第30話 第二夜/砂塵騎士団の崩壊

 二十分ほどの事前調査のあと、冬寂騎士団は夜の森を進みはじめた。

 俺の描いた雑な地図にはヴィバリーが周囲の情報をびっしり書き込んで、まともな地図らしいものが出来上がっていた。これを次の夜まで俺が覚えていられるかは疑問だが、とにかく探す場所を絞る役には立つだろう。

 まず目指すのは、砂塵騎士団がいるはずの場所。「調査を終えて戻るところなら、彼らも地図を作っているはず」とヴィバリーの談。そういえば、前の夜でもヴィバリーが連中の地図を見たとか言っていたし、間違いはないだろう。


「……トーゴ。カナリヤに会ったと言ったわね?」

「え? ああ、うん……」

 口ごもりつつうなづく俺。カナリヤに彼女が殺されかけたことは伏せているので、大まかにしか話せていない。

「ずいぶん先回りされた。森に入る前に追い抜かれたか? ……竜の足なら簡単か」

 ヴィバリーはぶつぶつ呟いて、小さく舌打ちする。

「待て、知ってたのか? カナリヤがいるって?」

 話についていけない俺に、ヴィバリーは「ん……」とやや言いにくそうに唸る。

「確信はなかったけど、予想はしていた。アンナが馬車で戻った時、月光騎士団とすれ違ったと言ったでしょう……あいつらも半分やられたのか、とか。月光騎士団はジェミノクイスを合わせて四人、半分なら二人。でも、生き残りは三人いたはず。つまり、一人がどこかで抜けた。馬車に追いつくのは人の足では無理でしょう。となれば、カナリヤしかいない」

 確信がなかったと言うわりには、理路整然と語る。俺はいつものように情報を伏せていたヴィバリーに少し苛立ちを感じた。

「あいつらはもう目的を果たしたのに、なんで俺たちを追う?」

「私たちの行き先が気になるんでしょう。ローエングリンの裏切りがフユコのせいだと知った以上、エルフたちも放置はしない。何が起きているか情報を集めておきたいのよ」

「情報収集か……でも、いきなり襲ってきたんだぜ」

「その理由は私にもわからないわ。あなたはどう思ったの? 実際に見たのはあなただけよ」

 そう言われて、昨夜のカナリヤの半狂乱の姿を思い出す俺。獰猛で、理性のない瞳。ローエングリンと戦っていた時とは動きもまるで違った。

「……なんだか、錯乱してるみたいだったな。完全にただの獣になったみたいな……」

「獣……。ユージーンみたいに魔術の影響を受けているのかしら。いずれにせよ、彼女との遭遇はなるべく避けたいわね」


 話しているうちに、先頭にいたアンナがこちらを振り向いた。

「……団長。明かりが見えてきた。話はあんたに任せるよ」

「わかった。代わるわ」

 松明を受け取って、前に出るヴィバリー。

 その瞬間、アンナの背中にひっついたユージーンがひくっと体を震わせて顔を上げた。

「血……。血の匂い」

 アンナとヴィバリーがさっとお互いを見る。

 即座に松明を下げ、土をかけて消すヴィバリー。入れ替わるように再び前に出て、大鎚を構えるアンナ。俺はアンナから背中のユージーンを引き受けつつ、一応右手で剣を抜く。

「動くものは打て。ここに味方はいない」

 容赦ないヴィバリーの指示。ゆっくりと、かつ力強く一歩ずつ踏み出すアンナに従い、俺たちは森を奥へと進む。

 徐々に、木々の奥の明かりが大きくなってきた。ゆらめく焚火の炎。そして、血の匂いはとうとう俺でもわかるほどに強く生臭くなっていた。

「……なんだよ、これ」

 ぼそっとつぶやくアンナの声。早足になるアンナとヴィバリー。ユージーンを背負ってよたよたと追いつきながら、俺もその言葉の意味を知る。

 死体。死体だ。火に照らされた、死体の山……そして血の海。死んでいるのはおそらく、砂塵騎士団か。これ以上どこかから人間が湧いてきたとは思えないから、そうなんだろう。

「話と違うぞ、トーゴ。おっさんたちが楽しく酒飲んでんじゃないのかよ」

 ちらりと俺を見て文句を言うアンナ。俺は凄惨な光景にぞっとしてそれどころじゃない。

「静かに。下手人がまだいるかもしれない。アンナは警戒して。私は死体を調べる」

 ヴィバリーは早口に指示を出しつつ、ささっと近くの死体に駆け寄る。俺には正視するのもおぞましい血まみれ死体に、よくまあこんな平気な顔で近づけるものだ。

「まだ温かい……傷口は綺麗ね。竜じゃないわ」

「カナリヤじゃないのか……」

 一瞬、ホッとする俺。その時、ユージーンがぐいっと俺の襟を引っ張った。

「やめろ、ちぎれるだろ」

 強い握力でぐいぐい引っ張られつつ、文句を言う俺。痛覚があったらかなり痛かっただろう。

 だが、俺はすぐにユージーンの真意に気付かされた。引っ張られて視線の向いた先……木々の奥の茂みに、動く影が見えた。

「あ……!」

 黙っておけばいいものを、思わず声が出る。アンナとヴィバリーも気付いて、身構えた。

 やがて影はゆらゆらとこちらに近付いてきた。その正体は――確かに『竜』ではなかった。

「ハァ……ハァーッ……ウ……」

 荒い息をしながら立つ少女。緑の髪は血に濡れていたが、見間違いようがない。カナリヤだ。頰の一部が赤く焼け、瞳はぎらりと見開かれ、俺たちを睨みつけている。その右手には、なおも血の滴るナイフを握っている。

「避けると言った矢先にこれか。運がないわね」

 軽い口調で言うヴィバリー。その右手はすでに剣を抜き、切っ先はまっすぐ少女に向かっている。

 ――変えられないのか。少しずつ形を変えて、同じことをまた繰り返す羽目になるのか?

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