3バカ男子の野望

 花麒麟花君専門高等学校には、タヅナの他に29名の男子候補生が入学していた。

 その中でも特にタヅナの印象に残っていたのは、苧環おだまきリネン、風信子ひやしんすモメン、水仙すいせんキイトの3人だ。


「うっひょー! この学校、ホントに女子しかいねぇよー!」

「いーい匂いするぇ! クンカクンカ!」

「フハハッ! 女子がいる! 群れておるぞぉ!」


 入学オリエンテーションを終えたあと、タヅナとジュンが候補生食堂でお昼ご飯を食べていたところ、なにやら興奮した様子の彼らの姿が目に留まった。

 3人ともタヅナと同じくらいの背丈の160センチ前後で、1人は中肉、1人は生涯で一度も筋トレをしたことのなさそうな痩せ型、1人は反対に筋肉モリモリと、体型は三者三様だ。


 顔はそれぞれ特徴がありつつも顔面偏差値は同じくらいで、『自分の顔をイケメンだと言ったら「身の程を知れ」と返されも、とはいえブサメンだと嘆いたら「あんまり卑屈になるなよ」と返されそう』なレベル。いわゆる中の下フェイス。


 ちなみにジュンは、彼らのことを初めて目にした時から〈3バカ男子〉と名付けていたらしい。


「かわい子ちゃんたち、一緒にご飯食べよーよ!」

「あっ、あのっ、あのさっ! ごっ、ご飯んんんっ!」

「我らと共に昼の宴を開こうぞ」


 彼ら3人は、食堂のテーブル席に座っている女子候補生たちに声をかけていたのだが、それぞれ下品な笑みを浮かべたり、緊張していたり、自意識過剰だったため、女子に声をかける度に無視、拒絶または侮蔑、もしくは憤怒の顔で追い返されていた。

 タヅナはジュンと食堂で日替わり定食を食べながら、彼ら3人の奮闘を眺めていたのだが、10分ほど経った頃だろうか、誰にも相手にされなかった彼らは頭をうなだれ、肩を落としながら、食堂をトボトボと退場していく姿を見送ることになった。


 次に2人が3バカ男子を目にしたのは、同じく入学初日、寄宿舎の男子居住エリアの一角に設けられた憩いの場――自動販売機前の狭苦しいスペースに雑然と置かれた4人用の四角いテーブル席――で座っていたときのことだ。


