第6話 訓練という地獄
「父様、母様は今日何でここに来たなの?」
「いいね、今後もそんな感じで頼む」
「うん、わかったなの」
画面の中で微笑むルリに、満足そうに答えるグン。今日ここに来た目的を話始める。
「今日ここに来たのは、この場所についてとか、ルールとか色々だな。俺自身自分が誰なのか、何なんか、どうしてここに居るのか解らないんだ」
「そっか~でもごめんねなの、ルリもこの場所については良く分からないなの、施設の管理者、それがルリなの」
[んよ]の次は[なの]なの~、等とは口にしない。だって何をされるか解らないから。
グンは現状をルリに説明する。実に真面目な顔をしながら。
「そっか、それなら仕方ないな、じゃあ質問を変えよう。4日後に次のゲームがある、その内容はわかるかい?」
「わからないなの、ゲーム内容についても知らされていないなの」
「う~ん、やっぱりか~」
申し訳なさそうに俯くルリ。
「あぁ~ルリは悪くないんよ、悪いのは変な質問をしたグンなんよ」
横からメイがフォローしている。グン自身も具体的な返事は期待していなかった。
「そうそう、それに何となくルリがどう答えるのか想像ついてたから落ち込まないでくれ」
「そうなの?父様はルリに意地悪をしたかったなの?可愛い娘の泣き顔に興奮するタイプなの?」
「そんな特殊性癖は無いわ!!」
ルリの言葉に同意するようにジト目をしてくるメイ、グンの尊厳のためここで言っておこう。そんな性癖は無く無く無い無く無い無い筈である。もっとも違う意味での涙女子は性癖d…。
「う゛う゛ん゛、そうなると今後は生き残るためなにが出来るかだが、何からやっていけばいいんか解らない、ルリ心当たりは無いかい?」
「なんか誤魔化したなの、でも聞き分けてあげるなの、父様にアドバイスがあるなの、まずは体力作りなの、どんな状況でも逃げられる体力を作るなの!」
「なるほど、体力作りか。納得だ」
「そうねメイも賛成なんよ。何時間でも逃げられる体力を作るんよ」
やけに強調されたメイの何時間という台詞。グンの背中に何かが駆け上る。
「前回のゲーム時間は初回限定なんよ、通常ゲームで1時間は無いんよ」
メイに言われて思い出す、確かに前回は1時間くらいであった。もっともあの状況ではグンに時間間隔は無く、ただ必死だった。
(最後に聞こえた声は何と言っていた?次のゲームは2時間とか言ってなかったか?)
「次のゲームは2時間なんよ、前回の倍の時間なんよ」
「確かにそう言っていたな、それなら逃げるための体力は必要だな」
「そうなの、でも父様2時間逃げる体力では足りないなの、もっと必要なの」
「そうなんよ、もっと必要なんよ?」
「………」
思わず黙り込むグン、彼女たちの瞳に怪しい光が灯っている事を見逃せない。
(これは不味い!危険だ!えまーじぇんしー!!?)
「ということなの、なので父様には特別コースを走ってもらうなの、その後は銃の練習なの」
「え?俺って戦ってもいいの?」
「同然なの、生き残る手段は多い方が良いなの、戦う手段と相手を殺す手段を選ぶ必要が無いなの、父様には絶対生き残って欲しいなの、ルリは父様の為に心を鬼にするなの」
「メイ、娘が急に物騒になったぞ?」
「え?どこが物騒なんよ?可愛いものなんよ」
メイからの同意は得られなかった。鬼になると言うルリはニコニコしている。いや本当にニッコニコだ!
