらどするのかと? しかも一人であるのなら……」


「もしかして後方任務に回されるとか」


 ジーナは怯えた声を出した。


「嫌かね」


「絶対に嫌です。無理矢理にでも私は前に出ますよ」


 いきり立ちあがろうとするジーナをルーゲンは両手を方に乗せて押しとどめた。


「さすが君だ。その言葉を聞きたかったし君ならそう言ってくれると思った。実を言うと上の方で君をこのまま最前線に配置するかどうかの声が前々からあり、あの聖油式の件でさらに大きくなるだろう。このまま近衛兵に昇進させ龍身様の傍に配置したほうが良いのでは? こう打診すればどうだろうか? 彼だってそういう心が芽生え始めているかもしれないからな」


「馬鹿な! 私はそんなことは」


 中腰からなお立とうとするもジーナは立つことができずルーゲンの顔を見つめた。そう見えてそこまでの力があるとは。


「これは確認です。君の心は揺るがないかもしれないが、ひょっとして恋人にそのようなことを言われていてちょっと迷っているかとも思いましてね」


「そんなものはない」


 そうは言ったもののジーナの頭にはハイネの顔がすぐに浮かんだ。


「ハイネ君に言われたのは間違いないのか」


 この人は心を読んでいるのかとジーナは背筋が寒くなり声も震えた。


「それをハイネにするのは、間違いです」


「まぁそこに拘るのは止そう。座ろう、僕は君の味方だ」


「それは分かっております」


 息をつきながらジーナは座った。そうだこの人は味方だ。そこは疑うところではないと。


「ではこうしようじゃないか。ジーナ君は聖油を浴びたことにより龍への信仰に目覚め、更なる戦いに身を捧げる決意を固めた。その全ては龍のために……と説明しよう。そうすれば上層部は何も言い返せない。君がそれでいいのなら、僕に任せてもらいた」


 異論はあるにはあったがここでそれを言うことはできなかった。形式はなんでもよくただ前線に居られるのならば


「私はそれで構いません。どうか上にはそう言って貰えれば」


「頭を下げることは無いですよ。これぐらいなんでもないことです。僕としましては君が変わらず最前線で戦ってくれることに感謝したいです。ありがとうございます」


「いや、そんな感謝などされても恐縮ですからやめてください」


 本当やめてもらい貰いたいと止めるとルーゲンはすぐに顔をあげた。


「謙遜ではなく君が本気でそう言っているのが僕にはいつも不思議です。そうです、君は心の底から感謝はいらないと思っている。不思議ですよね、信仰心がないというのに。あそこまで誰よりも戦えるだなんて」


 そう言うとルーゲンは暫くジーナを眺めだし目を細めた。


 左右の大きさの違うルーゲンの瞳はその時は同じ大きさになるも、そこにジーナは何か不安がよぎりだした時にルーゲンは口を開かずに尋ね出した。


「君は、そう君は、もしも僕に龍の信仰が無いとしたら、どう思いますか?」


「そんなはずはないです」


「どうして?」


 どうしてもこうしても、とジーナは焦った声が出た。


「だってあなたは龍のためにあれほどまでの苦労して」


「それは君も同じですよ。いやむしろ君よりも苦労はしていないと思いますけれど」


 この人は冗談を言っているはずだとジーナはルーゲンの細目を凝視するもそこに嘘の色が無いことに恐怖する。


「いや苦労といいますが祈りをあれほど捧げて」


「跪いて掌を合わせたり組むことなど形だけなら耐えれば誰でもできます。僕はその時に心の中で舌を出しているかもしれませんよ」


「そんなことはない!」


 ジーナが叫ぶとルーゲンの瞳は大きく見開かれた同じであってはならない、そうであってはならない。私達は、同じものであってはならないんだ、とジーナは心の中で祈った。


「私にはルーゲン師がそのような人には到底見えません」


「僕にはジーナ君がそのような人には到底見えない」


 ジーナは衝撃とともに言葉を失いルーゲンは立ち上がった。


「ではここで失礼するよ。前線の件は僕に任せていいから安心して。まぁ大丈夫だよジーナ君。僕は君の望みを全面的に後援しますから」


 そう言いながらルーゲンはジーナの右手をとり持ち上げ、立たせた。


「僕は龍身様にとっては龍を導くものであり君にとってはそうだな……龍のもとへと導くものとなろう。だから共に行こうジーナ君……中央の龍のもとにね」


 その言葉に対してジーナはただ一度頷いた。

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