第28話 終わらない夜のコララディ
「……そっか。あなただったんだ」
眠りに落ちたはずの俺の耳に、少女の声が聞こえた。聞き覚えのある声。
俺はゆっくりとまぶたを開く。だが、開いても閉じても見えるものは同じ。つまり、暗闇だけだ。
「森に誰か来てるなーってのは感じてたけど。そーいえば騎士様だもんね。ふーん……ま、しょうがない。魔術師と騎士が出会ったら、いつかはこうなる運命だったのかも」
やがて、ひょこっと少女の姿が現れた。枕を抱えた寝巻き姿の子供。名前は、確か――
「……コララディ?」
「よくできました。久しぶり、わんちゃん。元気でなにより」
言葉とは裏腹に、コララディはどこか寂しげに眉根を上げて笑った。
「なんで今お前が……また、あの夢なのか? あの城の……」
冬子と相対した時のことを思い出して、反射的に周りを見回す。あるのはやはり暗闇。そして、俺とコララディだけ。
「違うよ。ここは私とあなただけの夢。夢を重ねているの。今だけ……私たちはすぐ近くにいるから」
コララディは以前に会った時よりどこか大人びて見えた。その様子に尻込みしつつ、俺はなんとか状況を理解しようと疑問を投げかける。
「どういうことだ? すぐ近くって……あの森にいるのか?」
「そう。言ってなかったかもしんないけど、私、魔術師だよ」
「……あ」
その言葉で、ようやくばらばらだった情報が頭の中で符合する。
――森の魔術師。俺たちや砂塵騎士団に、時間魔術をかけた奴がいるはずだとヴィバリーが言っていた。それが、こいつだったのか。
「ま、そういうことだから。もっかい自己紹介、ちゃんとしとこーかな」
コララディは居住まいを正して、薄い微笑を浮かべた。同時に、彼女の周囲で暗闇がきらきらと輝き出す。星の光、月の光、ぼんやりとした幻影が彼女を取り囲んで現れ、闇を彩っていく。
「私はコララディ。
コララディはそう言って、今までとは違う冷たく突き放した目で俺を見た。覚えのある目つき……キスティニーや冬子と同じ、俺を見るようで見ていない目。子供でも大人でもないもの。魔術師の目だ。
「それじゃ、お前も……冬子の仲間ってことか?」
「ちっがーう。あの子は友達の友達って言ったじゃん。彼女を守ってる感じになってるのは偶然。私はアウラの城を守ってるだけだよ。もうすっかり廃墟なんだけど、それでもアウラにとっては大事な場所なんだって……友達の頼みは断れないから」
子供らしい口調に戻っても、瞳は冷たいままでコララディは言う。
「まーとにかく、悪いけどわんちゃんはお城には行けないし、フユコちゃんにも会えないよ。わんちゃんはこれから永遠にあの森で過ごすことになるの。お友達もいるし寂しくないよね? もし喧嘩したら、夢の中で愚痴ぐらいは聞いてあげるし……」
「永遠……? お前の魔術って何なんだ? 森で何をやってる!」
問いただす俺に、ふぅとため息をつくコララディ。
「質問ばっかりだなぁ。強欲で求めるばかり。雛鳥みたいに口を開ければ答えが与えられると思ってる。愚かな人間たちよ……なんちゃって。そこまでいじわる言わないけど」
餌を求める雛鳥のようにぱくぱく口を開いて俺をからかいながら、コララディはくすっと笑う。夢の中だからか、まるで質の悪い吹き替え映画みたいに口の動きと出てくる声が合っていない。
「私の魔術のことは、起きたらすぐにわかるよ。……ねぇ、わんちゃんはこの夜が明けてほしい?」
「え……?」
急な問いかけに、答えそこねる俺。夜が明ければ、ヴィバリーが死ぬ。夜が明ければ、カナリヤの死体が白日にさらされる。夜の間はただの悪夢だった諸々のことが、朝が来れば現実になる。
「私は朝が嫌いなんだ。いっつも悪い知らせが飛び込んでくる。昼も嫌い。明るくて不躾で、嫌がらせみたいに長い。夕方なんて最悪だよ。赤い色は血の色だし。みんなが家に帰っちゃう。誰もいなくなる、寂しい時間……」
俺の逡巡を楽しむように眺めながら、コララディは淡々と語った。
「私が愛しているのは夜だけ。それが私の魔術で、私の願い。わんちゃんはそれを破りたい? 時間を前に進めたい?」
まるで俺が楽園を壊す悪者みたいに、哀れな子供の悲しげな顔を作って薄く微笑むコララディ。俺はヴィバリーの命が気になって、はっきりと答えられないまま。
「心が決まったら、森で私をみつけてごらん。時間はたっぷりあるから。……おっと、ヒントはここまで」
コララディは人差し指を口に当てて「しっ」と歯の間から息を吐く。
「友達のよしみ。……さよなら、トウゴくん」
一方的に別れを告げて。コララディはきらめく夜の夢とともにゆらりと消えた。
「……トーゴ? 大丈夫?」
聞き慣れた声がした。目を開けると、後ろから俺の顔をのぞきこむヴィバリーの顔が見えた。暗闇の中にぎらりとひかるその瞳は生気に満ちて、ついさっき死に瀕していたとは思えなかった。
「歩きながらぼうっとしないで。荷物を落とされたら困るわ」
そう言われて、俺は自分が歩いていることに初めて気づいた。ふらっと転びそうになって、慌てて姿勢を正す。
前にはでかいアンナの背中。具合悪そうにちょろちょろするユージーン。
……何かがおかしい。はっきりとおかしい。
俺たちは暗い森の中を歩いていた。何事もなかったように。状況がわからないまま、他にすることもなく歩き続ける俺。時々ちらちらと背後を振り返って、ヴィバリーの様子を見る。その度に怪訝な顔で睨まれる。……元気そうだ。
「しっかし暗いなぁ……こっちの森って嫌いだよ。北部の森はもっと月明かりがあって、犬も吠えてて、快適だったのに」
アンナの言葉を聞いて、頭の中がかきまわされるような異様な感覚に襲われた。
――なんだ、今のは? 一言一句、前に聞いたセリフじゃないか。大して気にもとめていなかったどうでもいい日常の言葉なのに、繰り返された瞬間に脳内で全てが二重に聴こえてくるような。つまり、デジャヴってやつ……いや、違う!
「月明かりがないのは広葉樹が多いせいよ。オーランド辺りの木々とよく似ている。でも、葉も幹も大きい……荒野になる前の、大陸西部の植生が今も残っているのかしらね」
ヴィバリーが返す言葉を聞いて、俺は手にしていた荷物をどさりと地面に落とした。
「たった今、注意したばかりよ」
ため息をつき、小声で、かつはっきりと聞こえるように嫌味を言うヴィバリー。その変わらぬ声に苛立ちと安堵を覚えつつ、俺は夜空に向かってつぶやく。
「……これがあいつの魔術かよ」
時間の巻き戻し。この森は、砂塵騎士団が入り込んだ100年前からずっと同じ夜を繰り返しているのだ。俺たちもまた、これから永遠に同じ夜に囚われることになるだろう。この森のどこかで、コララディ本人を見つけるまでは。
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