第10話 第一の試練『宝探し』――⑦


 改めて――思う。


 私は、本当に――とんでもない存在と、出逢ってしまったのかもしれない、と。


狂暴竜バーサーク・レックス撃破確認。【黄金鳥ゴールドバード】寮・土御門陽菜一年生。90ポイント獲得』


 陽菜さんの転送水晶が淡々と発する機械音声のようなアナウンスを、私はどこか呆然としながら聞いていた。


 九十ポイント。

 私が尻尾を巻いて逃げることも叶わず、無様に殺されそうになったあの標的ブラック・グリズリーですら、二十ポイントだったというのに。


 私の少し前に立つ黒髪の少女は、私よりも小柄な日本人ジャパニーズの少女は、あの恐ろしい熊よりも三倍以上も強いとされる機械仕掛けの恐竜を――その白炎であっさりと燃やし尽くしていた。


「ふう。流石にこんな終盤まで残っているだけあって、けっこう強かったね」


 だけど、何とか間に合ってよかったよ――と、そんな風にあっけらかんと言いながら、倒れ伏せる恐竜には目もくれず、陽菜さんはその恐竜が立ち塞がるように守っていた、大きな岩に開いた洞穴のような場所へすたすたと這入っていた。


 私は怖くてそれについていくことも出来ず、ただおろおろと、物言わぬ鉄塊と成り果てた恐竜と、陽菜さんが這入っていた洞穴を、交互にきょろきょろと目線を行ったり来たりさせることしか出来なかったが――やがて一分も経たない内に、洞穴の中から「あったよー」と軽い調子の陽菜さん声が聞こえた。


「ほら、金色! これでフィアちゃんもクリアできるね!」

「あ、ありがと……」


 まるでお菓子か何かをくれるような気軽さで差し出されたから、思わず反射的に受け取ってしまったが――その眩い金色こんじきの輝きは、私の中の昏い感情を掻き消すには至らなかった。


 金色の宝玉。それも九十ポイントの――恐らくは、今回の試練においてもトップクラスの難易度として配置されたボスキャラ級の標的ターゲットに守護されていたような代物を、この掌の中に収めているのに、私の心は虚しさでいっぱいだった。


 いや――嘘だ。

 虚しさだけじゃない。情けなさも、恥ずかしさもあるけれど。


 紛れもない――嬉しさも、ある。

 これで私は、これで私も――退学しないで済む、と。


 試練をクリアできる。魔法学校に在籍し続けることが出来る、と。


 あの『里』に、帰らないで済む――と、勝手に湧き出て来る安堵が、じわじわと、昏く暗い感情を塗り替えていって。


「…………ッ」


 気持ち悪い、と、唇を噛み締めながら心中で己を侮蔑した。


 ただ逃げ惑って――ただただ、出来る人に、助けられただけで


 何もせずに、何の代価も払わずに、何の代償も負わずに。

 何の戦いも経ずに、何も成長せずに、何の学びも――得ることもせずに。


 ただ、成果だけを得た、結果だけを得た――与えてもらった、分際で。


 暗い感情に浸りもせずに、無力感に打ちひしがれたりせずに、無邪気にラッキーとか思っちゃってる自分に――心の底から、呆れ果てた。


 いつになったら私は――魔法使いに、なるのだろうか。


 兄のように、あの子のように、なれるのだろうか。


「――なんかとんでもなく異能バトルしてる奴がいるなぁと思えば、やっぱりお前か。少しは自重しろよ、公式チート」

「ん? 愛樹アキ。やっほー。あれ? もう、そんな時間?」


 ああ、しっかりクライマックスだ――と、腕時計もしていない手首を指差しながら近付いてくるのは、陽菜さんと同じ黒髪の東洋人の、黄金鳥ゴールドバードの紋章を付けた男の子だった。


 陽菜さんのように艶やかなそれではなく、パーマをかけているかのようなくるくるとしたボサボサの髪質。だが、その伸ばされた前髪の中からこちらを覗く真っ黒な瞳は、思わずゾッとするような――冷たさで。


