第3話 ガサツなあいつは叔母上でした

 マルルちゃんがうちに来た日の翌日。

 俺――ではなく私は、なんて事のない平穏な朝をまた迎えた。


 ――はずだった。


「おぉーい、姉さんいるー?」


 穏やかだと思っていた朝に突如、こんな大声が外から響いて来たのだ。

 しかも荒々しく玄関戸をドンドンと叩くなど、もはや風情などガン無視である。


 これにはさすがの私もイラッときたので、負けじと扉をガッと開いてやった。

 それも節操の無い来客に据わった目を向けながら。


 来客は女のようだ。

 しかしどうにも記憶に無い顔なので恐らくは初対面、だと思う。


 ツンツンとした赤髪は性格と同じく荒々しいが、目元にはメガネが。

 腰下ほどまでの短い白コートを羽織い、内にはきれいなシャツを着こんでいる。

 だが胸元は寂しいな、私の方がずっと大きいぞ。フフン。


「やぁ姉さ――いや、違うか。あれ、アンタお手伝いさん?」

「いえ、この家の家族ですけど」

「えぇ~……姉さん、いつの間に養子なんて引き取ったのぉ……」


 言い草からしておそらくママ上の妹君――つまりは叔母なのだろう。

 だがあの方の姉妹とはとても思えないくらいにガサツそうで気に食わん。

 私は礼儀知らずな奴が男女にかかわらず大嫌いなのだ。


「あらあらイーリスちゃん、来てくれたのねぇ~」


 そうして立ち塞がって侵入を拒んでいた時、やっとママ上がやってきた。


 それで私の背後に立って肩を取り、笑いと共に「久しぶりねぇ~」と返していて。

 どうやら叔母上が来る事を彼女は知っていたらしい。


「姉さぁん、養子取ったなら一報くらいくれたっていいじゃない!」

「やぁねぇイーリスちゃん、三歳の共子はいるけど養子なんて取ってないわよぉ?」

「え……じゃあこの子は一体誰なの?」

「誰って、ミルカちゃんに決まっているじゃなぁい!」

「はぁぁぁぁぁぁ!!!??」


 で、こんな相変わらずのゆるゆる~っとした話が続いていたのだが、まもなく叔母上の大声がまた玄関に響き渡った。

 まったく、いちいちやかましい女だ。


 だがそんな大げさな反応のおかげでふと思い出す。

 これが「急速成長を果たしたミルカへの当たり前の反応」なのだと。

 この村の誰しもが自然に受け入れていたのですっかり忘れていたのだ。


「ちょっと待って!? ミルカちゃんって確か三歳くらいでしょ!?」

「そうよぉ、立派に育ったでしょう~?」

「いくらなんでも育ち過ぎよ!! もう姉さんと同じくらいの背丈じゃない!!! 胸なんてアタシより大きいんだけど!!?」

「イーリスちゃんは急ぎすぎなのよ~仕事ばっかりしているから頭にばっかり栄養が行っちゃうの、よくないわよぉ~?」

「そういう問題じゃ――えぇ~……?」


 そうだよね、普通はこうやって拒否反応起こすよね。

 私だってパパ上ママ上につい聞いちゃったことあるもの。

 「成長早いのになんで疑問に思わないの?」って。


 まぁそうしたら「きっとミルカちゃんは特別なのねぇ! すごいわぁ!」と一方的に返されただけなんだけども。


 というのもこの両親も村の住人も、みんな深い事を考えない性格タチなのだ。

 特にママ上は筋金入りの変人だから、いさぎよく受け入れた方がずっと楽。

 だから私も自然と順応していたという訳である。


「ねぇねぇ聞いて聞いて、ミルカちゃんはね、すごいのよぉ。生まれて翌日には喋っていたんだから! 『ママ』って言わせるのに相当苦労したけどねぇ」

「早くない!? あと順序間違ってるゥ!!」

「二日後には村中を歩いていたわぁ」

「類稀なる探求心ンンン!!!」

「半年後には各国の言語も話していたの」

「誰に教わったの!?」

「一年目にはもう魔術も使えるようになっていたのよぉ」

「だからそれ誰に教わったのよォォォ!?」

「二歳になったら隣町に日帰りのおつかいまでできるようになったんだからぁ」

「何そのヘルモードこどものおつかいィィィ!!?」


 そして今、そのママ上による怒涛の一方的おしゃべりが始まった。

 こう話し始めると止まらないのだ、この方は。


 叔母上も顔色がどんどん蒼白になっているからよぉく知っているのだろうな。

 うん、わかるよ今の気持ち。


「うふふ、この子は特別なのよ。成長も早いし賢いし可愛いし! イーリスちゃんに経済新聞を頼んだのも、この子が欲しがったからなのよ~」

「マジで!? 三歳児が経済新聞読むの!?」

「そうよ~天才なのよ~!」

「――もーいい、何だかもー考えるのも面倒だわ!」


 それでとうとう諦めたようで、私の頭をポンポンとはたいて踵を返す。

 振り向きざまに件の経済新聞を差し出しながら。


「あ、ありがとうございます」

「読み終わった古紙を持って来ただけだから気にしないで良いわよ。それなりに古いし、トバし記事フェイクニュースもあるから全部鵜呑みにしないように」

「はい、どうも……」

「姉さんも久々に顔を見られて嬉しかったわ。それじゃ」


 どうやら優しい所もあるようで、こんなアドバイスまでくれた。

 ガサツなだけかと思ったが、意外といい人じゃないか。


 となると表情を見せないのは照れ隠しか、それとも――


「あらもう行っちゃうの? ゆっくりしていけばいいのに」

「そうしたかったんだけどね、帰る途中で気になる事を見つけちゃって」

「国家公務員も大変ねぇ。お仕事がんばってねぇイーリスちゃん」


 しかしそう推測させる間も無く、叔母はそそくさと足早に退散してしまった。

 それほどまでに仕事とやらが忙しいのだろうか。

 一体何を見つけたのか、好奇心がくすぐられるな。


 それに、あの女自体にも少し興味がある。


 叔母上が最後に私へ視線を向けた時、見る目が少し変わっていた。

 あれは間違い無く、疑惑を抱いた者に向ける眼だ。

 ああいう視線は前世で幾度となく向けられたからな、よぉく知っているのだよ。




 ならば、確かめてみるか。

 あの女の真意と、見つけた物とやらの正体を……!




 そう決断した私は早速、「水を汲みに行く」とママ上に伝えて家を出て、叔母上の残した痕跡を辿って後を追いかけてみる。


 すると辿り着いたのは、村の郊外にある小さな林。

 今では大人でも滅多に寄り付かない、草の生い茂った荒地だった。


「どうしてこんな所に。あの女は一体何をするつもりなんだ?」


 この場所は空き地となって久しい場所だ。

 だから特別何かがある訳ではない、はずなのだが。 


 そんな疑問を抱きつつ、林へと足を踏み入れる。

 そうして木々に囲まれた場所へと訪れた、その時だった。


「やはり来たわね。追ってくると思っていたわ」


 突然、あの女の声が林の中に響いたのだ。

 しかも先にも無かった、低く唸るような声色で。


 そして木陰から姿を現す叔母、イーリス。


 ――詰まる所、私はどうやらまんまと誘い込まれたらしい。

 となると彼女が見つけたのはさしずめ、「ミルカという怪しい存在」って事かな。


 しかしまさか身内に怪しまれるとは。

 さて、どうやって対処したものか……!

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