第15話 湖上の霧、ローエングリン(後半)

 それから、1時間ほど過ぎただろうか。さっきの作戦会議の通り、俺たち冬寂騎士団の三人は天幕の奥でぼんやりと座り込み、慌ただしく動く月光騎士団を眺めていた。

「……その時、ガートルード様は剣を一閃! 不逞の者たちの首を九つまとめて切り落としたのです。ああ、あの剣さばき。身のこなし。月光に溶ける銀の髪。美しい瞳。美しいお鼻立ち。美しい唇。美しい腰のくびれ。美しい足首。美しい手のひら、美しい血管……そのお身体もお心も、全てが完全にして欠くものなし。まるで妖精世界の物語から抜け出したような、麗しの英雄そのもの……」

 同じく待機を命じられたジェミノクイスは、俺たちの隣で延々と「月光の君・ガートルード様のご活躍」物語を聞かせていた。誰も頼んでいないどころか、聞いているそぶりさえ見せてもいないのだが。

「……はぁ」

 最初は俺も、この世界を知るのに役立つかと思って耳を傾けていたものの、あまりにもジェミノクイスの主観が強過ぎて参考にならないことに気づき、まともに相槌を打つのをやめてしまった。

「ガートルード様が……ガートルード様の……ガートルード様で……ああ……」

 彼女の話を要約すると、「ガートルードは強い」「ガートルードは美しい」「ガートルード最高」ということだった。エルフ千年王国の様子どころか、彼女とガートルードの馴れ初めさえわからない。どうやら、彼女はガートルードのファン?追っかけ?に近い存在だということはかろうじてわかったが――魔術師は話が通じない、というのを改めて実感させられる俺だった。

 一方、外では着々と準備を進める月光騎士団の三人がせわしなく歩き回っていた。なんとなく、仕事をサボってるようで不安になる俺。

「……俺たち、本当に見てるだけでいいのか?」

 小声でささやく俺に、ヴィバリーは考えありげにうなづいた。

「今はそれでいいわ。彼らが何をするか、よく見ていなさい。噂に聞く限り、月光騎士団は千年王国でも五指に入る騎士団よ。彼らが派遣されてきたということは、敵はサヴラダルナ級か……あるいは魔導師ウィザードにまで匹敵する相手だということ。ちょっとした見ものよ。あなたも一応騎士なんだから、勉強しておきなさい」

「そんな大物なのか……」

 霧になれるなんて、地味な能力のような気がするが……実際、アンナはそれでやられたわけだから、確かに恐ろしい能力なのだろう。

 と、話している俺たちに、後ろから突然ジェミノクイスが割り込んできた。

「五指だなんて! まあまあ、外にはそんなふうに伝わっているの? ガートルード様の月光騎士団は、千年王国の至宝、並ぶものなく君臨する最強の騎士団なのですよ。広大なる壺中コチュウにおいてさえ、無敵にして絶対なる頂点……」

 またわけのわからないことを言い出した。

「……なんだよ、コチュウって」

 ジェミノクイスの造語かと思ったが、ヴィバリーがその意味を知っていた。 

「この『世界』そのものを指す言葉よ。私にはよく理解できないけど、魔術師たちはよく使うわね。空間術師たちが調べたところによると、この世界は巨大な壺の形をしているとか……」

 ヴィバリーは興味なさげに言ったが――俺には何か、胸がざわつく話だった。

 壺の中の世界。ここは本当に、俺の知ってる地球じゃないんだ。それどころか、同じ宇宙でもない。口じゃ「異世界」なんて気軽に言えるが、改めて自分がどうなったか考えると気色が悪い。極端な話、俺が吸ってるのは酸素じゃないかもしれない。俺の体だって、もう細胞とか分子とかじゃないのかもしれない。足元がぐらつくような、漠然とした不安感――

 微妙な表情をしている俺に気づいてか、ヴィバリーはふっと笑い飛ばすように息を吐いた。

「まあ、地べたを這いずる私たちには関係ない話よ」

 確かに、その通りかもしれない。空の向こうがどうなってるにせよ、俺の目に見える世界は大して変わらない。太陽が昇って降りて、風が吹いてて、人間は毎日あくせく仕事して、飯を食って生きている。

