壁に目あり耳あり、口もある!?

颯風 こゆき

第1話 魔法使いになる

(くそう・・・今日はどこだ・・・)

目をパチパチさせながら暗闇の中、目を凝らす。

(ここの住人はまだ帰宅していないのか・・・。あぁ・・マジで今日は何も起きないでくれ・・・)

体は動かないが、目は挙動不審気味にうろうろする。

俺は田中タナカ 元彌モトヤ。先日30歳の誕生日を迎え、もれなく魔法使いになったようだ。だが、しかし!この魔法はどうやら自分で選べないらしく、どの基準なのかランダムなのか誕生日の翌日にそれは現れた。

俺の魔法・・・それは・・・・他人の家の壁になる事だ。

いや、確かに、そんな事は叫んだ事はある。何故なら俺は腐男子で、ネットで知り合った腐女子仲間と常日頃、推しの壁になりたいと口にしていた。

だが、いざ、その希望が叶えられた今は人生詰んだとしか言いようがない。

今までわかった事といえば、夜、俺が寝た後に壁になる事。それも、壁先は選べない。いや、もしかしたら選べるのかも知れないが、俺はあくまでの腐男子であって、興味があるのは2次元の世界で、現実世界で行きたい場所などない。

引っ込み思案の性格もあってか、ネットでしか友達もおらず、会社と家を往復するだけの毎日だ。だから、行きたい壁先などあるわけない。

となると、もちろん行き先はランダムだ。

問題はただの壁でない事だ。聞こえるし、見えるし、喋れる。

その所為で、行く先々で叫ばれ、恐怖の目で見られ、何故かリビング限定の壁なので、ワンルームの部屋に行けば目の前でリアルAVが始まる。

まさに俺は壁に浮かび上がるお化けか、変態だ。

「はぁ・・今日はワンルームじゃ無いのが、せめてもの救いだな。どうせなら、2次元の推しのラブがみたい」

ため息にも似た声が出る。幸い今日はラックで顔半分は隠れている。このまま目を開かず、口を閉ざしていればバレないはず・・この事に気付いてから、大人しくする様になったが、つい薄目で住居人とドラマを見ては感動をして涙を流し、垂れる涙と鼻を啜る音に気づいた住人に叫ばれ、ならばと目を閉じたままでいたらリアルAVが始まり鼻血を出すと言う、まさに恐怖現象さながらな失態をした。

それからは、目を閉じ口を開かず、本体の自分が目が起きるまでじっとしている事にした。何もなければ、そのまま(壁のまま)寝れる。

そう思いながら、なかなか帰宅しない住人をハラハラしながら待っているとウトウトとし始めた。このまま寝れば、元に戻れるなと思っていた矢先、ガラガラっとラックを退ける音がした。

「君は誰だい?」

いきなり明るい光に晒され、声をかけれ、元彌は息が止まる。目の前にはすらっとした細身の男性が立っていた。

なんと返事をすればわからず、瞬きを繰り返す。

「君・・・生き霊か何か?」

「ち、違います!」

「ふーん・・・じゃあ、魔法使い?」

いきなり当てられ元彌は戸惑う。

「都市伝説を・・・俺の事がわかるんですか?」

「君の事は知らない。でも、幽霊じゃなければ、それしかないでしょ?僕も魔法使いだから」

「えっ!?」

突然の告白に叫び声をあげる。その声にうるさいと言わんばかりに、耳を抑える。

「す、すみません。俺以外で魔法使いになった人に初めて会ったので・・・。あ、あの、この魔法の事について教えてくれませんか?俺、二週間前になったばかりで、正直、このロクでもない魔法のせいで困ってるんです」

「僕もよく知らないよ。僕もなったのは3ヶ月前だからね。本当、この魔法ロクでもないね。迷惑だ・・・」

言葉の最後を眉をひそめ話す。その辛そうな表情に元彌は慌てて話をすり替える。

「どんな魔法か知りませんが、俺よりはマシだと思います!俺は、マジでお化けか変態域なので!」

元彌の言葉に男はキョトンとしていたが、少しすると声を出して笑い出した。

「確かにこれはお化けか、人の生活覗き見する変態だ」

お腹を抱えて笑う姿に、元彌も少し気持ちが軽くなって釣られて笑った。

その日は深夜まで2人で話し込んでしまった。もう寝ると彼が電気を消すのが少し寂しいくらい楽しい時間を過ごした。

明かりが消えてから、元彌もいつの間にか眠り込み、気がついたら自分の体に戻っていて朝になっていた。

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