第15話 身内襲来あげいん

 領主の後見人化計画は無事、成功で幕を閉じた。

 性能試験のおかげもあってラギュースの反応も上々だったものでね。

 ついでに叔母上の結婚式も好調だったし、もう懐柔完了だと思っていいだろう。


 で、あれから一週間が過ぎ、私はまた普段通りの生活に戻っていた。


 魔導人形量産計画は順調で、翌日には次の五十体が完成する。

 まぁ私一人の手ではこのペースが限度だ。


 なのでゆくゆくは大量生産体制をしきたいと考えている。

 生産設備が必須なのでラギュースとも交渉しないとな。


 ただ苦労しそうなのは魔力増幅炉だろう。

 あれは錬成で造らねばならないのだが、高額な魔物素材を幾つも必要とする。

 錬成自体は俺でも出来るからいいが、素材は少し面倒だ。


 だからといっても叔母上はもうこき使えないので、自分でどうにかしなければ。


「ご主人殿、なにか入用があるようなら、この僕に頼んでくれワン」


 そう悩みつつ朝の水汲みから帰ってきたら、なんかいた。

 叔母上の犬飾りを受け継いだエルエイス君が。


 しかも居間の椅子に座って茶をすすっているんだが?


「ありがたいけど、なんでウチにいるのエルエイス君。しかも無駄にくつろいでない? あとなんで犬なの? 流行ってるの?」

「僕は物事、三つまでしか覚えられないから、できれば質問、一つに絞って欲しい。あ、ワン」


 コイツ……ッ!

 代わりのペッ――お供かと思ったが叔母上より面倒くさそう。

 知能が低いので素材集めを任せるにはとても不安だ。


「閣下に頼まれた。ご主人殿の手伝い、してこいと」

「このかっこいいお兄さん、ミルカちゃんのこいびとー?」

「ううん違うよマルルちゃん。この人はもうポンコツだから興味無いの」

「そっかー」


 ただマルルちゃんは結構喜んでいる。

 昔「おにいちゃんがほしいなー」って言ってたし、年上の男に憧れてるんだと思う。


 だがもし手を出してみろ、痕跡一つ残らず消してやるぞ……ッ!


 きっと今の意思が空気に乗って伝わったのだろうな。

 茶を飲んでいたエルエイスの手が途端に震え始めた。

 茶が「バチャバチャ」と跳ねこぼれ、鼻に入って「プゴプゴ」言い始めるほどに。


 よほどに植え付けられたトラウマが深かったらしい。

 しかし才能を閉じた奴になど私はもう容赦せんぞ。


 ――なんて盛り上がっていた時の事。

 突如ママ上が外から玄関に駆け込んで来る。


「あ、ミルカちゃんマルルちゃん、うちのひいおばあちゃまが来るって! 急いで家片付けてぇ!」

「えっ?」


 それでいきなりこんな事を言い始めたもので、ちょっと驚いてしまった。


 ママ上が慌てる所なんて見た事がないから、きっと相応に大事な方なのだろう。

 まだ面識すら無いが、曾祖母となるとかなりの御高齢だろうし。


 なのでまずエルエイスの口に絞った雑巾をねじ込む。

 さっそく貴様の出番だ、良かったな!


 あとはゴミを集めたり雑巾がけしたり床を掃いたり。

 普段からやっているのでそこまで苦労はしない事ばかりだ。

 でも魔物が溢れているこのご時世に来てくれるのだから、仕事は丁寧にやろう。


「皆~、ひいおばあちゃまきたわよぉ!」

「はっやッ!? もう!?」


 ――とかなんとか悩んでいる内にもうきたとか。

 まだ一〇分と経ってないのに!

 待って、肝心の私の部屋がまだ散らかったままなのぉ!