「――こちらさんは? また新キャラか? お前は目を離したら本当にすぐに新しい女の子をひっかけるな。ラブコメの主人公でもあるのか、テメェは」

「人を節操無しみたいに言わないでくれる? この子はフィアちゃん。お友達になったの。まだ宝玉を持ってなかったみたいだから探すのを手伝ってあげたんだよ」


 ふーん――と、愛樹と呼ばれた男の子が私を見詰める視線は、やはりどこか冷たくて。


 その真っ黒な視線が、陽菜さんを、私を――そして、私の手にある金色の宝玉と、倒れ伏せる機械仕掛けの恐竜へと行き来して。


 すっと、その伸びきった癖のある前髪の中に、瞳を隠した。

 まるで視認する価値すらないように――と、思ってしまうのは、私の卑屈過ぎる被害妄想だろうか。


「そっか。悪かったな、アンタ。どうせ陽菜に散々振り回されたんだろう? 加減とか知らねぇんだ、コイツ」

「……いえ。助けられたのは、私だから」


 そっか。それもそうだな――と、あっさりと私から陽菜さんへと向き直った彼は、「それよりも陽菜。さっきも言った通り、もう時間だ。そろそろ動き出さねぇと間に合わねぇぞ」と、陽菜さんに告げる。


 時間、とは、何の時間なのだろうか。

 気にはなったが話に割り込むことも出来ない私が、物言わぬ人形となりかけた所で――更に二人分の声が聞こえた。


「――ほら。言った通り、やっぱり陽菜だった」

「……狂暴竜バーサーク・レックス。……『飛竜ドラゴン』種ほどではないとしても、『恐竜レックス』種もしっかりと『竜種』――『神話ファンタジー種』だぞ。いくら試練用の模倣機械コピーマシンとはいえ……入学したての新入生があっさりと倒せていいもんじゃないだろう?」


 現れたのは、銀髪蒼眼の息を吞む程に美しい少女と、そんな少女の隣に寄り添う金髪碧眼の少年だった。


 彼らもまた、黄金鳥ゴールドバード――私と同じ寮の紋章シンボルマークを身に付けている。


「エヴァちゃん! レオンくんも! 奇遇だねぇ、こんな所で会えるなんて!」

「なんだ? お前らもまだ森にいたのか? こんなお前らにおあつらえな試練――誰よりも早くクリアしてるもんだと思ってたぜ」


 笑顔で迎える陽菜さんに対し、愛樹くんはニヤリと笑いながら、レオンくんと呼ばれた金髪碧眼少年に言う。


 レオンくんは「……まぁ、色々あってな」と、愛樹くんの言葉に目を細めながらそっけなく返した。


 どこまで見抜いわかっていたんだか――と、ぼそっと呟くレオンくんを隠すように、前に出たエヴァさんは「陽菜と愛樹も一緒に試練してたの?」と問い掛けて来る。


 おい僕たちが一緒に試練してたみたいに言うなと、レオンくんが背後から文句を言うのをまるで聞こえていないかのように、エヴァさんたちは会話を続ける。


「いや、俺もちょうど今コイツと合流したところだ。離れた所からも分かるくらい、ド派手にやらかしてたんでな。おたくらもその口だろ?」

「うん。まるで森全体が揺れてるみたいだった。何事だってレオンが慌てるから詳細を確かめに来たの。たぶん陽菜だよって言っても聞かないから」

「……そもそも、何でお前は土御門姉だって分かったんだ。僕たちは彼女の魔法の力量なんてまるで知らなかっただろう?」


 レオンくんの色んな意味が籠っているであろう大きな溜息と、それと共に吐き出されたそんな言葉に、「なんとなく?」と可愛らしく首を傾げながら言うエヴァさん。もしかしたらこの少女もなのかと、私は何となくそんな気がした。


 いやぁ、そんな目立っちゃってた? と照れたように後頭部を掻きながらニヤニヤしてる陽菜さんもそうだが――何となく、魔法の才能に満ち溢れている存在というのは、どこか浮世離れする。


