第15話

 サイは今すぐウネと校舎に戻り、ヨコとフラと合流しようかとも考えるが、もうちょっと小島独特の春風に当たることにする。

 まだウネがこの場所を指定した理由を達成していないんじゃないかと推し量ったせいもあるが、こうして1対1で対面するのが久々だから、どこか感情的に、名残惜しくもあったせいだ。


「そういえば」

「ん? なに?」

「ウネがここに来たのって……」

「ああそうだ。サイにヨコとメグの3人でいたときの話をしようかなって思ってたんだ」

「3人の? それ、言ってもいいやつなのかよ?」


 ウネとヨコとメグだけの、女の子3人だけの秘密なんじゃないかとサイは確認。

 対してウネは微妙に口角を上げて首肯する。それは他人を安心させる威力はあるけど、当人が喜んでいるわけじゃない微笑みだ。


「うん。もちろん隠すべきところはあるけど、喋られる範囲で……主にメグのことをね」

「メグの……」


 じめじめとしたしんみり風潮。

 ウネはサイがセリフを咀嚼し戸惑う前に切り出す。


「そんなに身構えることのない、どうってことのない本州での話だよ。その……私たちみんな、別々の進路を辿ったじゃない?」

「見事にバラバラになっちまったな」

「バラバラか、確かにね。それでヨコ、メグ、私の順番で、そっちの高校どんな感じ? みたいなことで、集まってたんだけど——」


 中学までの学友と久方振りに逢って、別々の道を進んだ環境を訊ね合う。それはどうってことのない、積もりに積もった話題の1つに過ぎない。

 本来ならウネが改まってサイに告げるようなことですらないだろう。もっと冗談めいた感じで境遇の違いを羨ましがったり、愚痴ったり、揶揄ってみたりするはずの、内輪話となるべきものだ。


「——ヨコと私は割愛するとして、メグは進学先で特に悩み事とかはないみたいだったよ。ただ高校のみんなが上品で物柔らかい口調や歩き方をしていて、びっくりしたとは言ってたかな?」

「へー……めっちゃ良いとこの高校なのは知ってるけど、生徒の人格まで形成するものなのかよ」

「さあ、そこは私も聴いただけだから分からない。でもそんな様子がストレスになっていたわけでもなくて、寧ろ新鮮で面白かったって言ってた。あとそもそも人数が多いってさ……これは私も共感出来たかも」

「うん、それは僕も一緒。いきなり同級生だけで100人越えなんて、入学した当初は目を疑ったわ」


 小島ではサイ、ウネ、ヨコ、フラ、メグの5人だけだった同級生。それが高校に進学した途端に、小島の人口と等しいレベルの同級生が校舎に集結するなんで状況は、なかなかのギャップがあっただろうなとサイは想像出来てしまう。田舎もとい過疎化少子化地域特有の価値観といえる。


「だよね、おかしいよね……まあそんなことは置いといて、メグは友達にも恵まれていたみたい」

「……そっか。メグって慣れるまでが遠慮がちで一歩引くところがあるから、独りになってないかの心配はあったんだが、余計な憂いだったかな」


 サイの発言はメグに限定したような印象を受けるが、入学時に彼自身を含め全員の憂慮をしていた。なんせ遥々本州に渡り、ろくに信頼関係を築いた相手もおらず、おまけに大勢の生徒や社会人に囲まれる……不安に思わないはずがない。


「……サイって、この小島に到着するのが遅れてたよね?」

「え? 今日のこと?」

「そう」

「ああ。寝坊しちまってな」

「やっぱり。実は他の4人は早朝の同じ船でね、そのときにメグが高校での写真を見せてくれたんだ。体育祭や文化祭に研修旅行とかの学校行事のものや、美術館やおしゃれなカフェにお正月の参拝風景……高校での友達と楽しそうに過ごしている様子が伝わってくる写真ばっかりだった——」


 そのメグの写真を、当然ながらサイは見ていない。けれどウネによる珍しく抑揚のある語り口から、本当に幸せな高校生活を謳歌していたんだなと所感する。それは純粋に良いことで、喜ばしいことだ。もしもサイ自身のことなら、人生が楽しくて仕方が無くなるんじゃないだろうかと思わざるを得ない。


「——だから私はサイに突っ掛かったんだよ」

「え——」

「——サイはメグが自分で刺したんじゃないかって、遠回しに疑ってたでしょ? でもあんなに高校の友達と幸せそうでさ、そんなことしないと思うんだよ……昔を知っている私からも、そんなことするような子じゃない。私は、絶対に違うって断言出来る。これだけはみんなに何と言われようとも、譲るつもりはない」

「……それを伝えるためにウネは僕をここに呼んだのか……まあ、真っ先に疑うことじゃなかったとは思うが……」


 最終的にウネが強調したかったのはきっと、メグ自らが割腹するわけがないということだ。

 サイはメグの自殺を仄めかした点についてはとっくに猛省している。みんなを不安にさせるし、まだメグの腹部に刃物が刺さっていた状況を受け入れるのすら覚束ないときには早計過ぎたと。けれど、メグの自殺の線を完全に拭うわけじゃない。

 サイとしては外的要因に矛先を向けて、ウネ、ヨコ、フラの犯行だった場合を恐れての発言だった。

 どちらでもあって欲しくないが、幼馴染による殺人未遂よりも、まだメグの自殺行為に片付けた方が、消去法で将来的なダメージが少なくて済むから。自己保身のようなものにも繋がり得るから。

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