┣術技・蓮葉【二幕】

■《髪切》

・特殊なヘアスプレーで髪質を弱め、切れやすくする。


 盤石の自信をもって、浪馬は全力で引き倒した。

 その槍が、これ以上ない軽さで、すっぽ抜けるとは。

「は……!?」

 洋は知っている。 

 服は適当な蓮葉だが、髪にはこだわりがある。畔製のヘアスプレーを用いて、丁寧に手入れする。シトラスの香りとともに、髪質を弱め、簡単に切れるように。狙われることを前提に──

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の四


■《頽馬たいば

・《殺気》を具現化し、不可視の弾丸として放つ。

 蓮葉の場合は「茨の棘」。

 素人には致命だが、高位の武人が《気》を高めれば対処可能。

 

 浪馬の左眼が潰れている。

 ぼっかりとえぐれ、赤黒い穴をさらしている。

「なんだ……何が起こった?」

 茫然とする雁那。他も程度の差はあれ、疑問を隠せない。

「《》だよ。

 尖らせた《殺気》を、弾丸みてぇに飛ばしたんだ」

「何を馬鹿な。殺気で人が傷つくものか」

「出来るんだよ、畔には。

 蓮葉には、って方が正しいかもだが」   

 洋とて見るのは初めてだが、間違いない。

 忍野戦で蓮葉が展開した、あの圧倒的な《殺気》だ。形を成すほど強烈なそれは、周囲の野鳥を落とし、《白銀さま》を制して忍野を殺めかけた。

 《殺気》は超能力ではない。

 しかし、武術には「気当たり」という言葉がある。発した気で敵を威圧し、動きを制する。達人ともなれば、気当たりで敵を倒すという。

 日本語には「気後れ」「気まぐれ」など、気にまつわる言葉が数多い。気は普遍的にこの国に存在し、殺気はその最たるものである。「病が気から」生じるなら、殺気が体を害するに何の不思議があろうか。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の六


「気持ちはわかるけどな。

 とはいえ、無敵ってわけでもねえ。

 並みの相手なら一発だろうが、これは《天覧試合》だ」

 気当たりへの対抗手段は不動心、揺るがぬ心とされる。

 《殺気弾》が命中したのは、浪馬の気の緩みを突いたからだ。

 恐るべき人外の技だが、何度も通じるものではない。


 濃密な殺気が、陽炎のように床のチェスボードを歪めている。

 石柱には巨大な蔓が巻き付き、殺気の棘で《茨姫》を覆う。

 見える──はっきりと。なるほど、人の《殺気》ではない。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の六


 嗜虐の表情。《殺気》が怒張し、鋭くとがる。

 浪馬の片目を射抜いた《魔弾》が、二度にたび放たれた。

「……《頽馬たいば》」 

 それは、「馬殺し」とされる魔性の風の異名。

 命中寸前で砕け散り、雨にまぎれて霧散する。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の八


 これは余談になるが、浪馬が本当に死んでいれば《頽馬》で傷つくことはない。《魔弾》の本質は、畏怖による自傷だからである。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の八


■《小袖の手》

・肘の内側をおさえることで、 腕の機能を奪う。


 強く押し付けられた丸い膨らみを意識する前に、左右の腕を捕られた。

 触れているのは、どちらも肘関節だ。

 親指が肘の内側のくぼみを、他の指が前腕の付け根を抑える。

 痛みはない。マッサージのように、優しく揉んでいるだけだ。

 ただそれだけなのに、

 突如、バイクが速度を上げた。右手がアクセルを全開にしたのだ。

 浪馬は愕然とした。

 加速したのは自分ではない。

 右手だ。右手が勝手に動いて、バイクを操縦している!

 左手がひとりでに槍を捨て、クラッチを握った時、気が付いた。

 槍とバイク──二つの武器を今、自分は奪われたのだと。

 残された武器は、もはやない。

 触れる程度の力に《鯰法》は使えない。

 ブレーキは握れず、飛び降りることさえ許されない。たとえ意図せずとも、自身の両手がハンドルを握っている限りは。 

 

「…………《小袖の手》」

 人ならぬ者が、耳元でそう囁いた。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の七


・足が一本に見える歩法。下半身への攻撃を避けつつ足で挟み、封じる。

 その状態での前進も可能。男の劣情を突く畔らしい技。

 魅惑的な太腿を前提条件とする。


 その構えのまま、蓮葉が一歩、前に出た。

 モデルのように腰を使った、奇妙な運足である。小さく繰り出した右脚が左脚に重なる。浪馬からは足が一本に見えるはずだ。


 流された槍が、戻らない。

 蓮葉の太腿に挟まれたのだ。内腿で槍を滑らせながら脚を開き、股を通したらしい。

 慌てて引っ張る浪馬だが、槍はびくともしない。滑らかなはずの防刃レギンズで、こうも強固に固定できるのは、いまだ一本足を保つ謎の立ち方と、ホットパンツの股ぐらに太刀打が触れているからだ。

