第22話 森への境界
夕暮れに、月光騎士団の一行が荒野を東へ去っていった。
馬車もいないのにどうやってあの天幕を運んだのかと思っていたが、岩陰に荷車を隠していたらしい。来るときは天幕を載せていたであろうその荷台に、今は彼らの団長の体と、戦利品であるローエングリンの焦げた鎧兜が載せられていた。
ジェミノクイスは頭から天幕の燃え残った切れ端をかぶせられた状態で、相変わらずガートルードにぶつぶつ話しかけていた。カナリヤは終始フードを目深にかぶっていて、俺に火傷を見せようとはしなかった。
ウィーゼルはぽつぽつと言葉少なにヴィバリーと挨拶を交わした後、ちらりと俺を見た。同じ黒の騎士としての共感あるいは応援なのか、それとも妻を殺す手伝いをした俺への感謝なのか、仲間を焼いた俺への恨みなのか、その虚ろな視線からはさっぱりわからなかった。ただ意味もなくこっちを見ただけかもしれない。俺の観察力なんてそんなものだ。
とにかく、彼らは去って行った。無人の西へと進み続けるのは、我らが冬寂騎士団のみだ。
月光騎士団とすれ違うようにして、新しい馬車がやってきた。近づいてくるカポカポとのんびりした蹄の音を、夕日を背にして待ちわびる俺。まるで西部劇の1シーンみたいだ。御者の椅子に座っている影は、遠目にも見慣れた彼女の姿だとわかった。
「アンナ!」
裸足でトトトッと素早く地面を駆ける音。次の瞬間、ユージーンはすでに馬車に飛びかかって、アンナの胴に抱きついていた。アンナはくしゃくしゃとユージーンの頭をこれでもかと撫でて、それからこっちに手を振った。よく見ると、その手には手綱じゃなくてビールのジョッキが握られている。手綱をちゃんと持て。
「あなたも走っていったら?」
ヴィバリーがこちらを見ずに言う。俺は一瞬想像して、顔をしかめる。
「……冗談言うなよ」
さすがに、子供じゃあるまいし。もちろんアンナが戻るのは嬉しいが、嬉しいってのは照れくさい。自分が何かを素直に喜んでいい人間なのかどうかもわからない。
アンナの命を助けたってだけで俺の仕事が終わってたなら、きっと素直に喜べたんだろうに。ようやく「いいこと」ができたと思うと、その裏にはべったりと血が貼り付いてくる。人生なんてそんなものだとヴィバリーみたいに割り切るには、結局、俺は子供すぎるのだ。かといって、子供であることを言い訳に、自分のしたことを正当化できるほど幼くもなりきれない。思春期なんて最低だ、ちくしょう。
「はっはっはー、アンナ様のご帰還だぞーっ!」
馬車から飛び降りて、大声で言いながらのしのし歩いてくるアンナ。うるさい。
「……浮かれてるわね。しくじった反省はないの?」
「うっさいなぁ。不意打ちだったんだっての。部下の失敗は白の責任だろ」
お互い軽口を叩きあってはいるが、二人とも心底嬉しそうなのがなんとなく伝わる。付き合いの長い彼女たちにとっては、こんな他愛のない言い合いが落ち着く挨拶なのかもしれない。
「私に隠れてトーゴと話していたんでしょ。他人の色事にまで責任持てないわよ」
「はぁ? 色事って……あたしとトーゴができてるっての? あっはっははは! あり得ないだろ。あんたって、本当にその手の感覚ズレてるよね」
年頃の青少年として、その反応に一瞬だけ傷ついたような気持ちになる俺。だが自分でもよくよく考えてみて、実際そうでもないことに気がつく。すでにアンナは俺にとって恋愛対象じゃなく、おかん的なポジションに収まってしまったのだ。というか、彼女は年下の男とエルフは全体的に死んだ弟と重ねて見ているフシがあるし――
「……確かに、ありえねえ」
「おいおい、なんだよその反応。アンナ様じゃ不足だってのか? もっと残念そうにしてもいいんだぞー?」
きっぱり否定する俺に、理不尽かつめんどくさい絡み方をしつつ笑うアンナ。