 俗世に完全に馴染み切れていないというか、こちらとは違う視点で、違う世界を見ているかのような――違う世界を生きているかのような、漠然とだがそんな印象を受けるのだ。


「――さて。せっかく、こうして集まったんだ。これからどうするか、意見交換でもしようじゃねぇか」


 場を仕切り始めたのは、意外にも愛樹くんだった。

 いやでも、陽菜さんやエヴァさんに仕切り役はなんか無理そうだから――二人とも別系統だけどマイペース過ぎる感じだし――そうなるとレオンくんか愛樹くんの男子陣しかいないだろうけど。私は当然ながら除外するとして。色んな意味で戦力外な私。


「今回の『宝探し』試練も既に終盤戦だ。レオン、エヴァさん、おたくらにはこれからこうするつもりって具体的な予定はあるのか?」


 愛樹くんの言葉に、エヴァさんは「……私も呼び捨てでいいよ」と少しずれたことを言って、レオンくんはその獣のたてがみのような髪の毛を掻き毟りながら。


「……そのへらへらとした表情を見るに、お前らも全員『宝玉たから』は獲得済なんだろう?」

「俺は持ってる。お前らは?」

「だいじょうーぶい!」


 レオンくんの問いに、愛樹くんはあっさりと、陽菜さんも弾けるような笑顔で答える。私には聞いていないかもしれないけれど、一応はおずおずと頭を縦に振って――そんな私にもちらりと視線を寄越した後、レオンくんは「――なら、ここでさっさと転送しちまってクリアするっていうのも十分にアリだと僕は思う」と言った。


「元々、そろそろそうするかなんてエヴァと話してはいたんだ。とんでもない戦闘音が聞こえたから一応は此処に来たけれど、もうやることもないとは思っている。宝玉も、標的も、殆ど残っちゃいないだろう?」

「ああ。一応は此処に来る前に念の為の探知魔法を放ってきたけれど、残りの宝玉の大半はエリア内の端っこに数個分散してるだけだ」

「こんな時間まで残っている宝玉だ。かなり難易度の高い場所に隠されているんだろう。それに、これも当然に気付いているとは思うが、難易度の高い場所の宝玉の近くには、それに相当する高難易度の標的が配置されている」


 相応のポイントも手に入るだろうから、それ目当てで向かってもいいが、既に宝玉を手に入れているならば侵さなくていいリスクだとも思う――と、その不良みたいな見た目に反して至極真っ当な意見を述べるレオンくんは、全員を見渡して、こう己の意見を締めた。


日没タイムリミットも迫っている。だからこそ、ここで終わるのも手だというのが――僕の率直な意見だ」


 なるほどなと、レオンくんの意見を聞いて頷く愛樹くん。

 エヴァさんもレオンくん同じ意見なのか、何の口も挟まずに黙って彼に寄り添っていた。


 確かに、レオンくんの意見は最もだと思う。

 制限時間が来たら自動的に転送が始まるシステムだから、既に宝玉を持っているからこそ――クリア条件を満たしているからこそ、最後の一秒までポイントを稼ぐことに勤しむのもアリという意見もあるだろうが、先程の陽菜さんが倒した『恐竜レックス』種然り、この時間まで残っているような標的は、恐らくは一筋縄ではいかない難易度のボス級ばかりだ。……陽菜さんはそのボス級もあっさりと撃破したけれど、それにしたってリスクであることには変わりはない。

 私の例もあるけれど、生徒の安全が100%保証されている保証など何処にもないのが魔法学校の試練なのだと、既に、少なくとも私は――痛感している。


 だからこそ、私はこの辺りで、いい所で見切りを付けて、五体満足な内に試練を終えるというレオンくんの意見には大賛成だ。本音を言えばすぐにでもそうしたい。それが出来ないのは、私が保持している宝玉が陽菜さんからの完全なるおこぼれで、少なくとも陽菜さんを残して先に上がるというのは、私の小さな自尊心故に難しいからなのだが――そういえば、愛樹くんと陽菜さんは、さきほど時間がどうとか言っていた。


