第11話 屈服の儀、開幕♪

 私の用意した書面オマケは思いのほか有効だった。

 まさか一発で領主をその気にさせてしまうとはな。

 最悪は身体を売っての懐柔も考えたが、余計なとりこし苦労だった。


 ならあとは彼お抱えの騎士団を手なずければいい。

 それだけで対等・かつ良好な関係が結べることだろう。

 叔母上のように変に服従させるよりもずっと良い関係だ。


 その理想形を得るためにも、これから行う〝屈服の儀〟を完璧に済まさねば。


「諸君、急な話にもかかわらず、よく集まってくれた。まずは礼を言う」


 幸い、領主が早々と儀式の場を作り上げてくれた。

 それほど私の持ち寄った計画に興味があったのだろう。


 そうして屋敷前に集まったのはいずれも屈強な兵士達。

 全身に傷痕を残す、荒くれ者とも言える風貌の者達だ。

 しかも皆、目つきが鋭く隙も無い。


 つまり一人一人が歴戦の戦士であるという事か。


「礼には及びませんぜ」

「閣下のためなら俺達は何でもしまさぁ!」

「「「おおーッ!!!」」」


 そしてこの高い士気。

 これはラギュースが主だからこそ成し得た事だろう。


 さすがだな、ヴァルグリンド・ナイツ。

 勇猛果敢で恐れ知らずの凶者集団などと巷で噂されるだけの事はある。


「それで、閣下。そのお嬢ちゃんは何者で?」

「まさか閣下の新しい――」「おいやめろ」「それ以上言えば死ぬぞ」


 で、そんな荒くれ者の中に美少女が一人。

 むさ苦しい筋肉の中に花咲くのは、ピンクのドレスにフリフリフリルが似合う私。


 ドレスはこの日のためにと、あらかじめ叔母上に特注させていたもの。

 前世ではピンク色など好かなかったのだが、今はなぜかとても気に入っている。

 ついつい鏡の前で可愛いポーズをとってしまうくらいに。


 なお、お気に入りはニャンニャンポーズだ。


「この方は先日息子と結婚したイーリス嬢の姪、ミルカ嬢だ。此度こたびは婚前作業で忙しい叔母に代わり、とある計画について説明していただく事となった」

「どうもお初お目にかかります皆様、ミルカ=アイヴィーと申します。イーリス叔母様の代理として皆様へお伝えしたい事がありまして参上いたしました」


 しかし今だけは理性を保たせ、淑女としてのたしなみを見せる。

 貴族の女とは何度も面識があるからな、仕草を真似するのもたやすい。


「まだ子どもだってぇのに随分と礼儀正しいなぁオイ」

「そりゃ閣下が連れた娘なら――」「おいやめろ」「それ以上言えば死ぬぞ」


 この荒くれ者集団を前には不要な建前だが……領主の手前、儀礼だけは通さねばならない。

 この者の顔を立てるのも私の役目なのだから。


「ではミルカ殿、よろしく頼む」

「わかりました。ではわたくし流で行かせていただきまして――単刀直入に言います。皆さんは今日をもってクビです」

「「「ッッッ!!!?」」」


 だが、それもここまでだ。


 悪いが私はピンク色を好いても、ぬるい事は好かない。

 やるなら徹底的に、かつ最高効率を目指させてもらう。


 領主も「任せる」と言った矢先、もう口出しはできないのだから。

 顔を歪ませていようが気にはせん、好きにやらせてもらうぞ。


「どういうことだァてめェ!」

「言葉の通りですわ。皆さんには〝周辺警備の任〟を降りていただく事となります。今どき人力で、複数人で歩き回るなど非効率にもほどがありますので」


 でもさすがに口が悪かったかな?

