第16話

 緩やかな浜風に湿気が帯びている。

 春先とは到底思えないシリアスな息吹。

 色で喩えるなら、少なくとも桃色じゃない。

 かといって何が適当かと問われると困る。

 音色や前髪は横風に晒され続ける。

 小川なんかはざらざらと滞っていそうだ。

 そんな童謡を、学校で唄ったことをふと思い出す。

 本当ならさらさらなんだけれど、この小島では突風やら、冬季の凍てつきが根強く残っていたやらで、わざと変えていた気がする。

 いや、ただみんなでふざけていたかっただけなのかも知れない。イメージ図の春には、みんなのユーモラスに溢れていた。


「高校生活が楽しそうだった、か。それは当然良いことだな。実際に見せて貰ったわけじゃないけど、僕らが卒業したときのアルバムのような表情だったのかな? なんにせよ、あのウネが太鼓判を押す写真なんだ、結構信憑性はある——」


 ちょっと所用が出来たというウネと別れ、サイは体育館前に戻っていた。館内に入って寛いでいても良かったけれど、逸る気持ちが身体を制止させてくれなくて、あてもなく彷徨く。ちなみにウネの所用というのは、サイ的には相場が決まっていて、大抵がお手洗いのことを指し示す。しばらくすればこの体育館に戻って来るだろうとサイは待つ。


「——でもとなると、フラと見つけたあの進路調査票の内容はなんだったんだ? 家族関係みたいで、すぐに解決出来るような問題じゃ無さそうなのに……」


 メグの進路先は、お嬢様高とも噂される私学の女子校だ。なのに進路調査票が配られたことから逆算して、おおよそ中学の2年生か3年生の段階で、金銭面において家族の足しになりたいがための就職を希望するというのは、なんだか矛盾する気がした。


 もちろんあとから家族間で解決した場合や、家族同士の連携ミスの場合だってあるだろう。そうなりかねない過去も、サイも一応は知らされている。


『元々メグの家庭は小島でも裕福な部類だった。本州の企業と島中の産業との仲介役を担う会社で、過疎化によるこの小島の著しい衰退を一時的とはいえ留めた実績があり、島民としては感謝しても仕切らないくらいの恩恵がある……島内最大で絶大な信頼を獲得していた企業だった。

 しかし時代の変遷に逆らうまでの力はなく、現在では拠点を本州に置き、島産業からは事実上の撤退状態だ。それが詳らかになったのがちょうど3年前。余談だがメグの進学をきっかけに、この小島にあった家も引っ越している』


「進路調査票に記したときに、経営そのものが傾いたと勘違いしていたかもしれない。それでメグ自身も出稼ぎに……って考えるのが自然か。これなら分からなくもない——」


 中学生の進路の大半は漠然としたものだろう。義務教育のタイムリミットが迫っていて、親や教師から促されるように、ここではない新らしい環境を要求される、強制にも似た選択肢。

 そこまで将来設計をせずに、近場で、金銭的にも大丈夫そうで、学力テストで通過出来そうなところを進学の場合は適当に選ぶだけ……少なくともサイの進路はそんな感じだった。


 小島出身で一般家庭と表現するにはやや語弊があるが、サイはいたって平凡な家庭の子どもだ。それでいてテストの点数に関しては常時芳しくない成績を残し続けていて、然程進学先候補も無くて、比較的すんなりと本命と滑り止めが決まったからこそ、メグの紆余曲折な記述と実際の進路先に微かな引っ掛かりを覚える。


「——でもそれにしたって進学先が妙だと思うんだよな。僕のところはあんまり影響を受けていないけれど、長年暮らしてきた小島から撤退してるのに、経営地盤が揺らいでいると察しが付きそうなものなのに、あのお嬢様高が真っ先に決定する高校になるとは、就職を選択肢に入れていたメグの性格的にも考えづらいんだよなー」


 メグの家庭は昔から裕福だ。

 だから安全性も考慮して、富裕層ばかりのお嬢様女子高を選んだ。

 もしかしたら本州の引越し先の家と近しいのかも知れない。


 おかしくない要素自体は幾つがある。

 サイもそれは分かっている。


 だけどサイ視点で裕福と表するのはあくまで、多いときでも数百人単位の小島の中での話で、つまり井の中の蛙が大海を知らないだけの蓋然性が高い。小島と本州の価値基準に相違があったって不思議じゃない。


「メグにどんな心変わりがあったのか。家庭の問題は本当になかったのか……これらの何らかが今回のことに関わっているのか。もし外部犯が居るとすれば、小島産業からの撤退で損害を負った人が居たときはあり得そうだけど、僕を含めウネ、ヨコ、フラ、メグが、小島に帰還する情報を掴める保証がない。そうなると……到着してすぐに学校に向かうなんてものを予測出来る人はいないんじゃないか? だから外部の線を追うのは、やっぱり——」

「——なーに、ぶつぶつ呟いてるのー」


 思案に耽っていたサイは、たちまち現実に引き戻される。そして独り言を呟いていたことによる仄かな羞恥心を紛らすように、声がする方向へと倣う。


「ヨコ、お前こんなところで何してんだ? フラは?」

「フラはウネと話してる……多分、メグのことについてじゃないかな?」

「ああ……あの現場を見て、どう思ったか……みたいなことか?」

「そんな感じだった。私は邪魔するのも悪いなって思って、フラとのお話を途中で切り上げて、先に体育館に戻って来た」


 ウネとフラは別々のタイミングで、メグに起こった惨状の一端を目撃したばかり。発見者じゃない2人だけの内幕がある。それはきっと、サイとヨコには分からない。

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