 レオンくんやエヴァさんと違って、愛樹くんと陽菜さんには、この試練においてまだ何かすることがあるのだろうか。


 そう思い、私がそっと彼らの方に目を向けようとすると、私や陽菜さんや愛樹くんと向かい合うように立っていた――つまり、私たちの後方へと目を向けていた、レオンくんの目が見開き、エヴァさんが指差しながら言った。


「――――後ろ!」


 エヴァさんの叫びにつられるように――私たちは背後を振り返った。



 そこには、猛烈なスピードで落ちて来る――黒い流星があった。



 一直線で地面に向かって――否、私たちに向かって、明確な意思を持って襲い掛かってくる、その漆黒の弾丸に。


「――――させないよ!」


 いつの間に発動していたのか、既に宙空に浮かしていた、一本の白い糸で繋がっている一枚の術符から――陽菜さんは白い火球弾を放ち、その黒い流星を撃ち落とそうとする。


 だが――。


「――なッ! 避けただとッ!?」


 レオンくんの驚愕する声が聞こえる。

 

 私たち目掛けて、血の色の空から真っ直ぐに飛来する黒い流星は、陽菜さんが放った白い火球弾――あの兄さんと互角の魔法戦を演じた陽菜さんの魔法を、最小限の軌道で躱してみせたのだ。


「――くっ!」


 対して陽菜さんは、迎撃から防御へとすぐさまに対応を切り替える。

 浮かした一枚の術符から盾を作り出し「みんな! 私の近くに!」と、私を抱き寄せながら、盾を斜め上に構えるように屈む――が。


 黒い弾丸が、白い盾を一直線に貫いた。


「え――――」


 私は、盾が砕かれた衝撃より、その陽菜さんの呆然とした呟きの方に――驚愕を覚えた。


 あの陽菜さんが――敗けた?