 私の言葉に、皆が揃っていきり立つ。

 当然の反応だ。いきなり現れた小娘にこうも言われては。


 しかしそれもすべて狙い通りだ。

 ならばもっと煽ってやるとしよう。


「なのにいまだ最強をうたっている。恥ずかしくありませんかぁ? 前時代的な事を繰り返していても魔物という脅威はいつまでたっても退けられませぇん」

「我等のやっている事を知らない癖に、小娘がッ!!」

「現に魔物を退けられているではないか!」

「あれれぇ~退けられているにしては、いつまでも被害が出続けていますけどぉ?」

「「「うぐッ!?」」」

「……それは『退けている』のではなく『押し戻している』というのですよ。魔物の軍勢は今なお力を強め、機会を伺っています。その力を奪わねばいつまでたっても同じことの繰り返しになるでしょうねぇ」


 実際、彼等の成果は出ていないも同然。

 今なお被害は各地で広がり続け、この屋敷のある町でさえ安全とは言えない。

 それをただ押し戻した所で、何百年も続く魔物との戦いは終わらんのだ。


 撃滅一択。

 押し返し、追い込み、轢き潰す。

 そこまでやりきらねば世界は一向に平和になどならん。


「ならばどうする? 人が戦わねば守れるものも守れんぞ?」

「そこで一つ提案があります。人が戦わなくとも守れる最高の手段が」

「「「なにッ!?」」」

「皆さんにはその手段を行使し、〝警備〟ではなく〝殲滅〟要員として働いていただきたいのですよ。今から用意する物を使ってもらってねぇ」


 そこで私は右腕をかかげ、大きく指を鳴らす。

 するとウェディングドレスを纏った叔母上が、砂煙を上げながらすさまじい速度で走って来た。


 それも大箱を載せた台車を押しながら。


「あらぁ~! 邪魔な荷物はここに置きましょうねぇ~ハイィッ!!」


 そして私の前に台車を置き捨てると、再びどこかへ走り去っていく。

 うむ、あきれるくらいに素晴らしい搬送演出だ。

 どうやら叔母上はアドリブが苦手らしい。


 褒美に後でお仕置きしてやろう。


「その手段というのがコレです」


 ……で、皆が唖然とする中で箱を開ける。

 もちろん、中に入っているのはあの魔導人形達である。


「人形……だと!?」

「おいおい、言うに事欠いて。お人形遊びでも始めるつもりかぁ?」

「「「ハハハハ!」」」

 

 茶番も相まって怒気が薄れてしまったが、まぁいい。


 そこで私は人形一体を手に取り、目前の兵の手元へと放り投げる。

 それを兵が反射的に受け取り、まじまじと眺め始めた訳だが。


「ほぉ、随分と精工に造られたもんだ。こいつぁ夜のお供にも充分かもしんねぇな」

「顔がもうちっとリアルになりゃ最高だな!」


 こうやって笑いを呼ぶのも当然な訳で。

 たちまち人形を掴んだ兵を中心にしてあざ笑う声が響き始めた。


 まぁ直後、その兵士が屋敷の外へと吹き飛ばされた訳だが。


 あまりにも一瞬の出来事で、誰しも何が起きたか理解出来なかったようだ。

 ただ血飛沫が舞い、屈強な身体が軽々と飛んで行くのを眺めるだけで。

 あとは無事に着地を果たした人形が私の手元へと戻って来る。


「なら是非とも夜のお供にしてくださいませ。今のように五体満足でいられる保証はありませんが」

「こ、コイツッ!?」

「一体何を――うっ、その人形、いつの間にッ!?」

「まさか今のは!?」


 そんな状況を前に、大体の者が察したらしい。

 さすがにそこまで阿呆アホゥという訳では無さそうだ。


 ならばと早速ネタばらしをば。


「ご察しの通り、今のはこの人形がやった事です。なおもう一つ付け加えますと、この子は貴方達よりも――ずっとお強いですよぉ?」


 加えて、ニヤりと不敵な笑みを浮かべ、あざ笑う。

 彼等が先ほどやっていた事を返すかのようにして。

 それも手元の人形に拳を素振りさせながら。


 その拳は兵士達が動揺するほどに速く重く。

 精錬された動きはもはや誰一人として見逃せないほどに鋭かった。

 まるで見る者の自信をも削ぎおとす業物太刀のごとく。


 さぁ思い知るがいい、上辺だけ身繕っただけの子羊どもめ。

 自分達がいかにぬるま湯へ浸っていたのかと、存分になぁ……!

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