第4話 修行と想い

 それからというもの、ゼノは毎日のように森の奥にある湖でリザの指導を受けました。


 まずは、湖にいる魚などを相手に、魂を刈る練習をしました。

 生き物と、その魂は、青白い光のようなもので繋がっています。そこを断ち切るように鎌を振り下ろすのです。

 最初は上手くいかなかったものの、回数を重ねるごとにコツをつかみ始めてきました。


「なかなか上手くなってきたじゃない」


 リザは魚をあぶりながら言いました。

 刈り取った魂は天へとかえっていきますが、脱け殻となった肉体はその場に残ります。

 なので、二人はこうして料理にして食べていました。


「ありがとうございます」


「……もう、敬語はいいって言ったでしょ? あと、あたしのことも呼び捨てで良いからさ」


「でも……」


「でもも何も無いの! あたしが良いって言ったらそれで決まりなの! ほら、早くしないと焦げちゃうでしょ!?」


「わ、わかったよ……リザ」


 ゼノは戸惑いながらも言い直しました。

 すると、なぜか彼女の頬が少し赤くなりました。

 でも、ゼノは気づかずに魚を食べ始めます。


 き火を挟んで座る二人。ちなみに、今は真夜中なので周囲に人影は全くありません。

 リザはチラリと横目でゼノを見ました。初めて出会った時に比べて、随分と明るくなったように思えます。

 これは良い傾向だと、リザは満足気に微笑みました。この調子で頑張れば、きっと……


「……どうかしたか?」


「な、何でも無いわよ! それより、明日も早いんだから早く寝なさいよね!」


「はいはい……」


 ゼノは苦笑しながら立ち上がりました。


「じゃあ、おやすみ……」


「うん……」


 火を消し、二人は互いに背を向けると、それぞれ眠りに就きました。


◆◆◆


 修行を始めてから一ヶ月が経ちました。

 ゼノは動物の魂を刈ることにも慣れ、順調に成長していきました。


 そんなある日のことです。

 いつも通り二人で焼いた魚を食べていると、ふとリザが言いました。


「そういえば、そろそろ次の段階に進んでも良い頃合いじゃないかしら?」


「次の段階……?」


「ええ、次は人間の魂を狩るのよ」


 ゼノはゴクリと唾を飲み込みました。

 これまでは動物相手だったので何とかなりましたが、今度は違います。自分を育ててくれたモニカのような人間相手に……果たして自分に出来るのでしょうか?

 不安そうな顔をするゼノの肩に、リザは優しく手を置きました。


「大丈夫よ。いざという時はあたしがフォローしてあげるから。安心して」


 リザの言葉に、ゼノは小さくうなづきました。


◆◆◆


 翌日、ゼノとリザは村を訪れていました。もちろん目的は人間の魂を刈り取ることです。


「刈って良いのは、肉体との繋がりが切れかけている魂だけよ」


「……」


「あの家に、重い病気の女性がいるはずだから……ちょっと、大丈夫?」


 ゼノは緊張しているようで、手足を震わせていました。


「は、はい……多分」


 ゼノは深呼吸をしてから家の中に入っていきました。

 すると、部屋の隅で眠っている女性の姿が目に入りました。

 その魂はふらふらと揺れ動いていて、今にも消えてしまいそうです。


「……っ」


 ゼノは覚悟を決めると、ゆっくりと近付いて行きました。

 そして、震える手で鎌を構えました。


「……ぁ」


 女性の顔を見たその時、ゼノの動きがピタリと止まりました。


「どうしたの?」


 リザの声に反応することも無く、ただじっと固まっています。

 ゼノの頭の中に、ある光景が流れ込んで来たのです。それは、まだ幼かった頃の記憶でした。


『ゼノは優しい子ね』

『母さんの自慢の息子よ』

『大好きだよ』


「……ぁ……ぅぁ……」


 ゼノの目から涙が溢れてきました。

 ……自分が死神として生まれてきたのは、この為だったのかもしれません。


「母……さん」


 ゼノは手にしていた鎌を床に置くと、ひざをついて泣き崩れました。

 目の前の女性は、自分の育ての母親──モニカだったのです。


「……! ゼノ、ごめんなさい! あたし、知らなくて……」


 リザは慌てて駆け寄ると、ゼノを抱きしめました。


「う……ぁ……ぁ……」


 ゼノはしばらくの間、泣き続けたのでした。


◆◆◆


 しばらくして落ち着いた後、改めてゼノはモニカの魂を刈り取りました。ゼノが最期に見た彼女の顔は、とても穏やかなものでした。


「これで、良かったんだよな……」


「ええ、そうよ……」


 ゼノは魂が還っていった空を眺めながら呟きました。すると、リザが寄り添いながら言いました。


「辛いことをさせてしまって、本当にごめんなさい」


「リザのせいじゃないさ」


 ゼノは小さく微笑みました。その表情からはき物が落ちたように見えます。


「モニカ母さんは人間だから、いつかこんな日がくるかもしれないとは思っていたんだ。でも……」


 そこで言葉を区切ると、ゼノは真剣な表情を浮かべました。


「俺、決めたよ」


「何を?」


「俺は死神として生きていく。これから先、何があっても絶対に逃げ出さない。そうやって生きていきたいと思う」


 ゼノは真っ直ぐな瞳でリザの顔を見つめました。


「……そう。それがあんたの決めたことなら、あたしは何も言わないわ」


 リザはどこか寂しげに笑いました。

 もう、ゼノは一人でも大丈夫でしょう。そうなると、自分の役目は終わりです。


 いつしかゼノの見た目だけでなく、内面も好きになっていたリザ。彼女にとってそれはとても喜ばしいことのはずなのに……どうしてか、胸が締め付けられるような痛みを感じました。

 本当は、もっと一緒に居たかった。ずっと傍に居て欲しかった。

 けれど、これ以上彼の優しさに甘えるわけにはいきません……


「リザ……? 泣いて……」


「っあ……なんで……」


 気が付くと、リザの目から大粒のしずくこぼれ落ちていました。


「どうして……止まらない……」


 いくらぬぐっても、次から次に溢れてきて止まりませんでした。


「リザ……」


 ゼノはリザを引き寄せて、優しく抱き締めました。


「っ……!」


「今までありがとう。君のお陰でここまで来れた。感謝してもしたり無いくらいだ」


「……ばか」


 リザはゼノの胸に顔を埋めながら言いました。


「……好きよ」


「え……」


 ゼノは耳を疑いました。まさか、彼女が自分の事を……


「……好きなの。だから、行かないで。あたしと……あたしと一緒に居てよぉ……」


「リザ……分かった。約束する」


 ゼノはリザを力強く抱きしめました。

 そうしてリザが落ち着くまで、二人は互いの温もりを確かめ合うように抱き合ったままでいました。

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