救急車
連喜
第1話
今日、近所の家で人が亡くなったようだった。救急車が来ていたけど、サイレンを鳴らさずに帰って行った。救急車は死体は運ばないと聞く。蘇生の可能性がない場合というのは、死とイコールだから病院でできることはない。病院は死体安置所ではないのだ。その証拠に小さな病院では患者が亡くなると、数時間くらいしか遺体を置かせてもらえない。「すぐに葬儀会社に電話して引き取ってください」と、なる。
今回の事案も、その後は警察に任せるか、かかりつけの医者に死亡診断書を書いてもらうことになるわけだ。俺はハラハラしながら見ていた。正月早々、近所でこんなドラマが起きるなんて想像もしなかった。なぜドラマと呼ぶかと言うと俺はその家の人たちを知っていたからだ。
うちは近所だから、俺は救急車が停まっているのを自宅の窓から覗いていた。ちょうどいい角度で家の正面が丸見えだった。その家は三十代くらいの夫婦と小学生の子ども二人、幼稚園くらいの子がいたはずだ。駐車場に車はなく、自転車が四台停まっている。一台は子乗せ自転車。夫婦のどちらかが末の子どもを乗せて、それ以外は一人づつ自転車に乗って出かけるんだろう。休日に家族で連れ立ってサイクリング。想像しただけで楽しそうだ。一人暮らしの俺と違って、その家、友山さんは仲の良さそうな、理想の家族に見えていたのに。…あのうち誰が亡くなったんだろうか?家族の誰が欠けても悲劇だ。
一番亡くなる可能性が一番高いのはお父さんだろう。働き盛りの男性の突然死は時々起きている。三十代男性の死亡原因の一位は自殺。二位は癌。三位は心臓疾患だ。そうか、自殺かもしれないなぁ。あんな高い家に住んでいながら奥さんは働いていないみたいだし、プレッシャーで精神的に追い詰められて、自殺してしまったのかもしれない。建売だけど、新築で億は超えているはずだ。
それか、若年性の癌を患っていて、最期に自宅療養していたのかもしれない。または、突然の心臓発作に襲われる可能性だってある。奥さんは今日の昼に見かけたばかりだ。自転車で近所のスーパーに行ったみたいだ。カゴに大きなエコバッグが入っていたっけ。連れはなく一人で出て行った。亡くなったのがお父さんでなかったら、子どもかもしれない。特に一番小さい子は目を離せない年頃だ。自宅で事故で亡くなったなんてあり得る話だ。
子どもの事故の多くは、自宅・道路・駐車場で起きている。特に小さい子は自宅での事故が多い。発生件数が多い順番に窒息、溺水、転落、転倒、火災などだ。赤ちゃんならともかく4、5歳くらいの子が誤飲や窒息なんてするだろうか?または風呂場で溺死なんて考えにくいんじゃないか。お兄ちゃんとお姉ちゃんに留守を任せたのに、二人が遊んでいる間に下の子が亡くなっていたのかもしれない。でも、火災ではない。消防車が来ていないからだ。上の子の虐待で亡くなることもあり得るじゃないか。色々考えられる。
俺はワクワクしながら見ていたが、家に変化はなかった。警察はやって来ない。もし、人が亡くなっていたら、救急隊員の人が警察を呼んでバトンタッチするはずだ。時々、救急車と警察の両方が来ていることがあるけど、自宅で亡くなったケースだろうと推察する。
あ、そうだ!俺は閃いた。もしかしたら、子どもたちの悪戯で救急車を呼んでしまったのかもしれない。俺はそれに気が付いておかしくなった。きっとこってりと油を搾られただろうと思う。俺も子どもの頃は救急車やパトカーを呼ぶ場面に憧れて、やってみたいと思ったもんだ。同級生の子がふざけてパトカーを呼んでしまい、後で大目玉を食らったこともある。それを聞いて、俺もずっとやってみたかったものだ。
俺は馬鹿馬鹿しくなった。正月早々近所迷惑、税金の無駄遣いもいいところだ。寒い時期は人が亡くなることが多い。それなのに、限られたリソースを遊びのために使うなんて…。いや、待てよ。家にはお父さんがいるはずじゃないか。父親がいるのに、子どもたちが退屈しのぎに救急車を呼ぶなんておかしいんじゃないか。俺は気になって、その家をウォッチすることにした。そう決心したというより、気が付いたら窓際に椅子を置いて、ずっとその家を見ているようになった。
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