一方、俺はヴィバリーの鋭い目つきに気がつく。「なら、本当は何を話してたの?」と言いたげに。色事なんて最初からハッタリで、俺たちの「隠し事」を探るために聞いたのか――いや、おそらく何を話したかも大方想像がついてるに違いない。やっぱり、本当にめんどくさいのはこっちの女か。
「トーゴ」
ふと、アンナが俺を呼んだ。声も顔も、まったく笑っていなかった。今までの人生経験からか、思わず「怒られるのか」と身構える俺をよそに、アンナは大鎚を土に突き立て、その場に膝をついた。
「あたしは受けた恩は忘れない。命を救われた恩には、命で報いる。だから、この大鎚に誓う。あたし――青の騎士アナリーズ・フェイガンは必要な時、必ず命をかけてお前を助ける。それが誰に背くことであろうと」
堂々と、大声でそう言って。アンナは俺の手をとり、甲にくちづけるように顔を当て、それからすっくと立ち上がった。ぽかんと立ち尽くす俺に、にっと笑うアンナ。その言葉はローエングリンに刺される直前、アンナと俺が話していたのとほぼ同じことだった。でも今度は誰にも隠さない、正式な誓いだ。これじゃ隠し事がどうとか、ヴィバリーの目を気にしていた俺が馬鹿みたいじゃないか。
「今の、私に背くって宣言?」
あきれて笑うヴィバリーに、肩をすくめるアンナ。
「それはこいつ次第だろ。というか、あんたがどこまで新人くんをいびり倒すかだな」
そんな二人を見て、俺は苦い顔をした。そんな顔しかしようがなかった。
冬子を殺したのは俺だ。俺がすべての元凶だ。俺があいつを刺さなければ、ローエングリンとアンナたちが戦うこともなかった。あの場でただ俺だけが、殺されるべき人間だったのだ。だがそれでも俺は、生き汚く生き延びた。カナリヤたちに火をかけてまで。
キスティニーは知っている。いつか彼女は全部バラすだろう。きっとアンナが俺を信頼しきって、この誓いを果たそうとする瞬間に。そして、アンナもユージーンもみんな俺を見放すんだ。
そんなすべての言葉を飲み込んで、俺はかろうじて言った。
「……ありがとう、アンナ」
満足げにうなづくアンナから、俺は顔を背けて夕日を見た。沈んでいく太陽。早く夜になれ。夜になれば、俺はこんな風に顔を隠さなくて済む。
「ところで……
俺の暗い様子を知ってか知らずか、ヴィバリーはふと話題を変えた。
「さあ。あたしがオーランドで目覚めた時にはいたけど……ちょっと話したらまたどっかに消えちまった。そのまま戻ってこないし、あたしだけでさっさとあんたの『パパ』に馬車借りて出てきたんだ。でもあいつ、どこにでも来れるんだろ? ならそのうちひょっこり出てくるんじゃないの」
口早に説明するアンナ。つづいて、ヴィバリーのため息が聞こえる。
「……彼女の転移ではこの荒地には来れないって言っていたでしょう」
「あ、そういやそんな話してたっけ……あんたたちが苦戦してるだろーと思って、他のことに気が回らなくてさ。それで全速力で馬のケツひっぱたいて来たのに、着いてみりゃもうとっくに片付いちまってるし。あーあ、
ぶつくさ言いながら、アンナはごつごつと大鎚で地面を叩いた。その震動で、少し離れた俺の足まで揺れる。
「片付いているって、なぜ気づいたの。もしかして、月光騎士団とすれ違った?」
「ああ。ひょろっとした兄ちゃんに聞いたよ。連中も半分やられたみたいだな」
「……そう」
ヴィバリーとアンナが情報交換する間、俺は深呼吸して心を整えた。夢で冬子に会ってから、精神的にずっとまいってるんだ。そろそろ頭を切り替えなきゃいけない。
俺はさっきの苦い顔を取りつくろうため、振り返って二人の話に加わった。
「それで、俺たちはこの後どこに向かうんだ? 冬子がいる場所はキスティニーしか知らなかったよな、確か。御者ぐらいは知ってたかもしれないけど……死んじまったし」
俺の質問に、ヴィバリーが薄く笑った。
「……それは大丈夫。行く先は私も大体わかっているわ。あなたの話が手がかりになった」
「俺の話……?」
「幻影城の話よ。フユコは夢の中でその城の城主だったと言ったでしょう。かつてこの西の地にあった