戦々恐々としているグンの目の前、床が割れ、下から台が現れる。台の上にはライフル?マシンガン?銃に詳しくないグンは困惑していた。
「戦場に置いては銃は手足なの、当然いつも持ち歩くものなの、逃げる時にも持って逃げるものなの、父様にはコレを持って走ってもらうなの」「明日以降はもっとふさわしい服装を用意するなの、今日はその服装でおっけーなの!」
「これ…を?」
手に持った銃は思いの外重かった。いや、グンが思っていたイメージよりは軽かったのだが、それでも何故か重く感じられた。
人を殺す道具。
それがグンの感じた重さなのかもしれない。
不安そうに銃を両手で持つグン、するとどこかで扉が開く音が聞こえる。
「明日以降はもっとふさわしい服装と装備を用意するなの!今日はその服装でおっけーなの!それを持って走るコースはあの先なの、父様、がんばってなの!母様にはこのマニュアルを渡すなの、それで父様を励ますなの!」
「任せてなんよ!グンはメイが面倒みるんよ!」
(あの扉の先に行ってはいけない!あの先は地獄だ!踏み入れてはいk)
思考中に後ろから服の襟元を掴まれ、メイに引き摺られるグン。身体全部を使い抵抗するもまったく気に掛けないメイ。
「く!離せ!一体どこにそんな力が!?」
「黙るんよ…やると言ったのはグンなんよ、メイとルリはグンに協力すると決めたんよ。只それだけなんよ…」
「まっ!待ってくれ!確かにその通りなんだがせめて心の準備を!」
「訓練場に着く頃には出来てるんよ、戦士とはそんなものなんよ」
どこの歴戦の戦士だ!と突っ込むも、すでに何かがメイに憑依している。メイの聞く耳は何処か遠い彼方に放り投げた後だ。
「後の事は気にしないんよ、すべてメイに任せるんよ」
優しい瞳、まるで聞き分けの無い子供を諭すようだ。襟首を掴む手の力強ささえなければグンの心は落ち着いていたかもしれない。
「た、たすk…」
グンの言葉は最後まで聞き取れなかった。無情にも扉は閉まり彼は地獄へと案内される事となる。
グン、無事の帰還を心から祈ろう。
無情にも閉まった扉、グンは諦めてその場所を見た。
(知っている…知っているぞ!)
眼前に広がる光景、それはアスレチックコースであった。
だが、グンの心は恐怖に慄いていた。
(俺はこの状況を知っているんだ!これは不味い!)
グンの頭には昔見たアニメの光景が浮かぶ、それは心優しき男たちを狂人へと変えた光景。
ギャグ調のアニメであり、当時は腹を抱えて笑っていた。が、いざ自分がそれを味わうとなれば話は違ってくる。
コースについてメイが説明してくるが、半分上の空である。最後の抵抗とグンはメイに問いかける。
「や・め・な・い・か・?」
「なんよその言い方、やめないんよ、てかさっさとそれ持って走るんよ、ゴーゴーなんよ!ハリーハリーなんよ!」
「神は存在しなかった…」
諦めて銃を持ち直し走り出すグン。
コース1周2kmほど、自然を利用したアスレチックコース。
走り始めてすぐの坂道を走りぬければ、ネットが張られていた。メイの説明ではそれを潜り抜けるのだが、如何せん銃が邪魔である。
グンは走っていて如何に銃が邪魔であるか理解した。何も手に持たず走る事と、銃を手に持って走る事、当然銃を持つ方が難易度が高い。
ネット潜りならば尚の事、銃がネットに引っ掛かり中々進めない。
悪戦苦闘の末なんとか潜り深ければ森林エリア。走る足元は木の根が邪魔をして走り辛い。その上どこからか飛んでくる野球のボール。
恐らく足元だけ見て走るな、そんな訓練なのだろう。
(軟式で良かった、硬式なら死んでいた!)
軟式でも痛いものは痛い、球速は120は出ているだろうか。目で確認した頃には体に衝撃を受けている。
森林エリアの次は岩渡りと一本橋、ご丁寧に下は川だ。落ちれば流されてしまう。
不均等に配置された足場、軽くジャンプすれば渡れそうな距離も在れば、助走無しでギリギリ渡れそうな距離もある。
問題は他にも在っ、岩の形も平坦では無く自然石がそのまま使われていたのだ。
(あの岩はワザとか…銃を持って飛び移る、かなり厳しいな。落ちれば衣服が濡れる、濡れた衣服は疲れた体に重く圧し掛かるってか。)
岩を渡り切ったとしても、一本橋が待っている。その幅はおよそ20cm。広いと考えるべきか狭いと感じるべきか、絶妙な幅であった。
なにせ手すりが無い、バランスを崩せば川へ転落である。
水深は腰辺りまでだろうか、嫌がらせの様に濁った流れで底が見えにくい。
川辺にも仕組みがあった。川から上がるためには川面から2mほどの壁をクライミングする仕組みになっている。
川下はご丁寧にスタート近くに設定、悪意しか感じられない。
(ここは一気に駆け抜ける!)
踏み出し飛び移った最初の岩、グンは見事に川へと転落していた。
(苔…だと!?)
正面から見た岩に苔はなかった、だが裏側には苔が密集していたのだ。
視認トラップにあっさり嵌ったグンは見事に落下、立ち上がろうとした川の流れは思いの外早い。そしてここでも銃が邪魔をしてくる。
(なんてこったい、これは本当にきついぞ)
何とか踏ん張りながら川辺へと辿り着くグンが見た物。それは高い壁、見上げた2mは遥かな高みであった。
(マジか、これを登れと?)
掴める場所は指の第一関節程度、握力切れは川への転落。
(いっそこのまま川下まで流された方が楽なんじゃないかな~。)
などと考える位にはグンの心は砕け掛けていた。
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