第2話 ようこそ「I Lo部へ」

 「助けて~!!!」


 僕の悲鳴が廊下中に響き渡る。こっちを見てくる生徒はいれど、その手を引っ張っているこの名も知らぬ三年生を見つめたかと思えば、何かを察したように目を背け始める。

 みんながそんな調子でいるもんだから、僕の悲鳴だけが空しく響いているのだ。


 一体この先輩は何者なんだ……?


 「さてさてさて、もうすぐ着くから楽しみにしているんだな……!!」


 なんかまた独り言言ってるし……!!



 さて、この学校は少々特殊な形をしている。

 全部で三階建てなのだが、その形状が漢字の「口」のように真ん中がぽっくりと空いた四角い形をしているのだ。


 ではその真ん中の空いた場所は中庭的な場所なのか? と聞かれたらそういうわけでもない。実は、そこに別棟が建てられているのだ。部活動の教室が主に用意されている棟なのだが……


 僕は今、その三階まで連れてかれている。目の前にはとある教室の扉がある。どういった部屋なのかを見ようにも札が貼られていない。すごく不安だ。


 「あの……ここってどこなんですか……?」


 「まあそう急かすな。入ったら分かるさ……」


 先輩はそう言って扉に手をかけて横へとスライドさせる。


 ガラガラガラという音とともに見えた景色には、ごく普通の教室となんら変わりない、椅子と机が用意された部屋。後ろの棚にはいろいろ置かれていたり、気になる部分はあるが、それ以上に気になったのは


 「……ん、ぁぁあ~……」


 扉を開ける音で目を覚ましたのか、自身の制服を掛け布団にして、机に突っ伏していた人が目を覚ました。うわ、髪の毛すごいぼさぼさ……


 「いつまでも寝てるんじゃないぞ英樹。今日は新入部員を連れてきたんだ!」


 「新入って……えぇっ!? 僕何も知りませんって!!」


 「ふゎぁー……ってことは、なるほど、お前さんも被害者か……」


 被害者だって。そんな不穏な単語がこのような教室の場で発せられていいものだろうか。


 満足げな彼女の顔と僕の顔とを交互に見て、何かを察したその男性は、はぁとため息をつくと、僕に同情するように


 「すまんな、少年。紫月はそういうところがあるから、あまり気にしないでやってくれ」


 「は、はぁ……」


 その諦め切ったようにも聞こえるため息交じりの声に、僕ははぁと返事を返すことしかできなかった。


 「さぁ英樹も起きたことだし、早速部活を始めるとしよう! 今日は歓迎会だ!」


 「ついていけないよ……」


 もはや反応することすら疲れてしまった。今日一日はもうあきらめて、頃合いを見て逃げることにしよう。うん、そうしよう。


 ということで、僕は男の先輩に促されるがまま席に着くことになった。黒板の前には我が物顔で仁王立ちしている先輩が。


 「……む! 連れてこられたのは良いものの、ここが何部か分かってない顔をしているな! よろしい、この私――部長、工藤 紫月くどう しづきが説明することにしよう!」


 紫月、そう名乗る先輩はチョークを手に取ると、黒板にでかでかと文字を記入する。


 「そう、ここは―――『I Lo部』だ!!」


 「あ、あいらぶ……?」


 「そんな片言な発音ではなく、I Lo部だ! I Lo部!」


 「I……Lo部……?」


 「それでいい。それじゃあ次に進むぞ! この部活の目的、ぞれはずばり! ――恋人を作り、愛し愛される存在になることだっ!!!」


 こ、恋人を作ること? 何を言ってるんだこの人は。


 「つい先ほど、この名も知らぬ彼の告白現場に遭遇してしまってね……それはそれは、思いは実ることなく儚く消え去ってしまっていたわけだが」


 「……織部です」


 ……余計なお世話だ。


 「そんな彼を私が見かねてっ! この部活に招待したわけだ!」


 余計なお世話だ!


 「まあそんな話は置いておいて、先程も言った通り、この部活の目的は愛し愛される存在になること。それ以上でもそれ以下でもない。行動しようにもどうすればいいか分からない、勇気が出ない……等々、恋愛を進めるうえで障害となるものをみんなで解決しようという部活なのだっ!」


 な、なるほど……


 仕方ないから一応ちゃんと話を聞いていたのだが、そこでひそひそと男の先輩が


 「……なんてさ、あいつ調子のいいこと言ってるけど、実際そんな活動したことないから安心しとけ。紫月だけだよ。恋愛恋愛~つって学校中動き回ってんのはさ。おじさんはそういうのついてけないって……」


 「こら英樹、その自身をおじさんって言うのはやめろと言っただろう。年相応の振る舞いをだな……」


 「はいはいっと……」


 先ほどから英樹と呼ばれている先輩は、彼女の話を鬱陶しそうにあしらうと、スマホを取り出してそれをいじり始める。もう話は聞く気が無いというアピールの代わりだろう。


 「全く……織部も覚えておけ、愛することと愛されることは表裏一体。普段から身のこなしに注意を払い、他者から魅力的に感じてもらうことがまず大事なんだ」


 「だったらその変人な言動をやめろっての……」


 「英樹っ!!」


 「なんでもないよ~っと……」


 「は、ははは……」


 

 さてと、軽く話を聞いてみた感じだが……


 すごく、帰りたいです……っ!!


 二人の会話を聞いているに、その関係はきっと同学年の友人とかそういったところなのだろう。その関係地ですら変人と呼んでいるのだから、傍から見たらもっとやばいのだろう。現に僕が今そう思ってるし。


 というわけで、そろそろおいとまさせてもらうことに……




 ガラガラガラ


 「おつかれさまで~っす! っと……あ~! 新しい人がいる~!!!」


 「ど、どうも……」


 これは、今日はまだ帰れそうにないかもしれない……


 

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