眠りの森――なんともファンタジーな名前だ。この世界のことだから、名前通りのファンシーな場所とはあまり思えないが。
「おそらく、フユコは現実でもそこにいる。キスティニーが馬車を先導していた方向とも一致するし、いずれにせよ他は荒野しかないわ。出発しましょう。アンナ、引き続き御者をお願い」
「あいよ……っと待った。あたし、病み上がりでここまでずっと寝ないで来たんだけど?」
うなづきかけて、顔をしかめるアンナ。
「なんとかイノシシみたいに元気なんでしょ。もう大分時間を潰したわ。こうしている間にも、フユコは新しい戦力を見つけているかもしれない」
ヴィバリーの冷たい返事に、アンナはため息をつく。実際、この中じゃまだアンナが一番元気そうだ。平気そうに喋っているが、ヴィバリーもかなり疲れているはずだ。左腕の包帯は、まだ血が乾いていない。
「わかったよ。ユージーンに馬の扱い教えて交代するかな……あ、でも、あの魔術師女なしでイクシビエドとの連絡はどうする? 調査して報告するんだろ。また荒野を戻るわけ?」
「魔術師がいなくても、鳥がいるわ。あなたが飛ばしてきたのを捕まえてある。……イクシビエドなら、わざわざ報告しなくても勝手に識っていそうだけど。まあ、やれることはやりましょう。それが仕事だから」
ふっと自嘲気味に息を吐いて、ヴィバリーは馬とにらめっこして遊んでいるユージーンに呼びかける。
「ユージーン! 出るわよ。準備して。トーゴは荷物を積みかえておいて。古い馬車は捨てて、アンナの馬車を使うわ。血の匂いがする馬車で寝たくないものね」
……やっぱり、また荷物持ちか。
馬車が動き出すと、ユージーンはさっさとアンナのいる御者台に飛び移っていった。アンナより、馬が気になるらしい。人間より動物の方が親近感あるのだろうか。
前の豪華な馬車より数段地味になった客車(荷台?)には、荷物と俺とヴィバリーだけが残された。
「……本当にこのまま来る気なの」
響く蹄鉄の音の隙間に差し込むように、投げられる鋭い問いかけ。ヴィバリーは細剣を抱えてじっと座り込み、こちらに視線を向けなかった。俺が黙ったままでいると、ヴィバリーはもう一度口を開いた。
「ローエングリンはフユコのために、私たちを殺そうとしていた。フユコはあなたの命を何とも思っていない。このまま進めば、あなたは自分の妹の敵になるかもしれない」
――敵になら、もうとっくになってるんだけどな。
「ここで兜を捨てて降りてもいいのよ。そうすれば、アンナも無駄な心配をしなくて済むし」
やっぱり、アンナと俺の話の内容も気づいていたのか。確かに、俺さえいなければアンナは「冬子に手出ししない」なんて約束を守る必要はない。しかし……つい今朝方、俺を騎士として恥じないとかなんとか誉めそやしておきながら、どの口で言うんだか。
「俺は……あいつに謝らなきゃ」
そう口に出すと、ヴィバリーはひょいと顔を上げて俺を見た。不思議そうな顔だった。そりゃそうだ、向こうは俺が冬子を刺したなんて知らないんだから。
だがそれからヴィバリーは何を思ったのか、ふっと小さく笑った。
「そう。まあ、幸い私たちもすぐに彼女を攻撃するわけじゃないわ。イクシビエドの判断を待つためでもあるけど……魔術師を狩るためにも、準備なしに仕掛けるのは愚者だけよ」
小さく息を吸い、冷徹なプロの目つきで暗闇を見つめるヴィバリー。
「未知の魔術師を前にして、まず我々がすべきことは魔術の正体を知ること。手の内さえわかれば、どんな魔術師であろうと殺すことはできる」
殺す、という言葉で俺を引かせたと気づいたのか、彼女は表情を和らげて目を逸らした。
「……だから、今はそれが私たちの仕事。魔術の正体を知り、イクシビエドに伝える。それが済むまではなるべく身を潜めたい。彼女と話したいならその後にして」
そうは言っても、殺すことになれば冬子とゆっくり話す時間もない。となると、やっぱり最後はイクシビエド次第ってことか。こんな風に誰かに生死を決められるなんて、確かに冬子が反発する気持ちも少しわかる。
