近衛騎士は幻想の花国で美しく咲く

第一章

第1話

　日陰に咲く紺瑠璃花（ネイビー・ラピスラズリ）はかわいそうだろうか？　

　実家の書斎で父の罵声を浴びながら、イアン・エバンズは窓辺に置かれた花瓶に目をやる。そこには、夜空に星を散りばめたような、すっと澄み渡る紺青の花が、刺さっていた。

　（あのときも、彼女は綺麗に咲いていたな……）

　イアンは麗しい花の姿を心に描き、過去に思いを馳せた。

　「あら、紺瑠璃花（ネイビー・ラピスラズリ）かしら？　きっと魔花（まか）の種が飛んで来ちゃったのね、かわいそうに」

　イアンが騎士団に入団する前。まだ家にいた幼き日。塀の影に咲く花を見ていたら、母が深青（しんせい）の瞳を悲しませて言った。

　（……かわいそうに？）

　イアンは母と同じ目を持つが、映っているものは全く違うように思えた。

　母の言わんとしていることはわかる。ほとんど陽が当たらない日陰では、花はすぐ枯れてしまうことも。家の庭は魔肥（まひ）が少ないため、満足に栄養を蓄えられないことも。母から見れば『かわいそう』なのだ。

　けれどイアンには到底『かわいそう』なんて言葉は出てこない。空に向けて凛と咲く姿は、どこにも悲壮感を漂わせていないのだから。

　『儚くも美しい私には、置かれた場所を嘆く暇なんてないわ』

　そんな風に彼女は、言っているようだった。

　「どこ見てんだ！」　

　父が怒号とともにイアンの柔らかい栗毛をつかみ、現実に引き戻す。二年前なら抗えたかもしれないが、筋肉が落ち薄くなった体ではなすすべもない。

　あの日を境に、優しく撫でてくれた手は消えた。母の瞳も、濡れたままだ。

　「ああ、まだ諦めないで。きっとロイ様があなたをベータに戻してくれるわ！　ね、だから近衛騎士（ロイヤルガード）を辞めるなんて……」

　——置かれた場所を嘆く暇があるのなら、凛と美しく咲くわ。

　彼女の麗姿（れいし）が己と重なる。

　（降りかかった運命を呪っても仕方ない。それならせめて、新たな幸せを見つけたい）

　なんてささやかな願いだろう。イアンはそう思っているのだけれど、両親にはひどく受け入れ難いことのようだった。

　「金輪際、うちの敷地をまたぐな！！」

　左頬に受けた打撃は、二十三年間続く家族の関係に終止符を打つ。

　熱を持ち始めたそれは、この先ずっと関わらずに済む免罪符（めんざいふ）。一生跡が残ってくれと切に願った。