「へぇ~。ポイントを使えば、好きな人と同じ部屋に入れるんだぁ。じゃあ、タヅナと毎日一緒に暮らせるね!」

「でも、毎日ポイント使っちゃったら、すぐにお金無くなっちゃうんじゃない?」

「うーん、でも家事すればポイント貰えるみたいだし――って、誰かこっち見てるっ!」


 自動販売機の陰から3つの顔が縦に並んでおり、彼らはそれぞれ、疑念と、嫉妬と、不遜に満ちた表情を浮かべていた。


「あのぉ……つかぬことお伺いしますが、こちらのエリアは男子寮のはずなんですけど……」

「でも、こっちのやつは男子の制服着てる」

「あっ、僕は男子なんだけど、ジュンは――」

「なぁに? 君たち」


 物陰から出てきた3人の中の1人、リーダー格のような男子がタヅナとジュンのところまで近付いてきて、タヅナの肩に手をやった。


「お前、初日から女の子口説き落とすとかやるじゃん!」

「おやおや、おかしいなぁ。[候補生十戒]の最後には、なんて書いてあったかなぁ、キイト?」

「[花君候補生による異性間交遊は、学内外を問わず禁止する。]!」


「あのぉ……ってゆうか、純は――」

「はじめましてー、タヅナのお姉ちゃんしてるジュンでーす」


 右手で顎の下に裏ピースをしながら、ジュンはいつもの営業スマイルを振る舞っていた。


「あっ、お姉様でしたか」

「この人、どっかで――」

「ここは男子専用区域なんだがな」

「うーん。でもアタシは大丈夫かも。だってさっきもIDカード通ったし」


「なんで? 男子のカードじゃないと入れないはずだよね、ここ」

「あっ、うん。体は男子だから、アタシ」


「はぁ?」「はぁ?」「はぁ?」


「あっ、だからアタシ、男の体で生まれちゃったけど、心は女なの。MtFのトランスジェンダー」


「ええ~~~!?」

「どうりで見たことあると――」

「むむむ……」


「ってゆうか、アンタら誰よ?」

 ジュンの問いかけに待ってましたとばかりに3バカは横一列に並んだ。左から――


「俺は苧環おだまきリネン! 好きな女性のタイプはお金持ち!」

「オレ、風信子ひやしんすモメン。好きなタイプは美人」

「吾輩は水仙すいせんキイトだ。才能のある女にしか、興味が無い」


 という一連の自己紹介を冷ややかな目で見ていたジュンは、「結婚できなさそうな3人組だな」と思っていたのだと、あとでタヅナは聞いた。


「ところでタヅナ! この名鑑を見てくれ!」

「はい……」


 自己紹介してないのに自分の名前がバレていたのは、候補生証に記されていたカナ表記の名前を読まれたからだろう。


「男子候補生が狙う女性の天上人は、この本に2名記されている」

「うん」


「今のうちに誰と誰がライバルになるか、知っとこうぜ!」

「ハハハ! オレ様の姫君も載っているではないか!」

「『せーの』で狙っている人を差すぞ! せーのっ!」


 2本の指が[桔梗朝陽]を差し、2本の指が[桔梗月夜]を差している。

「俺とモメンが朝陽さんで、お前ら2人が月夜さんか……」

「これでライバルがわかったね」

「こんな虚弱男子が吾輩のライバルになろうとは、笑止千万ッ!!」


 髪型をツーブロックにキメていた水仙キイトは、筋肉質な腕を見せびらかすように腕組みをしつつ、それほど背の変わらないタヅナのことを見下げるようにして微笑んだ。

 ところが――


「ああぁん? 自分のことイケメンだと勘違いしてる、自意識過剰な、筋肉バカに、タヅナが負けるわけないじゃん」

「そん……えっ? 吾輩、そういう風に見られてるの?」


 ジュンのカウンターアタックに心臓をブチ抜かれたキイトは、塩漬けにされた大根のように萎んでしまった。

 そんなキイトの肩を持って励ましたのが、野心家の顔を見せるリネンだ。


「いいか、キイト。この学校には、たくさんのライバルがいる。きっと、1人じゃ難局を切り抜けられない時が来るだろう! だからこそ、俺たちは協力しあうんだ! このメンバーで最後まで生き残って、天上人との婚約を勝ち取り、卒業するぞっ!!」


『おうっ!!』

 3人が手を合わせる輪に、なんとなくタヅナも巻き込まれてしまった。

 でもタヅナは心の内で、密かに落ち込んでいた。たとえ卒業まで生き残ることが出来たとして、この4人全員が、天上人と婚約できるわけではないのだと。


「なぁなぁ、ところでさぁ、学校内でめちゃくちゃ美人な金髪女を盗撮したんだわ。見てこれ」

 その花フォンで撮られた写真を見たタヅナは、先ほど乗った車の女性――ヒイロの横にいた秘書のような人――だとすぐに気が付いた。


「おぉ……たしかに。っていうか、玉の輿狙っているだけあって美人が多いよなぁ、この学校」

「牡丹ミヤビという才女には、心打たれんばかりよ」

「俺は天童アゲハちゃんかなぁ……。まさか、推してたアイドルが入学してくるとは思わなかったぜ」


「はぁっ!? 天童アゲハ??」


 リネンの挙げた名前に驚いて声を張り上げたジュンに、タヅナはピクンッと反応してしまった。この学校に入ることは知っていたけど、ジュンにはそのことを話してなかった。


「なに? ジュンちゃんの知り合い?」

「いや……」


「ってゆうかリネン、金持ちならもっといいのいるじゃん。あの、入学式ジャックした校長の娘とか」


「花麒麟ヒイロォ? ないない! アレだけはないでしょ。性格はアレだけど、美人なんだしモメンが狙えば?」


「いや、アレは断固拒否。でも学歴はバーハード大学卒だし、オリンピックでもなんかの競技で金メダル獲ってて才能はあるし、キイト好みだろ?」


「さすがにアレは、吾輩の手に余る」


 どうやら、全会一致で『花麒麟ヒイロだけは恋愛・結婚対象外』という結論が出されたようだ。

 たしかに、性格キツそうだもんね……。

 入学式の前にヒイロと会ったことを話そうかと迷っていたタヅナも、空気を読んで愛想笑いするしかなかった。

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