トリカゴ〜魔術と異能の二重奏〜
@TOILEE
魔術師と異能者
第1話 はじまり
「魔夜は強い、魔夜は可愛い、魔夜の事を愛してる」
やわらかな日差しが心地よい中で、"時代遅れ"のマフラーから排気ガスを排気し続ける高速バス---成田国際空港発不知火高等学校行。
そのバスの後部座席には、至って普通の男女が座っていた。
だが、片方の様子はおかしく座席に背中を預け目を瞑って船を漕いでいる少年に対して、少女は少年の耳元で怪しげな言葉を囁いていた。
「魔夜は強い、魔夜はかわいい、魔夜の事を…」
その言葉を永遠にループして呪詛じみた囁きを決行していた少女だったが、突然ピタリと止まる。
船を漕いで眠っていた少年が半眼になって、こめかみにうっすら青筋を立てながら視線を向けていた。
「あら、紫苑起きてたの?」
「お前のせいで起きたんだよ馬鹿。人の耳元で何愉快な呪いの祝詞を垂れ流してんだ。"異能者"のくせに」
「強くなれる為の願掛け…みたいな?日本で例えるなら緊張した時に手の平に人って書いて飲み込む風習があるのと同じよ」
「そんな可愛いもんじゃなかったぞ。精神に作用する魔術でもこんな寝覚め悪くねぇよ」
そんな少年の指摘はスルーすると、少女は艶やかな黒髪を高い位置で一本に束ねたポニーテールを揺らしながら、澄ました顔で視線を外へ向けた。
「見なさいよ。もうあと十分程度で到着するわ」
「やれやれ…イギリスから久しぶりの帰国だったけど、流石に今回の旅は疲れたな。次からは金をケチらずに異能者か魔術師にテレポートさせてもらおう」
「"7年ぶり"の日本なのに、感想がそれなのね…」
少女は、少年の感想に呆れたようにため息をつくと、ポケットから折り畳まれてシワシワになったパンフレットを取り出す。
「この学校は全寮制なのよね?」
「そうだな」
「勿論、二人で相部屋よね?」
「別々だぞ」
「眠れぬ夜が続きそうね…」
「いや、俺は施錠してしっかり寝るからな。無理やり俺の部屋に入ってきたら全力で排除に動く」
「…………っ!?」
「なんだその綺麗な私に手を出さないお前正気か?みたいな表情は。知ってると思うがバカンスで来た訳じゃないからな?」
少女は信じられない物を見たような表情で少年を見ていたが、彼の言葉に表情を引き締める。
「この学校で三年間の考査期間の末に『焔光の宴』に参加できる日本代表が決まるのよね。異能者と魔術師達が腕を競い合い蹴落とし合う、バトルロワイヤル」
「ああ、三年間生き残る事。それだけが達成条件。だけど、ここ数年の達成者は入学者の1割にも満たない」
「まあ私達なら出来るわよ。"実戦"の経験ならそこらの日本で平和ボケしてる奴らに劣るわけないもの」
「アテにしてるぜ相棒」
「紫苑に言われれば火の中、水の中、布団の中何処にでも行けるわよ」
「布団の中にも入ってくるな。キンキンに冷やした水風呂にでも入って頭冷やした方が少しはマシになるんじゃないか?」
などと、じゃれ合う二人の横を次々と日本の風景が流れていく。
窓越しに見える今は使われなくなった電波塔やテーマパークに二人は遠い過去の記憶がチラつく。
彼等はお互いに日本から離れてた間に新しく出来た建造物や文化について再確認していた。
やがて、高速バスは目的地である不知火高等学校の前まで行き――そのまま、法定速度を明らかにオーバーしながら通り過ぎた。
「おい、目的地過ぎたぞ!」
「なんで止まらないんだ!」
「仕事があるから急いでくれ!」
乗客が異常に気づくと、指摘や疑問の声などが次々と挙がる。
そこへ、酷く切迫した表情で青ざめたバス運転手はハンドルを握りながらマイクを握る。
「み、皆様、どどどどうか落ち着いて聞いてください」
落ち着けと呼びかける運転手が既に動揺していた。運転手は震える声で、非常事態の際のマニュアルを思い浮かべながら言った。
「ブレーキとアクセルが同時に故障したみたいです!」
水を打ったような静寂に包まれ、その一瞬後、車内はパニックに陥った。
「落ち着いてください!周囲にいる警察や救急、軍隊には無差別に救難信号を出しています!か、必ず彼らが助けてくれるので大丈夫です!」
