🔳┳術技・忍野

■渦流の運足


 洋の挑発を受け、おもむろに忍野が動いた。

 洋を中心に円を描く動き。構えを維持し、大刀の剣先を洋に向けたまま、秒針のように周り続ける。洋も向きを変え対峙の形を続けるも、両者の間合いはみるみる縮んでいく。円はいつしか螺旋に移っていたのだ。

                    ──【序幕】選抜、魚々島 洋 其の三

        

■砦の構え


 対する忍野の構えは、まるで砦のようだった。

 左手左足前の半身構え。左の小刀は顔の前ではすに止め、右の大刀は右腰に添えた握り手から、切っ先はやや上げて洋の胸を狙う角度にある。

 小刀で上を、大刀で下を護る意図は瞭然だが、長く威力のある大刀を前に出さず、弓につがえた矢のように引き絞っているのが特徴的だ。

 この構えから繰り出せる大刀の攻撃は突きしかない。一方で迎撃前提なら、懐は深いほどよい。敵の攻撃を引きつけた上で対応できるからだ。小刀を前衛、大刀を後衛とする二段構えに例えればわかりやすい。要は堅牢な防御の型である。

                    ──【序幕】選抜、魚々島 洋 其の三


やぐらの構え


 納刀──しかし鯉口は切ったままだ。片手こそ添えぬものの、忍野の構えは明らかに居合術のそれだった。左の小刀は依然、顔前を守る配置。大刀を納めた分、防御は《砦の構え》に比べ劣るが、技の起こりを消すことに長ける居合を取り入れたことで、攻撃が読みづらくなった。

 さしずめ《やぐらの構え》というところか。少なくとも洋の知る構えではない。

                    ──【序幕】選抜、魚々島 洋 其の八


■秘剣 《かわほり》


 ──秘剣 《かわほり》。

 かわほりとは蝙蝠こうもりの古名である。宙空の小刀の急激な変化を蝙蝠に見立てての命名だろう。

 左の小刀を敵に投じ、ほぼ同時に大刀で横薙ぎに払う。これだけでも十分に必殺だが、真の狙いは大刀を避けられた後。横薙ぎの軌道は投じた小刀に交わり、これを叩き落すことで下腹部、または脚への奇襲へと繋ぐ。

                    ──【序幕】選抜、魚々島 洋 其の九


🔳異能

■《白銀さま》

体内に宿す蟲による不死身体質。


 袴から覗いた左足の断面から、無数の糸が垂れていた。蜘蛛糸のように極細で、地面に届くほど長い。

 動いていた。波打ち、煌めきながら、断面に吸い込まれていく。束になった糸が、何かを引き摺ってくる。 

 それは、切断された忍野の足首だった。

 絶句する洋を尻目に、糸に引き上げられた足首は断面同士をあてがわれる。湧き出た細糸でかがられ、傷口は消え失せた。足袋の指が動く。神経までも繋がったらしい。もはや足袋の血痕程度しか、切断の物証は残されていない。

                    ──【序幕】選抜、魚々島 洋 其の五



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