┣術技・浪馬【二幕】


■対ハサミの絶対的自信

・その意味は、試合中に明らかになる。


「こりャあ刀傷じゃねエ。傷の角度が微妙に違う。

 二本の刃で左右から断ち切られなきゃ、こんな傷にはならねえ。

 多分ハサミ……それも馬鹿デケェ殺人ハサミの仕業だ」

 オメガは、飛び出した眼をさらに見開いた。

 若武者に浮かび上がる、不敵なかおを目撃したのだ。


「……だとしたら、オレの勝利は確定だゼ」 

                 ──【前幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の三


🔳八百万槍術

・浪馬の槍は八百万の基礎に族時代の我流を積み上げたもの。


 八百万流はやり歌舞伎かぶきの立ち廻りから生まれ、舞台映えを前提としている。高い技量を必要としながら、実用性に欠ける技が多いのはそのためだ。八百万本家を勘当された浪馬が、暴走族相手に試した限り、八割方は見た目だけの代物、闘いに耐える技ではなかった。

 しかし、残りの二割は掛け値なしの本物。《千本桜》もその一つだ。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の三


■《千本桜せんぼんざくら

・浪馬の得意手。圧倒的な手数で敵を追い詰める。

 技は単純だが術理は高度で、浪馬の技量の高さがわかる。


「まだなら見せてやンぜ? 八百万流の《桜》をヨ」

 突き出された槍の穂が、ふいに二つに分かれた。

 四つに、八つに、十六に──

 指数関数的に増殖する刃が、放射状に広がる。

 さながら満開の花の如く。


「八百万槍術──《千本桜せんぼんざくら》」


 槍による連続突き。

 説明すれば単純だが、その光景は常軌を逸していた。

 繰り出す突きの残像が、満開の桜のように蓮葉の視界を覆う。雲霞うんかの密度は槍の正体をまぎらせ、虚実をないまぜにしたまま押し寄せる。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の二


「あの速さと手数──貴様はどう見る?」

「そうだな」浪馬を凝視したまま、洋は応じた。

「まず、槍の引きが浅い。

 必要最小限しか引かないから、回転が速い。

 加えて手突きだ。それで手数を増やしてる」

「つまり、威力に欠けると──?」「普通ならな」

 手突きとは、手だけで突きを繰り出し、腰が入っていない技を指す。軽く不安定な見せかけの技になるため、武術全般で下策とされる。

「けど、あのサイズの槍を、手だけでこんだけ突けるのは謎だ。

 休み休みならまだしも、あの速さを維持してやがる。

 腕力だけじゃ続くわけがねえ。

 どういう術理なのかは、まだ読めねえけどよ」

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の二


 《千本桜》は、八百万槍術の初伝である。

 洋の読み通り、浪馬が少年時代に叩き込まれたものだ。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の三


 無限の突きの秘訣は両肩にある。背骨を中心に左右の肩甲骨を交互に回し、前後する肩の動きを腕を介して槍に伝える。いわば《人間ミシン》である。

 柔軟な手捌てさばきこそ必要だが、クランクシャフトに徹するため、腕力の使用は最小限で済む。使用するのは主に背筋と体幹。ともに人体最大の筋肉であり、回転運動の疲労は微少だ。この程度の《千本桜》なら、浪馬は朝まで突き続けられる。

 族時代、この技を破ったのは文殊ただ一人。それも多対一の戦術で、一対一タイマンでは負けなしだ。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の三


「八百万槍術──《千本桜》ァ!」

 先手を取った浪馬が選んだのは、不敗の連続突きだった。

 きらめく穂先が咲き誇り、絢爛たる槍衾を広げていく。

 前回と同じ、ではなかった。

 速い。槍の数が倍にも増えて見える。

 さりとて、浪馬の手数が倍になったわけではない。むしろ骨折の痛みから、技の切れは落ちている。

 違いを生んでいるのは、槍の質だ。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の九


🔳八百万たい

・出自は不明だが、大陸由来の拳法と共通の技術が見られる。


■《しばらく

・至近からの体当たり。中国拳法の《寸勁すんけい》に近い、


 ゲラゲラ笑った浪馬が、わずかに身を沈める。

 直後、吹っ飛んだのは《化け烏》だった。

 天井の蓮葉も釣られて引き剥がされ、黒白の床を転がっていく。

「八百万たい術──《しばらく》」

 中国拳法の《寸勁すんけい》を思わせる、ゼロ距離からの体当たり。

 それを蓮葉の得物に喰らわせ、弾き飛ばしたのだ。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の三


🔳鯰法ねんぽう

・浪馬の不死身を裏打ちする、謎の防御術。

 浪馬は生後すぐに使っており、技術ではなく才能と思われる。


「……《鯰法ねんぽう》いうらしいで」

 遅れぬよう懸命に駆けながら、文殊はそれだけ口にした。

 観衆が一斉に振り返る。この程度なら情報の漏洩にはならないだろう。

「鯰法って、ナマズ?」

「そや。八百万の家系に稀に生まれる才能らしい。

 それ以上のことは、なんもわからんけどな。

 浪馬あいつも原理とかよう知らんやろ。生まれた時から使えたんやから」

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の三


 《鯰法》とは、要するに《力の伝導》である。

 理屈は浪馬にもわからない。生まれもった才能だからだ。

 外から受けた衝撃を、電流に対するアースのように逃がすことが出来る。

 《誉石切ほまれのいしきり》のように、障害物を越えて威力を伝えることも可能だ。

 流された力は音を失い、勢いはゼロになる。バイク制御時は流す力を加減する。

 ハサミを止めるのも原理は同じだ。

 その形状から、ハサミによる攻撃は必ず肉体を挟む。同時に迫る二つの力を、《鯰法》で流して対の刃に送り込めば、労せずにハサミを弾ける。挟む力の逆利用と言えばわかりやすい。とはよく言ったものだ。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の七


