現代陰陽師、魔法学校へ入学する。
鶴賀桐生
一章 一年生編
第1話 入学——①
「魔法が戦争を失くしたことで、世界の全てが変わりました」
登壇した途端にそう切り出した彼女の言葉に、俺たち新入生は一瞬で静寂させられた。
たった一言で、この場にいる三百人の子供たちの目を、耳を、そして意識を――己へと集中させた、怜悧な表情のその美女は、堂々たる態度で、朗々と淀むことなく言葉を続ける。
「各国が技術進歩の粋を結集させて作り上げた数多の科学兵器は、その全てが意味を為さなくなり、それに代わって我々魔法使いが、祖国防衛を担う国家戦力となって久しい、この現代において――
魔法が至上とされるこの世界において、たった一つの、故に世界最高の魔法学府機関。
若くして――無論、魔法使いにとって外見年齢と肉体年齢の乖離など日常茶飯事だが――その副校長の席に座る美人女教師。
ローズ・ブラヴァツキーは、粛々と、世界中から集結した魔法使いの卵たちに向かって。
「我々は、そんなあなた方を、その全てと共に歓迎致します」
世界魔法学校。ここでは、魔法こそが全てです――と、不変の真理を説くように、世界の常識を語るように言った。
「あなた方がどんな思惑を抱えていようと、どんな使命を背負っていようと、我々教師陣は、その誇りにかけて、あなた方の力になることを約束します」
あなたたちの夢を叶える、その手助けをします――、と。
世界一の魔法学校の№2は、すなわち、世界で二番目に優れた魔法使いは言う。
「ここは、
ローズ副校長は断言した。
ここには、魔法の全てがある。――つまりは、世界の全てが、ここにあると。
この学校を卒業することが出来れば、夢を叶える大きな一歩となる。
……夢。――夢、か。
それが、どんな荒唐無稽な夢でも。
どれほど困難でも、どれほど途方もなくとも。
どれほど――身の程に合わなくても。どれほど――悍ましく、罪深くとも。
世界魔法学校を、この学び舎を、卒業することが出来れば。
そう――この学校を、卒業することが出来れば。
卒業するまで、この学校に、残ることが出来れば。
その言葉の意味を理解していない者は――ここにいる三百人の子供たちの中にはいないだろう。
だからこそ、ローズ副校長は――余計な言葉は用いず、ただ端的に、こう己のスピーチを締めた。
「どうか、悔いのないマジックスクールライフを。一人でも多くの、一つでも多くの夢を叶うことを、我々は心から祈っています」
その言葉を最後に、ローズ副校長は壇上から降りる。
美人ではあるが威圧的な雰囲気のある彼女の番が終わったことに、ほっとする新入生もちらほらといたが――続いて、その人物が壇上に姿を現したことで、再び全員が息を吞んだ。
「――――ッッ!!!?」
その姿を見て――全員が理解した。
その男の、魔力を感じて、たった一瞬で、問答無用で理解させられた。
俺も、その男から目を離すことが出来なかった。
その男の名前を知らない人間など――世界中に一人たりとも存在しない。
だが、その男の顔を知っている人物となれば、グッとその数は減少するだろう。
何故なら――この男は、ここにしかいないのだから。
世界中の誰もがその名を知っている男は、世界中の何処にも存在しない。
彼がいるのは、己が作り上げたこの世界――この『
かの歴史上最大の偉人の姿を目にすることが出来るのは、彼が創立した、この世界で唯一の魔法学府である――『
だから、ここに集まった三百名の新入生たちは、誰一人として、その男の顔を知らない筈だ――それでも、理解した。
魔法というものに、少しでも触れたことのある人間ならば、この姿を見て、この魔力を感じて、理解できない者はいないだろう。
この男が――コイツが、そうだと。