「……そうだな」

 少し気が楽になって、ぼんやりと天幕の外を眺める。ふと、隣のユージーンを見ると、彼女もなにやらじっと外を見ていた。

「ユージーン、あなたも彼らの戦いを見ておいて。アンナがいない以上、頼れるのは……ユージーン?」

 ヴィバリーが話しかけても、反応が薄い。もしかして何か、感じ取っているのか。ヴィバリーと二人でじっと様子を見ていると、そのうちビクンと体を揺らして、こちらを横目でちらりと見ながら、言った。

「……水の匂い」

 水――霧の匂いか。思わず、体に緊張が走る。天幕の外でも、3人の騎士があくせく動くのをやめていた。布の向こうの影を見るに、それぞれが天幕を囲むように立っているようだ。

 来る。

 ごくりと息を飲み、天幕の出入り口から外を見つめる。その方向には、ガートルードがこちらに背を向けて立っていた。得物の大曲剣をかついで、不敵に仁王立ちだ。

 徐々に、外の視界が白く染まり始めた。深い霧。アンナの時と同じだ。しかし、これが全部敵の体が変化したものだと思うと、ぞっとする。

「敵の腹の中にいるようなものね」

 ヴィバリーが、俺の心を読んだようにつぶやく。その間にもどんどんと霧は濃くなり、天幕から数メートル離れた先はもはや見通せない。焚かれた篝火はどうやら確かに効いているようで、天幕の内側には全く霧が入ってきていないのは気持ち的にありがたい。

「ユージーン、お前なら霧の先まで見えたりするのか?」

 ユージーンは敵の接近にピリピリしているようだったが、徐々に慣れてはきたのか、さっきよりは落ち着いた様子で答える。

「……見えない。でも、何が起きてるかは……音とか、気配でわかる」

 気配か……バトル漫画やなんかだと、登場人物が当然のように人の気配を察知してたりするが、戦いに慣れると本当にわかってきたりするんだろうか。今のところ、俺は背後に立たれても全然気づかないレベルだが。

「一人。歩いてくる」

 ユージーンが、ぼそっと言った。

「……歩いて?」

 ヴィバリーが怪訝な声を出す。確かに、すでに霧の状態で俺たちを囲んでいるのに、あえて人の姿をとって歩いてくるのは変に思える。だが、そのうち俺たちの目にも、その騎士の姿が見えてきた。ガートルードの正面から、少しずつ近づいてくる、一つの影。

 それは白い霧の中に立つ、一人の騎士の姿だった。ミイラか何かのように、細く長い手足。頭からつま先まで、全身をくすんだ青色の武具で包み、顔も隠し、肌どころか布の一片も見えない。露出狂まがいのガートルードと同じ国から来たとは思えない。

 霧の騎士は、音もなく、言葉もなく、幽鬼のように、ゆらり、ゆらりと歩いてくる。右の手には、俺とアンナを刺した銀の剣。その剣を見た瞬間、胸がざわつくのを感じた。自分が刺されたからか、アンナが刺されたからか。どちらにせよ、いい思い出はない。

 その姿を正面から見据え、篝火の囲いから一歩外へと踏み出して、ガートルードは口を開いた。

「ローエングリン! 我が旧き友よ。私の顔を見ているか? この抑えられぬ笑みを」

 霧の中の騎士は微かな反応も示さず、ただ同じ歩調で近づく。

「この歓喜、貴様にはわかるまいな。稚児の頃から、争いを愉しまぬ質だった……私がどれだけ望んでも、貴様は応えなかった。それが今、こうして大義名分を得て、全力の貴様と殺り合える」

 昔の仲間の説得でもするのかと思いきや、バトル漫画のライバルキャラみたいなことを言い出すガートルード。半ば愛の告白みたいにも聞こえるが、きっと純粋に戦いだけの話なのだろう。

「貴様も永年のつまらぬ人生の果てに、ようやく何か愉しみを見つけたそうじゃないか。国も伴侶も捨てて、こんな野ッ原に何を求めて参った?」

 ローエングリンは、ガートルードの数歩手前でようやくぴたりと歩みを止めた。

「…………」

 ガートルードが口を閉じ、静まり返った霧の中に、仮面の騎士の不気味な息遣いだけが響いた。シューッ、シューッと規則正しく、深い息。

「……語りすぎたか。まあ、いい。私は欲しいものを獲るだけだ。存分に愉しませろ。私の『青』」

 ふっと失笑したかと思うと、ガートルードは自分の身を放り出すように、くるりと体を回転させながら敵の眼前へと倒れ込んだ。次の瞬間、俺に見えたのは――噴火のように勢いよく弾け飛ぶ土だった。