俺は少し間を置いて、思い切った質問を投げてみた。
「もしお前が冬子を殺すことになって、俺が止めようとしたら……俺を殺すか?」
聞くまでもないことだとは思いつつ、一応はっきり聞いておきたかった。アンナも堂々と誓いを立てたんだし、ぼかさずに答えを知りたかったのだ。
ヴィバリーはなんでもないことのように目をぱちくりさせて、肩をすくめた。
「排除する方法は他にもあるわよ。あなたでもアンナでも、1秒で動きを止められるわ」
「あ、そう……」
拍子抜けしつつ、俺はくたりと馬車の幌に背を預けた。ぼんやりと夕焼け空を眺めながら、彼女が結局「殺す」とは言わなかったことに気づいたのは、それから数分経ってからだった。
……まあ、俺は全身バラバラぐらいにはされるかもしれないけど。
「……馬車はここまでか」
アンナがそう呟くのを聞いて、俺はふうっと深いため息をついた。馬車に揺られて、漫然と旅すること二日。ようやく地平線に緑色の影が見え始めて、さらに数時間後のことだ。
俺は変化のない馬車の旅にうんざりし始めていた。風景もほとんど変わらないし、アンナが御者をしているおかげで(最初はユージーンに代わりをさせようとしていたが、彼女は落ち着きがなさすぎて上手くいかなかった)、荷台のメンツは俺とヴィバリー、時々ユージーンでろくに会話がない。夜は夜で静かすぎて落ち着かないし、とにかく何か変化が欲しいところだった。今になって、騒がしいキスティニーの声が恋しくなったほどだ。
「荒野に森って、なんか場違いだな……」
馬車を降りた俺は、目の前の奇妙な光景に思わずつぶやく。足元に目をやると、たった数メートルくらいの距離のうちに乾いた砂地が徐々に水気を帯びていき、豊かな茶色の土に変わっていく不気味な境界線がはっきりと見えていた。
「去ったとはいえ、かつての
ヴィバリーはこともなげに言い、土の上で何やらむずむずと落ち着かないユージーンに声をかける。
「ユージーン、水の匂いはする? 水場はありそう?」
「んー……する」
「そう。それじゃ、飲み水の補給はできそうね。トーゴ、食糧を三日分詰めておいて」
森への進軍に向けて準備に移るヴィバリーをよそに、ユージーンはまだ鼻をくんくんさせて口を斜めに歪めて不審な顔をしていた。それを見たアンナがけらけら笑う。
「なんだよその顔、変なもんでも食った?」
食事の担当はアンナなので、変なものを食わせたとしたら犯人はアンナなのだが。ユージーンははっきりと返事せず、むずがるように首を横に振り、妙な唸り声をあげた。
「んー……んー……なんか、やだ……」
ユージーンはどこか様子が変だった。彼女が変なことを言い出すのはたいてい敵か魔術師が近くにいる時だが、いつもはもっと涼しい顔で受け流していたはずだ。なのに今は、まるで森を恐れているようにさえ見える。
この先にいたという
「……怖いのなら、残ってもいいわよ。馬もここに繋いでおきたいし」
「えっ!?」
ヴィバリーの言葉にぎょっとする俺。これから未知の敵(俺の妹だが)の手の内を探りにいくというのに、貴重な戦力でもあり、勘も鋭いユージーンをここに残していくなんて、本気で言っているのか。
「何を驚いてるの。嫌がる子供を無理に連れて行くより、ずっと人道的な提案だと思うけど」
涼しい顔で言うと、ヴィバリーは目を細めて森を睨みつけた。「人道的」なんて言葉が彼女の口から出ると不気味だ。ヴィバリーも何か不穏なものを感じて、ユージーンを気遣っているのだろうか? 表情に出さないからよくわからないが……どうもヴィバリーの彼女に対する親心は遠回しでひねくれている。
俺たちのやりとりを、ユージーンはじっと神妙な顔で聞いていた。アンナはそんな彼女にそっと近寄ると、中腰になって、同じ高さで正面から向き合った。
「ユージーン、あんたが自分で決めな。残るか、来るか」
「……行く」