そんな運転手の決死の呼び掛けは届かない。
これから起きる事への恐怖、運転手への怒号などが飛び交っており掻き消されてしまっているのだ。
そもそも、アクセルが壊れてる時点で詰みであるのだ。ここは大きな傾斜の下り道である。ブレーキが効かないだけでなく、アクセルも暴れていたら燃料が途切れでもしない限りは止まることは無い。
大惨事の予感に、比喩ではなくバスが震えた。その時--
「全員、何かに掴まれ!」
乗客の視線が一斉に注がれる。
叫んでいたのは、先程ポニーテールの少女に呪詛にも似たおまじないをされていたブレザー姿を脱ぐ少年だった。
平均身長より少し低い小柄ながらも、細く引き締まった体付き。猛禽類を彷彿させる獰猛な笑みを浮かべている。
その隣には、いつの間に何処から取り出したのか日本刀を咥えて入念にストレッチをしている少女。
彼女も彼に習ってかブレザーを脱ぐが、スカートの丈は制服として学生が履くには随分と短く、ひらひらと舞う申し訳程度の布地からは健康的な太ももが見える。締めていたリボンも解いてワイシャツの胸元から見える素肌も雪のように白く、艶やかである。少女の目鼻立ちは極めて整っており、やや目付きがキツいが精巧に出来た美術品のようだ。
少年と殆ど変わらない身長に、艶やかな腰まで伸びた黒髪のポニーテールは見る者を惹き付ける美貌を持っている。
ただならぬ状況の中でも異質な、ただならぬ存在感。2人の存在感に圧されて、悲鳴も怒声もピタリと止まった。
「運転手、タイヤくらいならぶっ壊してもいいか?タイヤ壊せば流石に止まるだろ?」
「も、勿論!でも君達は、まだ…」
「うるさいわね、死にたくなかったら深く詮索しない方がいいわよ?異能者と魔術師…この単語を使えば少しは大人しく聞いてくれるかしら?」
少年がわざわざ確認したにも関わらず、運転手が自分達のことを"子供"として見られたことが気に入らなかったのか、少女は機嫌が悪そうに命令形で指示を出す。運転手は彼女の気迫に息を呑んだが、すぐにハンドルを両手で持ちながらクラクションを絶え間なく鳴らして前方に危険を知らせる。
運転手や乗客の状況を確認して、ひとまず車内の混乱を最低限に抑えた所で、少年の視線がとある座席に止まる。
幼い妹が、兄に抱き着いて怯えていた。
震えて今にでも泣き出しそうな瞳、兄に抱き着くその小さな身体はリスやウサギなどの小動物を彷彿させた。
少年は不器用な笑みを浮かべ、両手に"冷気"を集めて小さな小鳥を2羽作り出す。
「心配するな。俺達が無事にお前達を助けてやる。ほら、兄ちゃんも妹さんもこれやるよ。俺の地元では2羽の鳥は縁起がいいって言われてるんだ。すぐ溶けちまうだろうけど、気休めくらいにはなるだろ」
少年は乗客が少ない位置にある窓を片手で"爆散"させると、軽業師顔負けの身のこなしでバスの屋根に飛び乗る。その後、少女も爆散した窓から、少年同様に屋根に飛び乗った。
「あれ見てみろ、魔夜」
「これはまた急カーブね。ハンドルのみで避けれると思う?」
「馬鹿言え。バス止めなきゃ十秒後には全員お釈迦様だ」
街中を暴走しているだけに、急カーブはキツい。ハンドルで多少制御しているが、減速できないまま急カーブは確実に横転する。
「曲がり始める前に止めるぞ。俺が減速させるから、お前がタイヤぶち抜いてそのまま受け止めてくれ」
「了解!」
バスの鼻っ面を二人は蹴りつけて、少年は数十m離れた進路先へ、少女は少年より前で塞ぐように跳躍した。蹴りつけた反動で、凄まじい制動が働き、バスは僅かに減速した。
少女は弾丸のような速さで着地すると、履いていた黒のブーツから火花が飛び散った。しかし、バスは無情にも再度加速し始める。見る間に距離を詰め、少女を轢殺しようと突き進む。
道行く人々は、法定速度を無視したバスの異常に気付いて悲鳴が上がる。
少年は焦らない。両手から"冷気"が集まるとバスの前方を塞ぐように"氷"で出来た壁を作り出す。