 その瞬間――霧が、わずかに晴れた。

 ガートルードの剣で吹き飛ばされた土の散弾が、突風のように白い霧を押しのけ、真っ二つに割ったのだ。霧の途切れた先には、無防備に立つローエングリン。切り裂かれた霧が元に戻る、その、ほんの一瞬の隙をついて、ガートルードは正面から強烈な蹴りを見舞った。

 蹴りを受けたローエングリンの体は、無残にも鎧ごと粉々に砕け散った……ように見えた。だが、いかにエルフの脚力でもさすがにそんなはずはない。ばらばらに吹き飛んだのは、「鎧」だけ。その鎧の中に、ローエングリンはすでにいなかったのだ。

「ふっ」

 笑いとも気迫とも取れない声を上げて、ガートルードは突然霧の中で素早く剣を振り始めた。身をかがめ、身を起こし、ひらりと回り、それから跳んで。まるで、踊っているかのように。同時に、キン、キンとリズムに乗って響きだす金属音。

 よくよく見るうちに、俺にも何が起きているのか少しずつわかってきた。濃い霧の中に、現れては消える「何か」がいる。霧が収束し、一瞬だけ青白い形を作って、剣を打ち合わせ、また霧散する。その一瞬の影こそが、ガートルードが殺し合っている相手――湖上の霧ミスト・ウォーカー、ローエングリンなのだ。

「……正直、あそこに割って入る気はしないわね」

 ヴィバリーが渋い表情で言う。彼女にしては、弱気なつぶやきだ。一度は剣を合わせて手傷を負ったわけだから、それも当たり前か。隣のユージーンは、彼らの舞踏の一挙一動を見極めようと、食い入るように霧をのぞいている。

 二人の戦いは、昨夜のユージーン対ガートルードとの戦いに比べると、(エルフにしては)ゆっくりしたものに見えた。ローエングリンが姿を現して剣を振るのは、数秒に一度だからだ。だが、その戦いが常人には想像もつかないほどのギリギリの差し合いだということは、素人の俺も感じた。

 ローエングリンは常に、ガートルードの死角に現れる。背後に、頭上に、フトコロに。彼女は霧が存在する空間ならどこへでも、剣と一緒に現れることができるらしい。そうしたら、後は剣をただ振るなり刺すなりするだけ。そんな反則的な攻撃を、反射神経だけで一太刀も受けずに弾いているガートルードも異常だ。

 そして――これが一番チートじみたところだが、彼女はおそらく、いついかなる瞬間でも、霧と化して逃げることができる。その証拠に、ガートルードは何度も彼女の体(?)を切り裂いているのだが、そのすべてがただ霧をふっとかき混ぜるだけで終わっている。

「……こんなの、無敵じゃないかよ。あいつ、ホントに勝算あって戦ってるんだよな?」

 恐る恐る、ジェミノクイスに尋ねてみる俺。ジェミノクイスは戦いを見ているのかいないのか、ぼうっとした目でただうっとりとガートルードの方に顔を向けて言った。

「ガートルード様は不敗にして不滅。この世界に月の光の差す限り、永遠に負けることはありません」

「永遠に、って……」

「余計な心配はせずに、ガートルード様の美しい舞踏をご堪能なさいませ。かつての友と剣を交え、互いの血肉にまみれ、恍惚と踊る、あの……ああ、あの御御足……うふふ……」

 こいつに聞いた俺がアホだった。と、横からヴィバリーが俺の問いに答えをくれた。

「……恐らく、傷を受ける瞬間はあるはずよ。相手に触れられるということは、相手からも触れられるということ」

 ――ってことは、攻撃できるのは剣を振る一瞬だけってことだろうか。そのわずかなチャンスのために、ガートルードはほぼ目に見えない相手と延々斬り結んでいるわけだ。

「よく見て。少しずつ、ガートルードが先んじている」

 そう言われても、どれだけ目を凝らしたところで俺には超人どもの動きなんかわかるわけがないんだが。俺にわかるのは、徐々に打ち合いの金属音がリズムを早めていることだけ。

