第19話 盆と正月
やあ君か。新年明けましておめでとう。先日の研究所スタッフをあげてのクリスマスパーティー、とても楽しかったね。普段は途切れ途切れな喋り方の聖流君も、ここでは流暢な喋り方になるぐらいにね。それで、クリスマスが終わればあっという間にお正月さ。2021年もよろしく頼むよ。
蒼穹達は年末どうしてたかって?美山家は毎年、年末年始は実家で過ごすんだ。今年はそこにキニップも加わってとても賑やかな冬休みになったんだ。
今日は蒼穹達の年末年始の様子を話すよ。翡翠も久しぶりに両親に会えたんだよ。
* * * * * * *
2020年12月26日。
冬休みの季節でも、蒼穹とキニップはいつも通りの様子であった。遊び疲れて休憩中に、蒼穹はキニップに年末の予定の事を話していた。
「僕達、毎年この頃になると、おじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まりに行ってるんだ」
「それじゃあ、ソウくんとはしばらく会えないの?そんなのイヤだよ!」
「うん、僕もキニィちゃんがいないと調子出ないよ。それなら、お母さんにキニィちゃんも来て良いかどうか相談するから、この事をモアさんとガンツさんにも言って」
「分かったよ」
その後、キニップはガンツに蒼穹達と一緒に行きたい事を相談した。しかし、ガンツの返事は……
「俺達だって一緒に行きたいが、お正月は都会でサンドイッチ売る仕事が入ったから残念だが一緒には行けナイ」
「そんなぁ……」
「でも蒼穹君がいるならキニップだけを翡翠さんの所に預ける感じでもいいかしラ?」
「それならいいの?ソウくんと一緒は嬉しいけどおとーさんおかーさんはいないなんて」
するとガンツはこう提案した。
「翡翠さんの実家にはリモートで連絡取れると思うからそれでもいいカ?」
「リモートって何?」
「離れた相手とテレビ電話でやり取りする事だヨ。仕事が落ち着いたら画面越しに翡翠の実家に挨拶するカ」
「それなら会えるよね!嬉しい!」
次の日、キニップは蒼穹にこの事を伝えると、蒼穹も嬉しそうにしていた。翡翠はガンツに実家がリモート対応している事を伝え、キニップの事を責任持って守るとも言った。
12月30日。
大晦日の前日。翡翠と翔多と蒼穹は、翡翠の実家に向けて出発の準備をした。必要最低限の荷物を持ち、車に乗る前に蒼穹はキニップの家に迎えに行った。
「やっぱり、一緒に行きたいよね」
「うん!ソウくんと一緒ならどこへでも!」
いつものように、手を繋ぐ蒼穹とキニップ。キニップは出発前に両親に挨拶した。
「おとーさん、おかーさん、行ってきます!」
「楽しんでいってくれヨ」
「蒼穹君の家族に迷惑かけちゃダメヨ」
車には翡翠と翔多が待っていた。蒼穹とキニップも翡翠の車に乗り込み、四人で翡翠の実家に向けて出発した。車を走らせて数時間後、翡翠の実家に着いた。みんなは玄関で待っていた慎吾と郁恵に挨拶した。
「こんにちは、おじいちゃん、おばあちゃん」
「ただいま帰って来ました」
「不肖の夫がまた来ちゃいました」
「あなたがおじーちゃんとおばーちゃん?」
家族に紛れ、突然現れたキニップに慎吾と郁恵も驚きを隠せない。
「一体誰なんだこの子は!」
「まさか蒼穹に妹が出来てたというの!?」
翡翠はすぐさま弁明した。
「この子はキニップといって蒼穹のお友達で、両親が忙しいからしばらく預かる事にしたの」
「そ、そうだったのか」
「それなら良かった」
祖父母は安心し、皆を家に入れてあげた。一応、もう一人来るとは聞いていたけど、実際に会うとまさかと思ったみたいだった。蒼穹は2歳までこの家で過ごしていて、仔山村に引っ越した後も年に一度は訪れるので、キニップにこの家の案内をしてあげた。
「……そしてここが僕達の寝る場所。実はここで僕はお母さんから生まれて来た」
「ええっ!そうなの!」