それから、少女は手にしていた日本刀を握りしめると居合いの構えで目を瞑る。その刹那、少女の全身が"黒いオーラ"のような何かが浮かび上がり、居合斬りの構えで日本刀を軽く、だが素早い一閃をバスのタイヤ目掛けて振るう。
少女は激突寸前だ。加速し続けエネルギーの塊となったバスの質量はそのまま少女に---激突した。
鉄の車体が音を立てて凹むほどの衝撃。日本刀を手にしたまま受け止めるように両手を突き出した少女のブーツはアスファルトの地面を抉って、綺麗な2本の溝が出来上がる。
だが、それでバスは止まった。四輪のタイヤは綺麗に斬り飛ばされ遥か後方で転がっており、バスのボディは氷の壁によって受け止められて形を変えている。
だが、それくらいの被害で、横転もせずに済んでいる。流石に、氷の壁によってぶつかった衝撃などから怪我人は出ただろうが、最低限でありそれも軽度のむち打ちや打撲程度だろう。
バスが完全に動力が停止して、動かないのを確認すると氷の壁は霧散して白色の粒子に変わり霧散する。
「よくタイヤだけ斬り飛ばせたな」
「これくらい朝飯前よ。紫苑こそよく乗客が潰れないギリギリの塩梅で壁を出し続けてたわね」
「それこそ朝飯前だな。受け止めきれなきゃ、"この先"が思いやられる」
二人は拳を突き出して、お互いの拳にコツンと合わせて笑うとそのままバスに戻る。
二人が車内に戻ると、中は酷い有様だった。
荷物が散乱しており、数人の怪我人が周囲の人に応急処置をされている。少年達は、乗客達を一瞥すると、興味無さげに自分の荷物を手にして車外に出ようとする。
「―――お兄さんとお姉さん!」
少年が車外に片足を踏み出した辺りで後ろから声がかかる。
先程の兄妹だった。兄は遠慮がちに少年達を見つめ、妹はおずおずと先程渡された氷で出来た2羽の鳥を大事に手にしていた。
少年は兄妹達に目を向けると、素っ気なく言った。
「怪我はなかったか?」
「はい、僕達は大丈夫です。貴方達は…」
「俺は魔術師、こいつは異能者だ。どちらも身体は頑丈だから、心配いらない」
「ということは、『焔光の宴』に参加目的で来てる不知火の方でしたか」
「ああ、生憎入学手続きしようとしたらこの通り事故に巻き込まれたがな」
幸先悪い、と少年は少し不満げに言う。
すると、妹が今度は少年に問いかける。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんみたいにわたしもなれるかな?」
「さあな。魔術師は素質無いとなれないし、異能者は完全に運だ。まぁ、便利な能力だがその反面手にしなければ良かったって後悔するのがオチだから辞めた方がいいぞ」
「……そうなの?」
無垢な幼い少女の瞳に、少年はそうだ、と頷く。
少女の眉は下がりきり、目尻には僅かながら涙も浮かべている。
その姿は酷くいたいけに見えた。
少年はため息をつくと、根負けした様子で指先から更に2羽の氷の鳥を作り出す。こちらは、バスを止める時に作り出した2羽よりも一回り大きい。
「魔術師や異能者っていうのは、危険な事も置きかねない。今はこうやって4羽の鳥で和気藹々と家族団欒の時を過ごしていたとしても、力を手にした瞬間、憩いの時は崩壊するかもしれないんだ。少なくとも"俺は"魔術師の家系に生まれた事を嬉しく思ってない。むしろ、記憶から消しされるなら消し去りたいくらいだ」
「…私の家もお母さんが異能者だから、昔大変だったって聞いた事ある…」
「だろうな。だから、お前や兄貴がお母さんを守ってやれ。チカラはお母さんが持ってても、それに飲まれた時に助けれるのはお前達だけだ。って、予想以上に時間食ったな。魔夜行くぞ」
「ええ、荷物は準備出来てるわよ」
荷物を担ぎ上げて、少年は歩き出す。その後ろを、日本刀を腰に提げた少女が、カツン、カツンとブーツの踵を鳴らしながらついて行く。
後部座席でイチャイチャして、バスの事故を最小限に抑え、幼き少女にアドバイスをした二人が、降車して街の雑踏に消えていく二人を、乗客達は呆然とただ見送る事しか出来なかった。
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