「そういえば、他の二人はどこで何してるんだ?」

 俺の疑問に、ヴィバリーが薄く微笑んだ。

「気配を殺して霧の中に潜っていったわ。それが彼らの『勝算』みたいね。上手くいくにせよ、いかないにせよ……」

 ヴィバリーの言葉の途中で、ガートルードとローエングリンの舞踏が「ばつっ」と何かが弾けるような音とともに中断した。霧の中に、赤いものがぱっと散る。

「……つまらんな」

 俺たちに背を向けたガートルードは、そう言って額から垂れる自分の血を舐めた。そして、その反対側に――

「…………」

 無言でまっすぐに立つ、全裸の女がいた。虚弱にも見えるような細い体。猫背がちに顔を伏せ、短い髪を揺らしている。

 エルフである以上、脚の間には別のものが揺れているのだろうと思ったが……そこには、何もなかった。遠目ではっきりとはわからないが、薄っすらとした陰毛の下には、古い傷跡があるように見える。まさか……切り落としたのか。

 そしてローエングリンの左肩には、血が流れ出る真新しい傷。ガートルードがつけた傷に違いない。双方痛み分け、ということか。

「勘も剣も鈍ったか? こちらの準備は済んだぞ」

 そう言うと、ガートルードはさっと左手を挙げた。同時に、視界の向こうが突然、真っ赤に染まった。

 ――火だ。二人の周りを囲むように、一斉に火柱が上がったのだ。油でも使ったのか、火の勢いは強い。離れた天幕の中にまで、熱気が届くようだった。これが、他の二人の騎士が仕掛けていた策というわけか。

「これで、退路は断ったな」

 不敵な顔で――つまりいつも通りの顔で、ガートルードが言う。

 ローエングリンの周囲には、もはやわずかな霧しか残っていなかった。つまり、それだけ機動力を削がれたということだろう。たぶん。そして火に囲まれている以上、ここから霧になって逃げ出すこともできない。

 だが、ローエングリンは何の焦燥も示さなかった。

「……火。お前らしいね」

 ローエングリンは目を細め、初めて言葉を発した。かすれた、冷たい声。間違いなく、俺とアンナを刺した時と同じ声だ。

「一瞬、熱く輝いて……消える」

 炎の壁を背にして、ローエングリンはふっと霧に姿を変えた。背後を塞がれた以上、進める場所は前だけだ。

 ガートルードはまといつく霧をかき消すように、大曲剣を高速で上下左右に振り回す。俺の目で見る限り、その剣閃は彼女の周囲の空間を隙間なく切り裂いていた。虫一匹でも、入り込んだ瞬間ばらばらにされていただろう。

 だが、ローエングリンはその刃の結界をすり抜けて、再び姿を現した。ガートルードの体に密着し、手足で関節を押さえた体勢で。そして、逆手に持った彼女の剣は――すでにガートルードの口の奥に差し込まれていた。

「ぐ……」

 ほんの少しでも力を入れられれば喉を突き破られる状態で、ガートルードはピタリと動きを止めた。一瞬にして逆転され、絶体絶命の状況に置かれたガートルードはなおも、まるでこの瞬間を待ち望んでいたかのように愉しげな笑みを浮かべていた。