美山家の寝室は、翡翠が蒼穹を産んだ部屋。翡翠はここに来ると、蒼穹を産んだ日の事を、まるで昨日のように思い出すのである。
「私が翔多との間に身籠った生命と出会った場所。いつ来てもあの日の感覚が身体の底から蘇ってきそう」
「あの日は本当に、良く頑張ったな」
「下半身をグチャグチャにされたような痛み。でも新しい生命が産まれるとはこういう事だと痛みが教えてくれたの」
「改めて、俺と翡翠の魂を受け継ぐ蒼穹を産んでくれて、ありがとうだ」
夕飯の時間には、沢山のホットケーキが食卓に並べられていた。
「「「いただきまーす!!!」」」
ホットケーキを美味しく食べる翡翠達。キニップはすごい勢いで食べていた。
「すごいすごい!おばーちゃんのホットケーキすっごく美味しい!もぐもぐもぐ……」
「おかわりはいっぱいあるから沢山召し上がれ」
「凄いなこの女の子。もう三人前完食した」
キニップの食べっぷりに驚く祖父母。キニップを見て、少女時代を思い出す翡翠。
「お母さんが焼いてくれるホットケーキが幼い私の毎日の心の支えだった。大人になって、作り方を教わった後も、やっぱりお母さんの作った味こそ世界一だって声を大きくして言える」
夕飯の後で郁恵が柚子湯を沸かしてくれた。まずは蒼穹と翔多が先に入った。
「柚子の香り、今年もいいね」
「この家の風呂は俺も世話になったよ」
二人が上がった後でキニップと翡翠が入った。
「お風呂にみかん浮かべてるんだ!」
「これは柚子よ。それにしても実家のお風呂はいつ入っても気持ちいいね」
みんな柚子湯でさっぱりして、この家で最初の夜を過ごした。
12月31日。大晦日。
テレビで年末特番を見ながらすき焼きを食べる翡翠達。
「これ美味しいね!ソウくん!」
「お母さんが子供の頃からこの日はいつもすき焼きを食べているんだ」
「一年の締めくくりには良いでしょう」
「俺にはずっと無縁の料理だと思ってたよ」
「翔多の嬉しそうな表情、見てて気分いいな」
「慎吾ったら。辛い人生に同情するんだから」
美味しいすき焼きを食べている内に、やがて年が明ける時間がやって来る。
『3……2……1……新年明けましておめでとうございます!!!』
テレビから新年の挨拶が流れる。キニップにとって初めて聞く言葉だ。
「なになに?何を開けたの?」
「新しい年の扉が開いたんだよ」
「蒼穹、キニップ、明けましておめでとう」
「今年も俺達をよろしくな!っとそういえば翡翠、アレを出してくれるか?」
「翔多、具体的に何?」
「タブレットだよ!向こうとリモートってのをやるための!」
翡翠はタブレットを取り出して起動すると、キニップに画面を見せてあげた。そこにはガンツとモアがベリーニ号の中にいる様子が映っていた。
「キニップ!ハッピーニューイヤー!!!」
「蒼穹君と仲良くやってル?」
「おとーさん!おかーさん!」
「この通り、僕達はみんな元気だよ」
画面越しに会話する蒼穹とキニップを翡翠は優しく見守っている。
「こういう事が出来るから、技術の進歩は素晴らしいものね。これからの時代を二人はどうやって生きるのかしらね」
こうして、彼らの新しい一年……2021年が始まったのであった。
* * * * * * *
嬉しい事の例えとして、『盆と正月が一緒に来た』という言葉がある。今年の始まりはまさにそんな感じだったよ。
そんなわけで、蒼穹とキニップは翡翠の実家で楽しく過ごして最高の冬休みを堪能したんだよ。君はこの年に何を願うかな。
私はもちろん、眼光症のさらなる研究と普通の人と眼光症の人が手を共に手を繋いで暮らせる世界を実現するための活動をこれから先もコンスタントに続ける事だよ。
さあ、年始という事でこの研究所はやる事が山積みだ。君にも手伝ってもらうからしっかりと仕事しておくれよ。
それでは、新年早々レッツワーキング。
第20話へ続く。
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