「《鯰法》てのは、

 攻めれば障害物を貫通し、受ければダメージは逃がしちまう。

 だから《不死身》だ。そういうことだろ、文殊?」

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の八


■不死身の防御

 浪馬を噛んだ鋏の刃が、何事もなく離れたのだ。浪馬の手は腕に繋がったまま、出血の一つもない。

 手加減ではない。それがあり得ないことは洋が一番よく知っている。蓮葉の辞書に手心の文字はない。

 切断しなかったのではなく、出来なかったのだ。

 ──何だ、今の現象は。

                     ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬


 蓮葉が頭を狙わなかったのは《不殺》のルールから当然だが、背骨も十分に急所である。常人なら即死、あるいは全身不随だ。どちらが最悪かは意見の分かれるところだが、衝突実験のダミー人形のように浪馬が吹っ飛ぶ未来を疑う者はないだろう。 

 だが、そうはならなかった。

 浪馬のブーツの下、大理石の床に亀裂が走る。

 ただ、それだけだ──怪我も、出血も、吹っ飛びもしない。

 強烈に打ち込まれたはずの《化け烏》が、背に触れた瞬間、時が止まったように停止している。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の三


■《誉石切ほまれのいしきり

・障害物を貫通して攻撃を与える技。槍術と《鯰法》の合わせ技。

 特に機馬からのそれは、必殺の威力を誇る。


 それは、不可思議な一撃だった。


 爆走するバイクから突きながら、音もなく。

 エンジンブレーキをかけたように、急減速し。

 不可視の波紋が地下通路全体に広がるような、奇妙な感覚があった。


 観衆全員が足裏に痺れを覚える中、抜け目なく足を浮かしたのは、宮山 たつき唯一人だ。

 ならば、もっとも至近にいた蓮葉はどうか。


 曇りなき双眸は、輝きを失くし色褪せ。

 滑り落ちた大鋏は、弔鐘ちょうしょうの音色で響き。

 最後は自らも、冷たい床に崩れ落ちる。


「八百万鯰法──《誉石切ほまれのいしきり》」

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の五


 樹木の裏に隠れ、浪馬をやり過ごそうとした時、それは起こった。

 血液が沸騰する感覚。臓腑が捻転する感触。激痛に蒸発する感情。

 何が起こったかもわからないまま、忍野は崩れ落ちた。

 《誉石切》。

 今ならわかる。これだ。自分はこれを喰らったのだ。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の五


 忍野は経験から知っている。《誉石切》は内臓に加えて骨まで狂わせる。強い歪みの生じた関節は正常に稼働せず、足腰の立たない老人のような挙動を余儀なくされる。骨接ぎなどの専門医の手を借りなければ、簡単には戻らない。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の五


 《誉石切ほまれのいしきり》は《鯰法》中、最大の威力を誇る。調子に乗って使ってしまったが、れっきとした殺人技である。

 その一撃は敵を動かさず、無反動で全エネルギーを叩きこむ。浪馬はえげつなくも、それを機乗から放った。はりつけにした敵に、高速のバイクで突っ込んだようなものだ。原形を留めている蓮葉を誉めるべきだろう。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の六


■超絶ターン

・バイクアクションにも《鯰法》を駆使する。


 空を切った槍穂が壁に届くと同時に、浪馬は《鯰法》を放った。

 衝突必至だったバイクが急減速を見せ、ナチュラルに旋回する。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の七



🔳その他の特技

■機馬武者

・バイクに乗って槍で戦う「機馬戦法」を得意とする。


 十分に加速した騎馬武者──いや武者が、間合いに突入する。

 雄叫びを上げ、浪馬は槍を繰り出した。

 すれ違いざま、穂先の残像が踊る。《化け烏》を握る蓮葉に殺到する。

 連突きの技量は、やすやすと凌がれた先刻と同じ。

 だが、馬上の技には馬の力が加わる。ましてやそれが機馬となれば。

 桁違いの威力、切れ、速度。加えて高速移動による手元と角度の変化。

 戦国時代にすら存在しない、まさに新時代の連撃は、交差の一瞬で無数の火花を散らし、地獄のような残響を置き去りにして通過した。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の四


■ライドテクニック

 ドルン! エンジンが猛り、バイクが加速した。

 左手は槍を握っている。クラッチは使えないはずだが、バイクは滑らかにギアチェンジし、速度を上げていく。

 ノークラッチ・シフトアップ。高度なライドテクニックである。

 バイクこそ族車仕様だが、浪馬のテクが素人レベルでないのは明らかだ。

                 ──【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の四





  

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