Eden of the inhuman

たなかし

プロローグ 「ヒトガタ」

「今月だけでもう八人目です」


 捜査官らしき人物は、繁華街の路地裏で屈み込み、手に持った懐中電灯で血だまりを照らす。


「うわ……」


 照らされたそれを見た別の者は、思わず口を抑える。


「ガイシャは?」

「損傷が激しくて、性別もちょっと……。すぐに鑑識を――」

「いや、急がせなくていい。遺体がまだ新しい。却って危険だろう」


 原型を留めない「人だった物」に手を当てながら、中年の男性は言った。長身でやや細身ではあるものの、服の上からでも引き締まった筋肉質の体格が分かる。そして短めにセットされた髪に、きれいに着こなすスーツは、彼の品の良さを感じさせる。中年と言うよりは紳士と言う表現のほうが似合いそうだ。


「『ヒトガタ』ですかね? 広報にはやっぱり――」

「殺人事件でいい。下手に混乱を招かせる必要はない」

「了解しまし――」


 その紳士に敬礼をしようとした彼が言葉を終えないうちに、その頭は切り落とされた。


「牧田⁉」

「わぁぁぁぁ⁉」

「……」


 それを見た二人は驚きを隠さず、大声を出す。一人だけ、紳士の真横にずっと立ったままの小柄の若い男だけは、落ち着きなのか、恐怖によるものなのか、黙ったまま微動だにしない。


「おぉ、おぉ。美味そうなご馳走、まだある」


 突然聞こえる、その奇妙な声のほうへ視線を向ける。「牧田」と呼ばれた男の真後ろの壁に、何者かの姿が見える。

 建物の壁に逆さに張り付いた異形の人物は、地面に届きそうな長さの細長い舌を動かしながら、三人を見て言った。


「岡島、下がっていろ!」

「し……しかし……」

「命令だ!」


 紳士が声を荒らげると、部下らしき男は指示に従い大きく後退する。

 その容姿、行動、言葉使い。どれを取ってもそれは「人間のような何か」にしか見えない。


「おぉまぁえぇ。頂き、ます!」


 たどたどしい言葉を発し、壁から勢いよく紳士に飛び掛かる。




「……う、ぅぅ。うぐぁぁぁ」


 勝負は一瞬だった。頭を真っ二つに割られた人のような物は、長い舌をだらしなく垂らしたまま絶命する。

 それまで全く動かなかった小柄な若い男が、長舌が紳士に飛びつくより先に、それに切りかかったのだ。


「岡島、鑑識を頼む」

「はい!」


 若い男は手に持った剣のようなものにネクタイを巻き付ける。瞬く間にそれはタイピンに戻り、何事もなかったようにまたネクタイを留め、元の役割に徹する。


「佐野、感謝する」


 紳士は若い男に礼を言うと、佐野と呼ばれた男は言葉の代わりに、にっこりと首を縦に振って返事をする。

 それを確認すると、紳士は胸ポケットから携帯を出して電話を掛ける。


「あぁ。今月も帰れそうにない。すまないな」




 都心では昨今、世間を騒がす事件が起きている。連続猟奇殺人事件。犯人は複数と思われるが、実際にいかほどいるのか、誰も把握していない。

 だが、ただ一つ分かっていることがある。

 それは人間であって人間でない、と。

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