六月

第11話 同じ匂いってなんだよ!

 部員同士で遊んでから何日か経過した。今はすっかり六月になり、丁度夏に入ったくらい。

 先月までのぽかぽかとしたその温かさもだんだんと変わり、少しずつ太陽が本気を出し始めていた。普段は、男子はワイシャツにネクタイ、女子はリボンを身に着ける事が義務付けられているこの高校も、夏にはそれらを付けずに半袖のワイシャツを着ても良いという、所謂クールビズ期間が存在する。


 運動部であるカイは、すでに半袖を取りいれて涼しそうな見た目をしている。胸元のボタンを一つ外して、喉仏が見え隠れするそのカッコよさが妙にムカつ……おしゃれだ。


 もちろん、カイみたいにすでに軽装で授業を受けている人は多数見かける。温度的には問題無いし、むしろネクタイをしなくていいから楽、という男子が多くいる印象だ。かく言う僕もその一人なのだが。


 「あ~……もう動きたくねぇよ……」


 机に顔を乗せてそんなことをカイがぼやいている昼休みの時間、彼は放課後の部活について事前ミーティングがあるということで、集まるよう言われていた。

 こんな楽な体制で自由な時間を過ごしているのに、その時間を奪われているのだ。気持ちは分かる。僕も文句の一つや二つは言いたくなるよ、うんうん。


 なんとかその体を動かして、カイは教室を後にする。

 というわけで、昼を食べ終えた僕は何もすることが無いので、とりあえず読書でもすることに。




 「……」


 こうして読書をしているのは久々な気がする。というのも、なんだかんだいつもはカイと話をしてるということもあり、本を読むほど暇すぎるってことはなかったのだ。


 「……」


 趣味は読書です、と言えるほど好きなわけではないが、今読んでいる本はなかなかに面白い。こういう空いた時間を使ってさっさと読んでしまいたいが……


 「……」


 あああああ! 集中できない! なんでさっきから見つめられているような感覚があるんだ!? 僕何か悪いことしたかな!? 注目浴びるようなことしてたかな!?


 僕はきょろきょろと辺りを見回して犯人を特定することに。


 すると、それはあっさり見つかった。確か……名前は河上 拓兎かわかみ たくと。僕の斜め右上の席にいる男で、目元が前髪で隠れて見えないが、口元はうっすらと弧を描いており、なんだか不気味さも感じてしまう。


 僕と目が合ったことに気が付いた彼は、シュタタタとこちらへ駆け足で寄ってきた。僕の机を介した真正面にしゃがみ始めると


 「おおおおモブ氏! いや、ここでは織部氏と呼ぶべきか……」


 「いきなりモブ呼ばわり!?」


 話したこともない人からいきなりモブと言われてしまうと、僕はどれだけ地味な存在なんだと少し傷ついてしまう。

 「失敬失敬」と彼は再び口を開き


 「よくぞ我氏の目線に気づいてくれました。かねてより織部氏には注目してたのですよ。始業式の日、教室でいきなり叫びだしたあの姿が面白く……ヒヒヒヒ!」


 う、うわああああ! 恥ずかしい覚えられ方されてるやつだこれ!


 「そ、その件は忘れていただけると……」


 「もちろん、それから織部氏に興味を持っただけですのでご心配なく。しかし、こうして読書を嗜む姿を拝見するのは我氏初めてで……いったいどんなジャンルを?」


 どうやら、僕が読んでいる本の中身が気になっていたらしい。別に恥ずかしいわけでもないので、適当にパラパラと本をめくってみせる。


 「『天界のオルレア』ってやつなんだけどね。天使の娘として生まれた少女のオルレアって子が主人公のファンタジー物で……」


 「ファンタジー!?」


 拓兎はそのジャンルを表す言葉に強く反応した。


 「ももももしかして、織部氏はその、ラノベ系はお好きだったり……?」


 どうしてそんな恐る恐る聞いているのかは分からないが、別に嫌いなわけではないので


 「たまに読んだりするかな。やっぱり読みやすいし、ストーリーも面白いやつ多いよね」


 僕のその返答に、拓兎は少し後ろにのけぞって驚く。目は良く見えないが、その様子ではきっと目も大きく開いているのだろう。


 「やっぱり……織部氏は……」


 何やらぶつぶつ呟いているようだが、僕にはあまり聞こえない。その独り言にどうしようかと困っていると、拓兎は机を両手で軽くバンと叩き


 「単刀直入に言います。織部氏、我等のになりませぬか!?」


 「な、仲間……?」


 「ええ。漫画・ゲーム・小説・その他諸々。世の中には私たちに理解しえない世界、物語が存在するのです。個人で得たその情報を仲間たちで共有し、新たに知見を得るのです。どう! 面白いと思いませぬか!?」


 「う……」


 うわぁ……と声を出しそうになったのを何とか我慢。


 しかし、僕はこの感じに何か既視感を覚えていた。独自の世界観を展開して、それに基づいた行動をしている……そう、なんだか紫月に似ているのだ。仲間だとか共有だとか言ってるけど僕にはさっぱりだよもう……


 「ラノベに精通している織部氏であれば、きっと我等が薦めるもきっと気に入ってくれるはず! さあ! さあ!」


 「精通してるなんて一言も言ってないんだけどな!?」


 ちょっと本を読んでいるところを見られていただけで、まさかこんなことになるなんて思わなかった。急な勧誘過ぎるので流石に断ろうかと思うが……さて、どうしたものか……


 「て、てか、なんで僕なの? 本読んでる子なんてほかにもたくさんいると思うけど……」


 とりあえず、気になっていたことをぶつけてみる。すると拓兎は、僕を誘ったのはさも当然かのように


 「なぜって……それは織部氏が我氏と同じ匂いがしたからに決まってるじゃないですか」


 同じ匂い、ねぇ……


 同じ……匂い……


 「いや同じ匂いってなんだよ!」

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