┣プロフィール・洋【一幕】



🔳魚々島について


■《陸亀》(おかがめ)

「《陸亀》というのは──」

「──魚々島からおかに逃げた連中のことさ」

 烏京の言葉を継いだのは、まさかの洋だった。

「魚々島に生まれても、海の生活に耐えられない奴がたまに出る。

 そういう奴は船から降りて、陸で生きる道を選ぶ。

 たいていは浜辺で暮らして、魚々島の物資補給を手助けする。

 だが、こいつが言いたいのは、そういうことじゃない」

 苦笑いを浮かべたまま、洋は続ける。

「《陸亀》には、もう一つの意味がある。

 泳げない者……平たく言や、カナヅチって意味がな」

                     ──【前幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京


■魚々島 の強さの秘密

「その通り──人を鍛えるのは環境だ。

 魚々島の強みは素手で魚を捕り、水中で鮫と渡り合う身体能力に尽きる。

 海という過酷な環境あらばこそ、魚々島になれるのだ。

                     ──【前幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京


 魚々島の強みってのは、海で鍛え抜いた人外の身体能力フィジカルだ。鯨に素手で取りつき、カジキと海の中で渡り合うからこそ身に着くもんだ。陸亀がどう足掻いても到達できる領域じゃねえ。

            ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき— 其の二


■魚々島の子育て

 魚々島のガキは、ほとんどほとりが産んでるって知ってるか?

 生まれたガキは、女なら畔が引き取り、男なら魚々島に送られる。つっても赤子の育つ場所じゃねーから、魚々島によこされるのは六つになってからだ。畔の英才教育で、そん頃には義務教育くらいは終わるしな。海しか知らねえ魚々島の連中が、普通に読み書きできんのはそれが理由だ。

 島に引き渡されたガキどもは、だいたい親や親族が面倒をみる。

 だいたいつったのは、子供に興味ねえ親もいるからだ。ガキは修行の邪魔になるってな。陸だとクソ親だが、魚々島じゃそれも許される。個人の強さを追い求めるのは、魚々島の大正義だからな。

                ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき—


■魚々島の社会形式

 島を降りて初めて知ったんだが、魚々島の社会ってかなり特殊なんだよ。

 規模は村みたいなもんだが、村社会と真逆で、束縛を嫌う。強さと自由が何より重要視される世界なんだ。掟も仲間内の殺し合いの禁止とか、ガキの世話は大人がするとか、最低限のもんしかない。

 過酷な環境だと、普通は協力して乗り越えようとするもんだが、魚々島はそうじゃないんだ。助け合う習慣もルールもない。あくまで自由だ。

 なんでかって?

 さっきも言ったろ。魚々島の存在目的が、個の強さの追求だからさ。

 「便利な道具は人を弱くする」から、文明と距離を置いて暮らしてる。協力も同じだ。群れは強いが、無二の個は育たない。それが魚々島の流儀なんだ。

 ……ちょいと話が逸れちまったか。

 何が言いたいかってーと、魚々島じゃ原則、誰も助けちゃくれないってことさ。

 卵から生まれたばかりの、ちっこい海亀みてーにな。

                ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき—


■十歳で独立

 魚々島じゃ十歳、島に来て四年目が一区切りなんだ。

 十歳からは若者として扱われる。頭領の船を出なきゃならないから、仲のいい大人の船に移ったり、若者同士で船を借りたりすんだ。もちろん、もう誰も食わせちゃくれない。釣りでもなんでも、自分で食ってくしかないんだ。

            ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき— 其の二


■魚々島の候補選抜

 《神風》の候補者は、希望者から頭領が選ぶんだ。普通は希望者同士の試合で決めるんだが、《神風》で死んだ兄貴を調べるために、頭領が融通を利かせたって話かもしれねえ。

 《神風》候補に上がるのは、主に才能ある若手だ。他流との経験を積ませるって理由で、別に最強が選ばれるわけじゃない。航は正真正銘の《魚々島最強》だったが、航と組んでたほとりも、たいした腕じゃなかったからな。