 股間に槍をあてがったまま、蓮葉が進む。

 進む以上は槍が緩む道理だが、梃子でも動かない。

 隙がないのだ。気付かぬうちに左右の脚が入れ替わる。一本足を維持したまま、魔法のように間合いだけが縮んでいく。

 さっさと槍を手離し、逃げればよかった。

 その判断を鈍らせたのは、男なら誰でも知る心理である。

 自分の握る棒に股間を押し付けながら、絶世の美女が歩いて来るのだ。浪馬を責められる男性が何処にいようか。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の九


■《鍛冶かじばば

・大鋏を用いて、敵を絞首刑にする。

 《小袖の手》の併用で両手を封じるなど、複合的かつ高度な技である。


 自立した《化け烏》が浪馬の首を挟み、宙吊りにする。

 蓮葉の狙いは《絞首刑》──締め技の上を行く仕掛けだったのだ。

 鋏の刃は鋭くはなく、首が切れることはない。

 だが自重で喉は締まり、頸動脈は遮断される。ドアノブで首を吊るのと原理的には違いはない。

 恐るべきは、全ての脱出手段をあらかじめ潰してあることだ。

 浪馬とて黙って処刑される人種タマではない。

 もがき、鋏を蹴り、あらん限りの力で暴れ続ける。

 けれど、脱出にはまるで繋がらない。

 身を揺らせば、《小袖の手》に支配された両腕に抑え込まれ。

 鋏の柄を踏めば蓮葉に揺り落とされ、蹴れば膝で相殺され。

 そばには足がかりになる壁も柱もない──おびき出された後だ。 

 そして、暴れれば暴れるほど、刃は首筋に喰い込んでいく。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の十


🔳その他の技

■気配察知

・洋と烏京が白旗を上げる最上級。


「気配察知で畔に勝てる人間は、まずいねーだろうな」

 ちらりとロビーの方に目をやった後、洋が続ける。

「女はカンが鋭いって言うだろ? でもって妖怪は気配にさといもんだ。

 両方の素質を持つ畔が人間以上に鋭いのは、驚くことじゃねえ。

 まして蓮葉は、畔の中でも別格だからな」

「──武芸者が目指すは人外の高みだが、畔は人外から高みを目指す」

「ともあれ、うちの三人の中じゃ、蓮葉が断トツだ」

                     ──【前幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬

■体術

・《化け烏》を振って体重を消し、石柱を駆け上る。


 《千本桜》の横に柱が来るよう誘導した後、柱の陰に飛び込んだ蓮葉は、螺旋らせんの軌道で石柱を駆けのぼったのだ。

 《曽根崎地下通路》にある四列の石柱の内、二列は表面に暗紅色あんこうしょくの金属板が巻かれている。滑らかな石材よりましとはいえ、足掛かりのないことに変わりはない。そもそも常識で考えて、円柱の表面を駆け上がれるわけがない。

 理解の補助線があるとすれば、《化け烏》の使い方だろうか。柱の向こう側に投げ込むように、斜め上に振り上げた巨大鋏の勢いのまま、少女は二度、軽く石柱を踏むだけで、天井に到達した。妖精じみた軽やかな挙動は、直視でなければCGを疑うところだ。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の三


■衝撃復元術

・全身の骨の歪みを、自らバイクに撥ねられることで復元する。


 撥ねられた蓮葉が、衝突の勢いのまま、突き当りの壁に叩きつけられる。

 肉が弾け、骨の軋む音が響いた。受け身を取った気配はない。

 東側の壁に設置された台状の半円、拳大の石が敷かれた謎のオブジェ。

 蓮葉はその上に落下した──いや、両脚から

 浪馬は、魅入られたように足を止めた。アクセルの存在すら忘れた。

 石のステージに降り立った彼女が、踊り始めたのだ。


 それは全身を使った、大らかなダンスだった。

 腕を伸ばし、指をしならせ、胸を反らし、首を回す。

 腰をよじり、尻を躍らせ、長い脚を広げ、爪先を滑らす。

 合わせる打楽器は骨の音色。つま弾く弦楽器は筋の響き。

 全てを元なる形に。壊れる前の配置に。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の六


■バイク上で立ち続ける。

 バイク後部を勢いよく滑らせるドリフト走行──両手を離して立っている蓮葉はひとたまりもない。

 そう思った観衆の目が、あんぐりと見開かれた。

 蓮葉が落ちない──姿勢を崩しさえしない。

 両手を宙に突き出し、斜めに脚を伸ばしたポーズは水上スキーを彷彿とさせるが、このアトラクションにはロープもボードもない。それでいてボルトで固定したマネキンのような安定感。いや、それ以上だ。

 その秘密は、超人的な体幹と足指の強さにある。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の七





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