「はぇ~今日も随分とぉ綺麗にしとぉる~ねぇ」


 けど、入って来た人物を見た瞬間、私は唖然とするばかりだった。

 その人物はなんと、妖精族だったのだから。


 人の頭ほどしかない体に、緑色の色素の肌。

 少し丸みのある体付きに、葉を模した洋服の姿。

 そんな者が常に人の腰ほどに浮き、背中の薄羽根をぱたぱたと動かしている。

 

「はぁ~い、ひいおばあちゃまがぁ来たわぁよぉ~」

 

 意外な人物の登場に、私はただただ驚きのあまり立ち尽くしていた。

 マルルちゃんは嬉しそうに駆け寄っていたというのに。


 というのも私は、この人物を誰だか知っているのだ。


 まったく、運命の巡り合わせとはよく言ったもんだよ。

 まさか彼女が今の私の曾祖母だったとは……!


 彼女の名はユートピー=ウルナラティポ=ペェルスタチア。

 大妖精王国ペェルスタチアの現女王である。


 ペェルスタチアとはここからずっと西、遠く離れた島に存在する国。

 彼女達妖精族はその島を覆う大森林にてつつましやかに暮らしているのだ。


「遠路はるばるようこそぉ、ひいおばあちゃま」

「まぁまぁ、ポータルがあるでぇなぁひとっとび~やぁし」


 そんな彼女達は人間の才能をかるく凌駕するほど魔術に長けている。

 だからその子孫であるママ上や叔母上も魔術に秀でていたのだろう。


「ところでぇ、どの娘がひ孫かいのぉ~?」

「そこの背の高い子が私の可愛いミルカちゃんよぉ!」

「どうもお初お目にかかります、ひいおばあさま。ミルカと申します」

「ほぉ……これは礼儀正しぃ子やのう」

「それでこの子が共子のマルルちゃんよぉ」

「おぉめんこい子やから二人目ぇか思ったわぁ」


 つまり、だ。

 私の内にあるデュランドゥの魔力を感じ取る事も可能だという訳である。


 まったく、なんという巡り合わせだよ……!

 こういう逃げられないシチュエーションで出会う相手じゃないだろう!


 なので意図的に魔力を抑え込み、できる限り正体を隠そうと試みる。

 あとは自室の査察さえなければ平気なはず。


 私の部屋、今は明日納入予定の魔導人形だらけだから見つかったら終わる!


「ところぉで、旦那のダグサさんはぁどこ行ったかぃのぉ?」

「今は畑で農作業してると思うわぁ」

「ならわたくしがちぃと呼びに行くぅよぉ。村もぉ見て回りたいけぇなぁ」


 よしッ! しめたぞ、外出するらしい!

 なら今のうちに自室整頓だッ!


 ――けどそう決意した時だった。

 ふと、曾祖母の眼がこちらへ向けられていて。


 それに気付いた私はつい、頭を抱えてしまった。


「……な、なら私が案内するね」

「あらミルカちゃん、お願いできる~?」

「うん……」


 どうやら彼女は私をご指名らしい。

 チラリと覗かれただけだが、意図をしっかりと読み取れたよ。

 「少しお付き合い願います」ってな。


 まったく、やり過ごせていたと思っていたのにこの狸ババァめ。

 しっかり見るものを見ていたって事じゃないか、くそう……。


 それで私は仕方なく、願い通り曾祖母を連れて家を出た。


 このシルス村は農村なので家も人通りもほとんど無い。

 一家でそれなりに大きな農地を有しているからだ。


「ありがとぉねぇ、一人はぁやっぱり不安だでなぁ」

「ううん、どうせすぐ近くだし」


 おかげで今は私と曾祖母の二人っきり。

 パパ上もそれなりに遠くにいるはずだから、辿り着くまで何でも話せるだろう。


 そして曾祖母もその事をよぉく知っているようだ。


「ではぁ単刀直入に言うねぇ~……魔戦王デュランドゥ、なぜ貴方様がぁここにおられるのかしらぁ?」

「やはり気付いていたかユートピー」

「気付かないハズがないわぁねぇ、貴方様がおらんかったらぁペェルスタチアはもう無かったぁかもしれへんからのぉ、恩人の魔力質だけはぁ忘れないわぁ」


 なにせ彼女は私の事もよく知っているくらいに物知りだからな。

 もちろんミルカではなく、魔戦王デュランドゥだった頃のを。


 さて、この久しぶりの意外な再会が一体どう転ぶやら。

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