深読み


「何を言ってるの、まだ終わってないわよ」

 笑顔を崩さぬまま、槙島教諭が言った。


「……は?」

 聞き返す律の思考が停止した。


「私言ったよね? 根元から完璧に終わらせることが条件だって」


「だから、言う通りに終わらせましたよ?」

 律は矢継ぎ早に言い返した。


 槙島教諭の固まった笑顔が、晴れやかだった律の気持ちを一気に暗くした。


「ううん、終わってない。だってまだ四人の処遇が決まってないもん」

 槙島教諭は首を振りながら口から飴を出し、棒付き飴をスティックのようにして左から右に向けて四回振った。


「ん? どういうことですか?」

 意味がわからないし嫌な予感しかせず、律の眉間のしわは寄りっぱなしだった。


 槙島教諭は飴を口に戻すと怪しく笑う。

 ——律君、あなたが決めるのよ。

 と。


「……俺がやるんですか?」

 律は槙島教諭の意に大きく目を開いた。


「そう。律君が決めて、終わらせる」

 槙島教諭は不敵な笑みのまま告げた。その態度に律は溜め息を吐き、

「じゃあ、四人共退学にしましょう」

 あえてバッサリと言った。


「んー、それはちょっと痛いなぁ。表向きは優秀な生徒だから、退学だけは避けたい。学校側としては、できれば更生させてあげたい」

 槙島教諭の表情は戻り、真剣な眼差しだった。


「俺に決めさせる気なんてないじゃないですか? 最初からあいつらの更生役をやらせるつもりだったんでしょう?」


「……バレちゃった」

 律の言い分に対し、槙島教諭は全く悪気がなさそうな素振りであった。


 どうせ言っても通じない、反抗するだけ無駄だな。


 そう思い、律は諦観した。


「来栖以外はまだしも、来栖は性根が腐ってますよ?」


「うん、知ってる。だから律君が好きなようにビシバシ指導して!」

 ホクホク顔で答える槙島教諭に、

「めんどくさぁ」

 と思わず言ってしまう律だった。


「約束……したよね?」

 そう言いながら、槙島教諭は律を見つめた。


 ——来栖菜緒を更生させて。

 表情からも悪意はないと感じた。


 が、ここで対人間に関してのみ頭が冴える律は違和感を覚えた。


 生徒同士のイジメだから教師が表立って入れず、自分を内偵調査させたことは理解できる。だが、それはもう終わったし揺るがぬ証拠も手に入れた。


 生徒を更生させるのは教師の役目であり、証拠を握った槙島教諭がやれば一番効果的だ。わざわざ自分に更生役を任せる意味がない、恐ろしいほど賢い槙島教諭ならばそれくらいわかっているはずだ。しかし、槙島教諭は自分に更生役を命じた。他に意味がある……。


 そう、単なる菜緒の更生が目的ではないと律は思ったのである。


 律は左目を閉じた後、右手の親指と人差し指と中指で丸を作り、

「ちょっと失礼しますね」

 と言ってから自分の右目にあて意識を集中させた。


「ん? 何それ?」

 律の行為に槙島教諭は目をぱちくりさせた。


 ——来栖菜緒を更生させて……菜緒を更生させて……菜緒……菜緒の親。


 ……読めた!


「本当の狙いは来栖の親でしたか」

 律は右目から手を離し、槙島教諭へ視線を向けた。


 ——嘘でしょ?

 さすがの槙島教諭も絶句していた。


「これは読みにくい人や、深読みする時に使う俺のルーティンです」

 槙島教諭にようやく一太刀浴びせることができたかな、と律はフッと笑った。


「びっくりしたわ。今思っていないことも読めるのね?」

 槙島教諭は微笑んだが、未だ動揺の色は隠せなかった。


「人によって個人差はありますが、概ね読めます。ただ、茜先生はかなり壁が厚いので、全ては読めませんでした。で? 来栖の親に何の用ですか?」

 律は説明を終えた後聞き返すが、

「内緒」

 と言い、槙島教諭は無心になっていた。


 壁が更に厚くなり、靄がかかる槙島教諭の真意。これでは深読みに時間を要し疲れるので、律は諦めた。


「ま、いいか。気になることもあるし、自分としても何とかの船ですから」 


「乗りかかった船ね」

 すかさず槙島教諭に訂正され、

「あ、それです」

 格好良く決めたつもりが、学力のなさが露呈し恥ずかしい思いをする律であった。


「でもいいんですか? 俺は人を更生させたことなんかありませんよ」


「中学の頃にもイジメを何度も解決していたでしょう? その時はやらなかっの?」

 槙島教諭が言った。


 律は何で知ってるんだと疑問を感じたが、遠山と仲が良いから聞いたのだろうと推察した。


「小、中の頃は先生に報告して任せていましたよ。生徒が生徒を更生させるとか、普通やらないでしょ」


「じゃあ、今回が初ということだね。律君は人の心がわかるんだから、大丈夫だよ」


「だったら……来栖は丸坊主にしようかな」


「……やりすぎじゃない?」

 顔を引きつらせながら返してきた槙島教諭に、律は口角を上げた。


「女性って髪を凄く大切にしていますよね? 一番効果があると思ったんですけど?」


「効果的すぎるわ。いきなりそれをやると、来栖さんは自殺するかもよ」

 律の提案に、槙島教諭は引き続き難色を示した。

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