 そのことに何よりも衝撃を受けたことで、愚かにも、私はすぐにそれに対して気付くことが出来なかった。


「――おいッ!」


 愛樹くんの叫びによって、ようやく現実に意識が戻り、それを認識したが――もうとっくに手遅れだった。


 盾を貫いた黒い流星は――私の前に立つ陽菜さん、ではなく、愛樹くんでも、レオンくんでも、エヴァさんでもなく。


 迷いなく――ただ間抜け面を晒すことしか出来なった私に向かって突っ込んできていて。


「――い、いやッ!?」


 咄嗟に顔を手で庇おうとした、そんな私の無様な行動よりも速く――黒い流星は、私の手の中から黄金の宝玉を掠め取っていった。


「え――?」


 私の身体に傷一つ負わせることなく、ただ宝だけを掻っ攫った黒い影を――私たちは呆然と見上げて。


「――――カラス!?」


 愛樹くんがその正体を見破る。


 黒い流星、漆黒の弾丸――その正体たる黒い凶兆の鳥は、金の宝玉を咥えたまま、こちらに目もくれずに飛び去って行く。


「逃がさないよ!」


 ただひとり、陽菜さんだけが思考と行動を止めず、己の術符を白いつばめへと変えて、謎のカラスを追跡しようとする――が。


 宝玉を咥えた烏はそのまま高い崖の上にある横穴へと入り、その姿を完全に見失ってしまった。


「陽菜。そこまでだ。今のお前じゃあ、目の届かない場所で『白燕』を操作することは出来ないだろ」

「私の意識を白燕に移せば――」

「馬鹿。この森で自分の身体を空っぽにする気か。それに、万が一に追い付けたとしても、あの烏は只者じゃない。術符一枚とはいえ、お前の盾を貫いたんだぞ」


 それよりも、こっちの方が手っ取り早い――と、愛樹くんは術符を取り出して、波紋を広げるように魔力を飛ばした。


「……探知魔法か」

「ああ。所詮は簡易的なもんだが――それでも、分かったぜ」


 ちょっと前にやった探知魔法これでも、気にはなってたんだけどな――と、愛樹くんは、烏が宝玉を運んだ、崖の上の横穴を見上げながら言う。


「あそこには元々、三つの宝玉の反応が重なってたんだ。……それが、今は四つになっている」

「……つまり、あの烏は、あそこに宝玉を集めているってことか?」

「――――いや」


 烏は、あくまでなのかもしれないな――と、神妙な顔で愛樹くんが呟くのと、同時に。


 世界を震わす――咆哮が聞こえた。


「グォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」 


 私が思わず両耳を全力で塞ぐ中――私たちの頭上を、巨大な影が通過していく。


 そして、あの崖の上の横穴を守護するように、巨大な躰に生えた巨大な翼を広げた――この森の空の王が、己が威容を示すように再び咆哮を轟かせる。


 噓……そんな――まさか、アレは。


「――ドラゴン。紛れもない『飛竜』種だ。この試練が始まったばかりの時に目撃してたんだが……アレが飛んできた先にあの洞穴があったから、まさかとは思ってたんだ。嫌な予感的中だぜ。どうやら、あそこはあのドラゴンのいえみたいだな」

「しかも、アレはどう見ても魔法機械生物マジックマシンモンスターじゃない。学校側が用意したものではなく、正真正銘の生きた神話ファンタジー種――何の手心も加えられていない、野生のドラゴンというわけだ」


 ああ。だから俺は、割かし距離的には近くても、端から攻略なんて可能性を除外してたわけだが――と言って、愛樹くんは、レオンくんと共に視線を下に戻して、真っ直ぐに、私を見る。

 

 え? 何で私を――なんて疑問は、直ぐに消失した。


 彼らの視線は、真っ直ぐに――私の空っぽな掌へと向いていたからだ。


 その現実を理解するのと、掌の軽さを自覚すると同時に――ゾッと、体温を失ったかのような恐怖が襲う。


「さっきも言った通り、もう残りの宝玉は少ない。あそこ以外にも残ってはいるだろうが、エリアの端っこに点在していて、ここからじゃあその場所に辿り着くだけでタイムオーバーってのも十分に考えられる――が」


 そう言って愛樹くんは、再び崖の上の洞穴を見上げる。


 ドラゴンは、再び咆哮を上げながら何処へと飛び去って行った。

 だが、あの洞穴がドラゴンの巣――ではないかもしれなくとも、あのドラゴンのテリトリー内であることは明白だ。


 そんな所に飛び込んでいくのは、もはや自殺志願と何も変わらない。


 でも――だとしても。


 このままでは、私は――何も得ず、空っぽのまま、日没を迎えて。


 試練をクリア出来ずに、めでたく退学。

 魔法使いへの道を断たれることになる。


「……………」


 愛樹くんとレオンくんは、何も言わずに、真っ直ぐに私を見ている。


 当たり前だ。

 これは、私の問題なのだ。


 彼らは自分たちの力で宝玉を手に入れ、あの黒い流星からも自らの宝玉たからを守り抜いている。


 虎穴ならぬ竜穴に飛び込む真似などする必要もなく、タダで貰ったも同然の宝玉すら無様に奪われた私などを嘲笑って、このままさっさと転送して学校に戻っても当然の立場なのだ。


 つまり――私が。

 私自身が、私自身の意志で、私自身の未来の為に――幻想の頂点たるドラゴンに挑むと、そうここで宣言しなくてはならない。


「…………ッ」


 なんだ――それ。

 なにそれ。無理に決まってる。有り得ない。だって、そんなのただの自殺行為じゃない。


 飛竜どころか恐竜、いや大熊にすら勝てなかった私が――どうやって、ドラゴンの巣から宝を盗むことなんて出来るの?


 でも――このままじゃ――でも――――でもッ!!