 魚々島と畔は、二つある《神風》の座を融通し合う決まりだから、畔の方が強けりゃ候補が洋でも問題ないってわけだ。

            ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき— 其の二


■何を知られようと勝つのが魚々島

魚々島の常套句。洋もしばしば口にする。


 何を知られようと勝つのが魚々島だ。情報戦で負けるなら、その程度の腕ってことなんだよ。洋の野郎はそれ以前の話だろうがな。

            ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき— 其の二


🔳経歴

■陸亀である

「《陸亀》には、もう一つの意味がある。

 泳げない者……平たく言や、カナヅチって意味がな」

 一同が瞠目する。候補者は勿論、蓮葉や忍野までも。

「貴様が言い及ぶとは思わなかったが、その通り。

 他ならぬ《陸亀》の証言を得た──おまえが泳げない《オカガメ》だと」

                     ──【前幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京


 陸亀って呼ばれるやつには、二種類いてな。

 一つは、オレみたく魚々島を降りて、陸で暮らすことを選んだやつさ。魚々島の生活は過酷だからな。死ぬやつと同じくらい、逃げ出すやつがいる。

 で、もう一つは泳げないやつ。いわゆるカナヅチだ。

                ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき—


■最強の兄と最弱の弟

 ああ、よく覚えてんぜ。こうの弟だろ。

 《魚々島最強》の兄貴に対して、《最弱》の弟だって笑われてたっけ。

 陸亀オカガメなんだから、まあ当然だけどよ。

                ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき—


■兄に育てられる

 洋の親父もそんな一人だった。魚々島でも指折りの凄腕だが、子供にはまるで興味なし。航も洋も引き取らなかった。

 結局、洋は頭領の船で暮らすことになった。余ったガキを育てるのは頭領の役目だからな。航もあの頃はまだ、自分の船を持ってなかったし。

                ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき—


■陸亀になった経緯

 洋が溺れたのは、頭領に引き取られてすぐだった。

 ガキに泳ぎを教えるのは頭領の役目なんだが、そこは魚々島、教え方も雑でよ。《紐貝ヒモガイ》つう貝に仕込んだ細い綱でガキと船を繋いで、後は勝手に泳いで覚えろって感じだ。

 何かの拍子に、その綱がほどけたんだろうよ。

 頭領が目を離した隙に、洋は水平線の彼方まで流されちまった。

 目印一つない大海原に、ガキ一人だぜ?

 普通ならそこで終わる話なんだが、航だけはあきらめなかった。

 海流を読んで、血眼で泳ぎまくって、弟を救助したんだ。

 あれはタマげたね。当時十三かそこらだぜ? 《魚々島最強》は伊達じゃねえ。

 ただ、見つかった時には、洋は完全に溺れてた。

 命こそ助かったが、陸亀──つまり泳げなくなった。海に入ると体が固まって、そのまま沈んじまうらしい。トラウマってやつだな。

 頭領や航がいろいろ試したが、症状は深刻になるばかりだった。 

                ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき—


■海に残った陸亀

 泳げないやつが魚々島にいても死ぬだけだ。

 だから陸亀は島を降りる。陸亀が陸亀になるのは当たり前で、だから他の呼び名が存在しない。

 だが、洋はそうしなかった。

 陸亀のくせに、陸亀になるのを拒んだのさ。


 洋がなぜ、島を降りなかったかって?

 そんなこたぁ知らねえよ。

 けど想像するに、兄貴が、航がいたからだろうな。

 さっきも言ったが、航は弟を溺愛してた。その兄貴と離れ離れになるのが嫌だったんじゃないか。もしかしたら、航のやつが引き留めたのかもしれねえ。

 理由はともかく、別に掟で島を追い出されるとかじゃねえ。

 降りるも自由、残るも自由なのが魚々島だ。阿呆あほうが死ぬのも自由ってな。

                ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき—


■兄に食わせてもらう

 陸亀の洋が魚々島で生き延びたのは、全部、航のおかげだ。

 ガキの間は魚が捕れなくても大人が恵んでくれる。だからメシの心配はない。

 だが、誰に恵むかは自由だ。

 洋は大人に嫌われてた。まあ魚々島の価値観からすりゃ、泳げないやつなんてクソほどの価値もねえからな。どうせ死ぬやつに飯を恵む馬鹿はいない。

 洋は実質、航一人に食わせてもらってたようなもんだ。

                ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき—


■いじめと屈折

 大人のそういう態度は、ガキの間にも伝染する。

 ライオンとかと同じで、魚々島のガキはしょっちゅう喧嘩する。ジャレ合いみたいなもんだが、そうやって闘いを覚えるんだ。ルールは簡単で、最後に海に落とされた方が負けだ。魚々島じゃシャレみたいなもんだが、洋にはシャレにならない。

 それがわかってて、ガキは洋を狙った。大人は笑って見過ごした。

 航はキレたね。あいつがキレたのは、後にも先にもあの時だけだ。

 ガキどもを集めて恫喝してたよ。「弟をいじめた奴は殺す」って。大人げないっつーか、どんだけブラコンなんだよって話だよな。

 《魚々島最強》に凄まれて、ガキのイジメはなくなったが、洋の相手をするやつも誰もいなくなった。

 そのせいで、洋の性格はイッカクの角みてーに捻じれてった。

 誰にも相手にされねーから、洋は船室に籠るようになった。魚々島史上初の引きこもりだ。運動しねーからぶくぶく肥えて、肌も真っ白。「航は豚を飼ってる」って陰口叩かれてたっけ

                ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき—


■十歳でカカシに引き取られる

 当然、洋は航の船に行くもんだと思われてたが、何でか洋を引き取ったのは、カカシの爺さんだった。

            ──【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき— 其の二


■師匠はカカシ

「オレの師匠は隻脚カカシだぜ。

 片足で戦う方法くらい教わってる。下がってな、忍野」

「おまえに泳ぎ一つ教えられなかった、無能な師か」

「いや、まったくだぜ」

 烏京の横やりに、洋は白い歯をこぼす。

「あのジジイ、オレが泳げねえと見切るや、海を脅しの道具にしやがった。

 『魚々島は海で命を賭ける。おまえも船で命を賭けろ』つってよ。

 トラウマ抉られまくりで、もう一生泳げる気がしねえ」


「魚々島を出る時、その師匠が言ったんだよ。

 『おまえはおか一番の魚々島になれ』ってな──」

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の六

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