あおぞらきのみ
早苗月 令舞
第1期:緑の瞳の翡翠
第1話 みどりの瞳が見るもの
「
30年ほど前から、数億人に一人の割合で眼球が光り輝く人間が生まれる事がある。出生の時点で、既にその瞳には色を伴う光を帯びている。
原因は一切不明で、通常の眼球にするための有効な治療法は、現在も見つかっていない。
しかし、通常の人間には無い特徴として、暗い所でも昼間のように辺りを見る事が出来る。高い身体能力と高い知能を持つ。糖分を多く含む食べ物を好んで食べるが不思議と太らない。などの特徴が見受けられる。
日常生活を過ごす上で一切問題は無いのだが、周りから好奇の目で見られるので、隠して暮らす患者もいる。
これが、現在私が研究している事である。何故なら、私の友人はこの症状を持って生まれてきたからだ。
眼球発光症を持つ人間が、明るく暮らせる未来のために、世界中の人々にこの症状の事を知って欲しいと思って、私は人間の特異体質の研究者になったのだ。
今日ここで君に会えたのも何かの縁だ。だから、眼球発光症を持って生まれた私の友人のお話をしよう。
私にとって唯一の。
最高の友達の話を。
早苗月 令舞 Presents
『あおぞらきのみ』
* * * * * * *
1986年5月27日。
分娩室の前で一人の男性がそわそわしている。その人の名は
「
ドアの向こうで我が子を産む妻の
「頭が出ました……!?」
「赤ちゃん、出ますよ!」
オギャア!オギャア!
産声が聞こえた。
「う、産まれたのか!!!やったあ!!!」
喜びを抑えきれない様子で声を上げる慎吾。すぐにドアから医師が出てきた。
「男ですか?女ですか?」
「元気な女の子です。ですが……」
「何だって!?」
慎吾はすぐさま分娩室に入り、産まれた我が子の姿を見に行った。
「これは……!!!」
慎吾の妻、郁恵の傍らには、確かに今産まれた赤ん坊がいる。しかし、その赤ん坊は、普通の赤ん坊とは何かが違っていた。それは……。
「目が……赤ちゃんの目が……緑色に光っている……!?」
目の前にいる娘の様子に動揺する慎吾。すぐに医師が産まれた時の事を語った。
「頭が出た時から、この子の目が緑色に光っていたのです。こんな事、長い間子供を取り上げて来ましたが、初めての事です」
「まさかこんな事が、僕達の子供に起こるだなんて……!」
驚愕と動揺を隠しきれない慎吾。それでも、郁恵は平静を保っていた。
「大丈夫。きっとこの子の瞳は、神様からの贈り物だと思うわ……」
「そうなのか……」
郁恵の様子に慎吾も少しずつ落ち着きを取り戻していった。出産で疲れ果てた郁恵の胸元には、緑色の光を両目に宿す娘がいる。
産まれてきた娘には、緑色の宝石のような瞳の輝きから「
* * * * * * *
1994年。美山翡翠、8歳の春。
「いってきまーす」
「気を付けてね、翡翠」
翡翠は大きめの眼鏡を掛けて、赤いランドセルを背負い、母に挨拶をして家を発った。
「今日も学校、楽しめるかな……」
翡翠は幼少期から、光る眼のせいで周りから気味悪がられ、よく仲間外れにされていた。唯一の理解者は、両親しかいなかった。
「この眼鏡のおかげで、少し誰かに近付けるようになったけど……」
小学校に入学してから、翡翠は眼鏡をかけるようになった。しかし、視力が悪いという訳ではなく、緑色の目を、少しでも隠そうとしてかけている。実は彼女の視力は、裸眼でも通常の人間より優れていた。まるで、アフリカのマサイ族に匹敵するほどである。
キーンコーンカーンコーン
今日も学校が始まった。
「はい、昨日のテストの点数が出ましたよ」
翡翠はテスト用紙を受け取ると、全問正解の100点満点となっていた。このクラスで100点は翡翠のみだった。
「み、皆さんも翡翠さんを見習って沢山勉強しましょうね」
先生も、翡翠の成績は認めているようだが、他の生徒はそれでも翡翠とは距離を置いていた。
体育の時間も、翡翠は他の生徒より優秀な所を見せていた。
「すごい、100m走でまた新記録。男子にも劣らぬ勢いだ」
勉強もスポーツも非の打ち所無しの翡翠だったが、それでもこの光る目のせいで、自分から人に近付く事を恐れていた。
キーンコーンカーンコーン
下校の時間になった。
翡翠はクラスメイト達と一緒になって帰路につくが、会話など一切交わさないまま、家に着くと、そのまま家の中に入って行った。
「ただいまー」
「お帰り翡翠。今日はどうだった?」
「テストで100点取れたけど、何だか嬉しくない」
「あら、いつも頑張っている翡翠は何点でも素敵よ」