「なら行こう。ドラゴンの巣へ。もうそれしかないんでしょう?」


 ただ瞳に涙を浮かべて、口を噤むことしか出来ない私の、震える肩に手を乗せながら――陽菜さんがそうあっさりと言った。


「…………陽菜。お前――」

「ごめんね、フィアちゃん。私があなたの宝玉を、あの烏から守り抜けなかったから、こんなことになって」


 愛樹くんの目はまるで、甘やかすなと、そう陽菜さんを咎めるような色をしていたが、陽菜さんはそんな愛樹くんの無言の説教も意に介さず、私と目を合わせて申し訳なさそうに眉を下げる。


 私は――そんな彼女の優しさに、安堵と、そして強烈な、いたたまれなさを感じた。


 この期に及んで、私は――また何食わぬ顔で、主人公ヒーローに助けられようとしている。


 何もせず、ただ悲劇の少女ヒロインぶって――無条件で救われるのを、馬鹿みたいに口を開けて待っている、だけ。


「――大丈夫。私が、必ずあなたをたすけるから」


 偉大なる存在から無償で齎される幸運を、救いを――ただ傲慢に、享受しようとしている、だけ。


「…………うん」


 私は、愛樹くんの、レオンくんの、エヴァさんの顔を見れなかった。


 ただ、恥ずかしくて。ただ、申し訳なくて。ただただ――いたたまれ、なくて。


 だけど、大丈夫と、私だけでなんとか出来ますと、そんな風に意地を張る勇気すらもなくて。


 私は、ただ――陽菜さんが作ってくれる救いの流れに、身を任せることしか出来なかった。


「みんなはどうする? 何なら、私だけで向かってもいいけど?」

「……相手はドラゴンだぞ。いくらお前でも、何があっても大丈夫とはならねぇだろ」


 俺も行くよ、と、愛樹くんはボリボリと髪を掻き毟りながらそう言って。


「――私も行く」

「……ドラゴンだけじゃなく、さっきの烏みたいなのが他にも現れないとも限らない。ギリギリまでは付き合うさ」


 何かあったらさっさと転送水晶コイツで逃げさせてもらう、と、レオンくんが転送水晶を見せながら言う。


「うん。そうして。みんな、ありがとう。自分の身を最優先でよろしくね」


 じゃあ、行こうか――と、陽菜さんは全員を見渡してそう言うと。


 途端――私たちの足下に、淡い白い光を放つ魔法陣が浮かび上がった。


 いつの間にばら撒いたのか、そこには五枚の術符があって、それぞれが術符を中心に魔法陣を作り――それは確かな足場となって、私たちを空へと運んでいく。


「う、うわ――」


 私は思わずへたり込み、突然の浮遊感に腰が抜けるが、そんな無様を晒すのは私だけで、術者の陽菜さんはともかく、愛樹くんもエヴァさんも涼しい顔でそれを受け入れ、ただひとり表情を崩したレオンくんも僅かにバランスを崩しただけで、すぐに体勢を立て直して呟く。