ユージーンはさほど悩まず、きっぱり言ってうなづいた。目線はチラチラと森を見て、まだ何か嫌な感じを抱いているようではあったが、そもそも「行きたくない」というほどの気持ちでもなかったようだ。
「んじゃ、馬を木につないどこう。一緒に行くか?」
「……ん」
アンナはユージーンの背中をポンと叩いて立ち上がり、二人で馬の方へ歩いて行った。微笑ましい姿だ。姉妹というには似ていないが、それに近いような関係なんだろう。
二人が離れたのを見てから、ヴィバリーは俺に向けて話しかけてきた。
「この前、森の中に城跡があると言ったでしょう。もう少し詳しく聞かせてあげましょうか。人もろくに踏み入れないこの荒野で、どうしてそんな話が伝わっているのか」
俺はファンタジー世界の背景設定にそれほど興味もなかったが、適当に肩をすくめるとヴィバリーは勝手に続きを話し始めた。
「100年ほど前、この森に護法騎士団の調査団が派遣されたのよ。連中は魔術師のことならなんでも知っておきたがるから。そして不用意に首を突っ込んで、無駄に命を落とす……でも、時には彼らのおかげで貴重な情報が手に入ることもある。魔術師ならざる私たちには、命と引き換えにしか知識を得られないというわけ」
ヴィバリーはふっと空を見上げて、遠い目をした。
「調査団は一人も帰らなかった。彼らの救出にと派遣されたいくつかの騎士団も、後を追って消えた。戻ったのは彼らの放った鳥一羽。鳥が持ち帰った手記から、かろうじてアウラの城跡のことがわかったけど……どうして彼らが戻らなかったのか、その手がかりはどこにもなかった」
ぞっとするようなことを言って、言葉を切るヴィバリー。眠りの森どころか、帰らずの森ってわけか。俺は目の前の不吉な森を見て、眉をひそめる。言われてみれば、いかにも生命の楽園みたいに鬱蒼と茂っているわりに、さっきから鳥の鳴き声ひとつ聞こえてはこない。
「でも、100年前の話なんだろ……?」
「そうよ。あなたの妹さんが現れるよりずっと前……つまり、この森に待ち受けている魔術師は一人じゃないかもしれないってこと。私はユージーンみたいな感覚はないから、記録と自分の経験から予測を立てるの。この森に入ったら……私たちのうちの誰かは帰ってこられないかもしれないわね」
皮肉な顔でもしているのかと思って横を見ると、ヴィバリーはじっと真面目な顔でアンナたちを見ていた。どうやら彼女は本気で、アンナとユージーンを失うかもしれないと恐れている。
俺は正直少し意外だった。別に、根っから冷たい奴だと思っていたわけじゃない。でも、人には絶対に見せたがらないと思っていた。アンナが死にかけたことをまだ引きずっているのだろうか。
「どうしてそういう嫌な話を、俺にだけするんだ?」
俺は言葉の通りに嫌な顔を作って言う。正直、あまり聞きたい話じゃなかった。危険を知らされたって、俺は何もできずに不安になることしかできない。不安になるのは嫌だ。
「……いじめたいから?」
「はぁ!?」
「冗談よ。気が重い話をしやすいの、あなたは」
そう言って、ようやくヴィバリーは笑った。冷たい人間同士、相談役にちょうどいいってことだろうか。それとも多少、気を許してくれたのか。いずれにせよ、俺は嫌な顔をするのをやめた。
「まあ……話ぐらいなら聞くけど。何も助言しなくていいなら」
「それで十分よ、今のところ」
ヴィバリーは笑うのをやめて、すうっと息を深く吸い込む。次の瞬間、彼女はまたいつもの冷たい仏頂面に戻っていた。
やがてアンナとユージーンが馬をつないで帰ってきた。何をしていたのか、ユージーンは馬のたてがみまみれだ。アンナは俺たちの話が聞こえていたのかいないのか、こっちへ来るなり安心させるようにヴィバリーの背中を軽くさすりつつ言う。
「さて……それじゃ、進軍と行くか」
ヴィバリーは一瞬眉根を上げたが、その手を払いのけはしなかった。
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