Motive Chaser ~ヒロインは全員悪女なので恋愛対象外です~
宗治 芳征
プロローグ 律と茜①
前方は黒板と教卓、後方は各生徒の個人ロッカーと連絡用のホワイトボード、右方はガラス窓にベージュのカーテンが四つ、左前方と左後方に出入り口が二つ。
典型的な学校の教室である。
本来ならここに学校机と椅子のセットがいくつも並んでいるのだが、本日はいささか殺風景であった。
学校机と椅子のセットは二つで、前方ではなく左方向きに並んでいる。また、その二メートルほど前には椅子が一つ配置されていた。
この日は普段とは異なり、本校を受験する中学生の面接仕様になっているのである。
「失礼いたします」
面接を終えた男子学生が深々とお辞儀をし、教室から出ていった。
風貌は凛々しく、中学生時代はサッカー部で部長をしており、内申点も高い。筆記試験も合格ラインを越えている。
……この子は問題ないだろう。
教室から出た学生の情報を整理しつつ、
「爽やかな子でしたね」
茜の横に座っている女性が笑顔を見せた。
年齢は茜の二つ下で、二十五歳。
端正とはいえないが、愛嬌がある顔立ちに身長は百五十センチと、小柄で愛くるしい姿なので男からのウケはいい。ただ、男を見る目がないので、しょっちゅう付き合ったり別れたりを繰り返している。
担当教科は日本史で、本業に関しての評判は悪くない。また、茜もそうだが本校である聖穏学園のOGで、茜が生徒会長だった時に書記をしており慕ってくれている。
「今の子は合格でもいいかな。美穂ちゃんもいいでしょ?」
茜は顔を左に向け、美穂へ確認した。
「ようやく十五人目ですね。せんぱ……じゃなかった、槙島先生厳しすぎませんか?」
美穂は脱力した様子で椅子にもたれ、茜と視線を合わせた。
「まぁ、厳しく見ちゃうよ。初の男子受け入れなわけだしね。あと、二人だけの時は先輩でいいよ。私も矢島先生って言ってないでしょ」
茜が書類をまとめながら答えると、美穂は姿勢を正し口を開いた。
「じゃあ、先輩。もうすぐ面接を始めてから三時間が経ちますけど、三十五人中、十五人ですよ? あと六十人ほど残っていますが、このペースだと男子は三十人くらいになります。男女共学化を精力的に推進していたのは先輩ですよね?」
「そうだよ。私が強引に今年から男女共学にした。聖穏会の反発が凄かったから、まずは高等部だけになったけどね」
「だったらもっと男子を入れないと……」
「だからこそだよ。半端な男子は入れられない、失敗は許されないからね」
毅然とした態度で茜が言い切ると、美穂は不服そうな顔をしながらも黙った。
その瞬間だった。
美穂の腹から音が鳴った。
「……あ」
恥ずかしそうにお腹を抑える美穂に対し、茜は仕方なさそうに笑い場が和んだ。
「昼食まで、まだ一時間はあるわよ?」
「すみません。朝ごはん食べてきてないんですよね」
美穂は顔を赤くして俯いた。
「面接中はお腹を鳴らさないようにね。矢島先生?」
茜はフッと笑い、あえて先生呼びで圧を掛けると、
「……善処します」
美穂は更に顔を赤くし、下唇を噛んでいた。
その後、面接中、面接中以外でも美穂のお腹から音は鳴らず、無事に進んでいった。
午前最後の一人。
受験番号百三十三、興城律。
……きた!
茜の口角は無意識に上がった。
「先輩。この子、筆記試験が合格ラインの半分以下なんですけど?」
そう言った美穂の視線を茜は辿り、筆記試験の結果が目に入った。
百点満点中の国語三十八点、数学十五点、理科二十三点、社会三十二点、英語十九点。散々たる結果に茜は思わず吹き出しそうになったが、何とか平静を装った。
「気にしないでいいよ、AO入試枠で入れる予定の子だから。一応筆記試験もやらせてみたんだけど、結構酷いね」
「……結構? 結構どころじゃないですよ! ていうかAO入試? 推薦入試以外に
そんなのありましたっけ?」
美穂はしかめっ面になり、茜に言い返してきた。
「前に話したでしょ? AO入試枠を一つ設けるって」
「あー、先輩が副理事長のコネを使ったやつですよね?」
「……事実だけど言い方。AO入試は今後も継続するつもりだからね。元々有名な子や一芸に秀でた子がくれば、学校のイメージアップにも繋がるんだよ。学業の成績や内申点だけ良ければ何でもかんでも合格、じゃ無味乾燥でしょう?」
茜は抑揚をつけて美穂を諭した。茜の雄弁が効いたのか、美穂の硬い表情は徐々に和らいでいった。
「言いたいことはわかりました。で、先輩のお気に入りがこの子ですか? ていうか、この子の小論文、小学生が書いた読書感想文よりも中身がないですよ。先輩、間違ってません?」
美穂は眉をひそめた。
「うん私も見たよ。中身スカスカだったね」
茜は笑いながら頷いた。実際、興城律の小論文は起承転結もない稚拙な内容で、文末は自分の特技で人を助けていきたい、という謎の自己PRが書かれていた。
「いやいや、スカスカだったねって笑ってる場合ですか?」
渋い顔で茜に言い返す美穂であったが、教室の扉をノックする音が聞こえ黙った。
「先生、次の子いいですか?」
ボランティア部の女生徒が、扉を開け顔を出した。
「いや、ちょっと待っ……」
「いいよー」
美穂の言葉を遮り、茜が笑顔で女生徒に手を上げた。
女生徒は茜の言葉に頷き、扉を閉める。数十秒後、再び教室の扉をノックする音が聞こえた。それから間もなく扉が開き、一人の少年が入ってきた。
「失礼します」
と一礼し、少年は扉を閉めた。茜が手で椅子へと合図すると、少年は歩き始め椅子の左横で止まった。
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