「団長!」

 左右から、ウィーゼルたちが駆け寄ってきた。彼らの姿を見ると、ローエングリンは大蛇のようにガートルードに巻き付いたまま、堂々とした声を発した。

「近づくな。かすかにでも動けば彼女を殺す」

 その脅しを聞いて、ウィーゼルは失笑した。

「……俺たちが、そのクソ上司の命に執着すると思うか? グリン……」

 妙に馴れ馴れしい口調で、目の前の上司を罵るウィーゼル。そうは言いつつも、彼は立ち止まってそれ以上は近づかなかった。

「慎重な貴方だから。戦力を無駄に減らすことはしない。ガートルードなしで私に勝てないことはわかっているはず。取引をしたい」

 今までとは打って変わって饒舌になったローエングリン。その視線が、ふっとこちらに向いた。天幕の中――俺たちの方に。

「ガートルードを『無事に』返す代わり、冬寂騎士団の残る三名の命をもらう。それで、私は貴方たちから手を引く」

 突然の言葉に、ぞくっと肝が冷えた。ついさっきまで、これは月光騎士団の戦いだと他人事に思っていたが……そうじゃなかった。こいつの狙いは、最初から俺たちだったのだ。

 でも、なぜだ? 通りすがりの俺たちが、遠い国のエルフにとって何の価値がある? 混乱する俺をよそに、ウィーゼルは考える様子を見せた。

「ほう……まあ、会ったばかりの連中を庇う理由はないがな。とはいえ、手ぶらで本国には帰れん。今手を引いても、お前を狩ることは変わらんぞ」

「なればこそ。今は、ガートルードを生かしたいはず」

 俺たちの意思には関係なく、交渉を続ける二人。

 ウィーゼルはしばらく考え込んだかと思うと、ちらりとガートルードを見た。彼女は、相変わらず不快なにやにや笑いを浮かべている。

「仕切り直しのために、他人を犠牲にするか……まあ、いいだろう。篝火を一つ消す。あとは、自分でやれ」

 そう言うなり、ウィーゼルはこちらに向き直った。――おい、待て。せめてもう少し粘ってくれ。本気のガートルードさえ勝てなかった相手に、一人欠けた冬寂騎士団が勝てるはずがない。

 あっさりと人身御供に差し出された現実を受け入れられない俺は、慌ててヴィバリーを振り返る。彼女はすでに剣を抜いて構えていたが、その表情に焦りはなく、まだ状況を静観しているように見えた。

 天幕に近づいてきたウィーゼルは、ちらりと中を覗き込む。

「まあ、そういうことだ。悪く思うなよ」

 そう言うや否や、ウィーゼルはひゅっと刀を一閃した。篝火の支柱が折れ、薪が地面に転がる。ウィーゼルはその上に足で砂をかけ、丹念に火を消し始めた。

 ヴィバリーはまだ動かないのか。このままじゃ、本当に火を消されてしまう。そうなれば、一瞬のうちにまた刺されちまう。いや、今度は治らないように首をはねられるかもしれない。

 俺が思わず立ち上がって(逃げようと)した時、ウィーゼルが突然声を張り上げた。

「カナリヤッ!」

 その名を言い終えるか言い終えぬうちに、ごうっと激しい音がした。

 見れば――爆発にも似た瞬間的な発火で、ローエングリンの体が、抱きつかれたガートルードの体ごと、赤い炎に包まれていた。

「がああぁっ!!」

 吠える声は、ローエングリンのものか、ガートルードのものか。

「もろとも斬るぞ、カナリヤ!」

 ウィーゼルが声をかけると、どこに身を伏せていたのか、カナリヤがすっと姿を現して例のチャクラム状の武器を投げ放った。同時に、ウィーゼルが刀で斬りかかる。

 二人の武器が到達する前に、ローエングリンは強硬手段に出た。すなわち、宣言通り、ガートルードの喉を突き破ったのだ。全身を火に焼かれたまま。

「チッ!」

 舌打ちするウィーゼル。その一瞬の隙をついて、ローエングリンは次なる狂気じみた手段を行使した。ぐったりしたガートルードの体をぐいと動かし、カナリヤの投げた武器をその体で受け止め――吹き出した血を、周囲の火柱に向けて飛び散らせたのだ。

 その血の噴水で、炎の壁の一端が、シュッと音を立てて火勢を弱めた。もとより、長く燃えるようにはできていなかったのかもしれない。

 ローエングリンはさらに、その弱まった部分に向かってガートルードの死体を蹴り飛ばし、その体を足場のようにして、火の囲いから外へと跳び出していった。

「……なんだよ、あれ……」

 月光騎士団とローエングリン、双方の凄惨かつ手段を問わない戦い方にぞっとした俺は、思わずそうつぶやいていた。


 ウィーゼルは火の囲いの内側から、外に立ったローエングリンとにらみ合っていた。ローエングリンの体の火はすでに消え、体は半ば霧に溶けていた。

 だが、さっきの火は確実なダメージになったらしい。皮膚はなおも薄い煙が立ち、全身に火傷を負っているようだった。

「何が、お前をそうまでさせる……? お前は、この荒野に何を見つけた?」

 ウィーゼルの問いに、ローエングリンは静かに答えた。

「私は私の主を見つけた。血によって戴く王ではなく、心によって仕える相手を。全てをもって、あの方を守る」

 数秒、姿が消えたかと思うと、ローエングリンの体は再び全身、鎧兜に包まれていた。

「何びとたりとも……彼女のもとへは行かせない」

 そう言い残して、彼女は霧の中に歩き去った。――深い霧は、なおも重く周囲を取り囲んでいる。

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