「……無詠唱で飛行魔法を五人分もあっさりと――本当に凄まじいな、土御門姉」

「陽菜でいいよぉ。それに正しくは空中に足場を作る魔法で、それを動かして飛んでいるだけで飛行魔法じゃないんだけどね」

陰陽師ジャパニーズが全員こんな便利魔法を使えると思うなよ、レオン。こんなのはコイツだけだ――あ?」


 言葉を不自然に止めた愛樹くんは、その後「……どうやら先客がいたみたいだな」と呟いた。


 彼の視線の先――崖の上の洞穴の入口に全員が目を向けると、そこには不自然に揺れるポイントがあった。


「……擬態魔法か」


 レオンくんの言葉に目を凝らしてみると、まるでそこに充満していた煙が晴れるように霧散して――隠れていた三人の少年の姿をゆっくりと露わにする。


 顔面を蒼白させ、がくがくと手足を震わせている彼らは――やはり、私たちと同じ、黄金鳥ゴールドバードの紋章を身に付けていた。


「擬態魔法で隠れながら、ドラゴンに気付かれずにロッククライミングに成功したのか。根性あるじゃねぇか、アイツら」

「……あれは、確かヴァーグナーとかいう奴だったか?」


 愛樹くんとレオンくんの言葉に、私も思い出す。


 昨日のガイダンスで、怪崎先生と一悶着を起こしていた男子生徒。

 関わりたくないなぁと思ってたから印象に残っていた。


 いくら尋常ではない危険地帯に配置されたそれとはいえ、エリアに残された僅かな宝玉を狙うのは――当然ながら、私たちだけじゃなかった。


 まずい。宝玉の数は四個。その全てが金色である保証など何処にもない。

 このままでは、彼らに先を越されてしまう。


「あ! ヴァーグナーくん! まずいよ、もう他の奴等が来てる!」

「――チッ! ようやくここまで来たってのによぉ!」


 ヴァーグナーくんたちもまた、下から浮遊魔法によって迫る自分たちに気付いたようだった。


 息も絶え絶えなヴァーグナーくんが、私たちを指差しながら唾を撒き散らしつつ叫ぶ。


「汚ねぇぞ、お前ら! こっちはこんなに頑張ってやっと辿り着いたってのに――楽しやがってよ!!」


 その言葉に、愛樹くんたちは「魔法使いが魔法を使って何が悪い」と呆れていたが――私の心には、それは深く突き刺さった。


 楽しやがって。

 汚い。


 その忌憚のないご意見に、まったくその通りだと思ってしまった。


 彼らは不格好ながらも、擬態魔法という知恵を働かせ、いつドラゴンに見つかるか分からない恐怖と戦いながら、懸命に自らの手で崖を上って――宝玉たからの元へと辿り着いて見せた。


 対して、私はどうだ?

 こうして他人の魔法で運んでもらって、ましてや『竜の巣』へと向かう決意すら――他人に任せた、この私が。


 彼らの努力を押し退けて――宝を手にして、本当にいいのかと。


 湧き出た罪悪感から生じた迷いに囚われた時――彼らは迷わず、その手をくだした。


「……悪りぃな、同級生。俺には――使命がある」


 こんな所で終わるわけにはいかねぇんだ――と。


 非情なる、その必殺の一手を――振り下ろした。


「――宝玉おたからは、俺のモンだ!!」


 ヴァーグナーくんの手に嵌められた――篭手こてのような紫色の魔道具デバイスが輝くと。


 天に掲げたその掌から魔力弾のようなものが放たれた。

 宣戦布告のような宣言とは異なり、私たちにではなく天に向けて放たれたそれに、初めは呆然としたが、「――まさかっ!」と、愛樹くんが息を吞むのと、ほぼ同時に。


 強烈な光と音を放ちながら、魔力弾は空中で激しく炸裂した。


 それと同時に、ヴァーグナーくんたちは急いで洞穴の中へと走っていく。


「まずい! 陽菜、俺たちも急げ!」

「な、何なの!?」

「アイツら、やりやがった! アレは攻撃の為の魔法じゃない!」

「――ダメだ、間に合わない」


 来るぞ――と、レオンくんが静かに呟くと、思わず私たちが口を噤むのと同時に。



 再び――世界を揺るがす、咆哮が轟く。



「グォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 ドラゴンが、自らのテリトリーを脅かす侵入者の存在に気付いた。


 その巨大な翼を広げ、天の支配者とまで謳われるその飛翔速度でもって、こちらに向かって宙を裂くように強烈な羽搏はばたきと共に突っ込んで来る。


 黒い流星と見紛ったあのカラスなど、及びもつかない閃光のような速度。


 レオンくんが転送水晶に手を掛けてエヴァさんへと手を伸ばし。


 愛樹くんが陽菜さんへと叫ぶように指示を飛ばす中。


「………………ッ!!」


 私は――唇を噛み締めながら。



――汚ねぇぞ、お前ら!



――大丈夫。私が、必ずあなたを助けるから。



――お前はどうしてこの魔法学校にいる? 



——お前は、どうして、魔法学校このばしょに、やってきたのだ?



「…………大丈夫。私に――任せて」


 そう呟き、震える足を無理矢理に動かして。

 暖かい白い光の中から、陽菜さんが作ってくれた、安全な魔法場所の中から――飛び出して。


 血の色の空の中へ身を放り出し――己のブレスレットへと、手を伸ばして。


「――来て。『飛翼』」


 私は、魔法を――発動させる。

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