母に今日の出来事を話す翡翠。うつむきながら話す娘を前向きに励ます母。
「さあ、手洗いうがいしたら、焼き立てのホットケーキ、食べていいわよ」
「ほんとう!?やったあ!!!」
翡翠はすぐさま流し台で手洗いうがいを済ませ、テーブルの上のホットケーキを美味しそうにほおばった。どんなに寂しい思いをしても、母の作るおやつの前には純真無垢な笑顔になるのが翡翠である。
「おやつを食べたら、宿題も早くやらなくっちゃ」
おやつを食べ終えてすぐにランドセルから宿題のプリントを取り出し、自室の机で宿題を始める。宿題をやらないと上手く寝付けない性分だ。
「大変な思いをするかもしれないけど、学校に通わせる事が出来て良かったわ」
普通の学校に入学させたのは、母の選択である。校長先生にも翡翠の症状を説明し、何とか入学を承認してもらえたのだ。もちろん先生や生徒にも話しているが、一部の人はどうしても怖がってしまうらしい。
「これから沢山の出来事を経験して、この子は将来どんな事をする大人になるのかしら」
勉強する娘の様子を見つめる郁恵は笑顔でつぶやいた。
「ただいま!」
「お父さんお帰り」
「夕飯はもう出来てるわよ」
夕方、父の慎吾が仕事から帰って来た。家族三人で夕飯を済ませると、翡翠は父にこう言った。
「お父さん、今日もアレやろうよ!」
「おっ、アレか。父さん今日は負けないぞ」
アレというのは、TVゲームである。翡翠の家での楽しみな時間である。
「それっ!やあっ!!!」
「うわあっ!やられた!……翡翠は今日も凄いなあ」
「えへへ」
翡翠は格闘アクションゲームには驚きの才能があり、父や母でも勝てないほどである。この時だけは、翡翠は楽しい感情を抱けるのであった。きっと、街のゲームセンターで対戦したら注目を集めるかもしれないが、この時はまだ不良の溜まり場のイメージが強く、さすがに一人で行かせるわけにはいかなかった。
そうしている内に夜は更け、寝る時間になった。
「お母さん、お休みなさい」
「お休み、良い夢見てね」
翡翠は自室のベッドに眠り、目を閉じた。
* * * * * * *
翡翠は、夢の中で広い草原の上にいた。草原の所々には、黄色い花が咲いていた。
「どこだろう、ここ……」
すると、翡翠の目の前から、子供達の声のようなものが聞こえた。
「あはは」
「うふふ」
翡翠は声のする方向に走って行った。そこにいるのは、二人の子供だった。
水色のTシャツを着た黒髪の男の子と、桃色のタンクトップを着た濃い茶髪で褐色肌の女の子。しかし、その二人は普通の子供達と何かが違っていた。
男の子の目は水色に光っていて、女の子の目は桃色に光っていたのだ。
「わああ……!」
夢の中とはいえ、自分と同じ境遇の子供達と出会った事に、翡翠は驚きを隠せないでいた。
「ねえ、一緒に遊ぼう!」
翡翠は二人に声をかけた。
「うん、いいよ!」
「お友達が沢山いると嬉しいよね!」
どうやら翡翠を受け入れてくれたようだ。翡翠は、目が光る二人の子供と鬼ごっこやボール遊びなどをして楽しいひとときを過ごした。
「わたし、とっても楽しい!」
「喜んでくれて良かったよ」
「さあ、ドンドン行くよー!!!」
男の子はちょっと遠慮がちな性格だけど、女の子は元気いっぱいでグイグイ引っ張って来る性格だ。
「僕達と遊んでくれてありがとう」
「また一緒に遊びたいな!」
ひととおり遊び終わると、二人は翡翠に感謝した。
それから、翡翠は、二人にこう言った。
「ええっと、あなた達のお名前は?」
* * * * * * *
ぱちっ
「夢……だったの?」
名前を聞こうとした所で、朝日が射して目を覚ました。水色の瞳の男の子と、桃色の瞳の女の子。いつかまた、どこかで会えるのだろうか。淡い期待を抱きながらも、翡翠はいつものように着替えて、朝食を食べて、ランドセルを背負う。
「いってきまーす」
「翡翠、気を付けていってらっしゃい」
翡翠は今日も学校へ行く。沢山勉強して、スポーツも頑張って、ぐっすり眠って。いつか夢で出会ったあの子達に、また会える日が来る事を願って。
「今日はきっと、いい事がありそう!」
* * * * * * *
翡翠は前を向いて、自分自身の人生を、これから出会う人達の手を掴んで切り開いていく。今日のお話はひとまずここまでとしよう。また、ここに来てくれるかな。君ならいつでも歓迎するよ。
第2話へ続く。
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