「……あ~。私が言いたかったことは、優秀な副校長先生が大体仰ってくれた。年寄の長話ほど若者に嫌われるものはない。私はせっかく我が校に入学してくれた若人たちに、その記念すべき門出の日から嫌われたくないので――簡潔に、この言葉だけを贈ることにしよう」
そう、世界で最も有名な魔法使いは言った。
世界で最も有名で、世界で最も優秀な、世界一の魔法使いは――たったひとりで全ての戦争を消失させ、この世界を
アーサー・グリフィス・クロウリーは、世界中から集結した、己が世界から搔き集めた若き魔法の才能たちに――笑みを浮かべて、こう言った。
「ようこそ――魔法の世界へ」
◆ ◆ ◆
入学式が終わると、俺たちは本校舎を出て、事前に知らされていた各々が所属することになる『寮』へと移動した。
俺とアイツは『黄金鳥』に入寮することになった。
ちなみに
入学試験は毎年一月一日零時零分に候補者たちに入試問題たる『水晶』が送られることでスタートし、入学式は一週間後の一月八日に行われる。
そして、世界中で先着クリアした上位三百名が――晴れて、由緒ある、
元旦のその日の内に入試をクリアした俺たちは、つまりは入学式までの一週間を既にこの寮で過ごしているのだが――教師たちから集合場所として指定されたこの講堂は、初めて足を踏み入れる場所だった。
入寮自体は魔法世界へ転送されたその日の内から許されたが、実際に入学式を終えるまでは、居住エリア以外の立ち入りを禁止されていたのだ。危険な
各寮に用意されている講堂は、こうして寮ごとに別れて行うミーティングなどに使用する大部屋らしい。前世の俺は大学生になったことはないから実際のそれとは異なるかもしれないが、大学における大勢の人間が一同に講義を受ける際に使用する講義室に似ている感じがする。
階段状に弧の形の机と椅子が何列もあって、一番低い位置に黒板と教壇がある。……魔法の世界でも普通に黒板とか使うんだな。
だが、一般的な日本の大学と違って、ここに集まっている生徒たちは、見事に国際色豊かだ。国際交流を積極的にこなしている大学でもここまでカラフルに混ざり合わないだろう。
人種も。国籍も。男女も。服装も何もかも、全く統一感がない。
魔法学校は制服すら指定されていないからな。
パッと見、同じ魔法の流派や同じ国の人間同士で固まって島を作っているようだが――皆、どこかそれぞれの島を探り合うような空気になっているのは否めない。
「…………」
まぁ、先程の副校長先生のお言葉にもあった通り――今や、魔法使いというのは、それぞれの国が背負う防衛戦力とされている一面もある。つまり、ここに集まる魔法使いの卵たちは、若くして、というか幼くして、既に国を背負う立場にいるというわけだ。
その国の魔法情報とはつまり――その国における、最重要の国家機密ということに他ならない。
世界中の選ばれし魔法使いが集結する、この世界魔法学校は――世界中から他国の国家機密を暴く使命を背負った、国際スパイの戦場となるわけだ。
文字通り、国の未来を左右する重大ミッション――そんなんが、十代の子供たちに背負わされてるんだから、どいつもこいつも顔が強張るのは無理もないが。
しかし、そんなものは、これまた副校長先生の御言葉通り――この学校を卒業できたらが前提の青写真だ。……それが分かっているのかねぇ。
「……………」
そんなつまらないことをつらつらと、この広い講堂が一望できる、最上段の端っこのエリアに座りながらぼんやりと考えていると――ふと、この神聖なるぼっちスペースに、俺以外の新入生が座っていることに気付く。
俺が座っている席よりも更に外側、もうこの講堂の角席といっていいだろう場所にいつの間にか座っていたのは――目つきの悪い金髪碧眼の少年だった。
「…………」
ボサボサの髪はどこか獣毛のようで、左耳にはピアスを付けている。
緑色のモッズコートを羽織りながら背凭れに体重を預けて、ズボンのポケットに両手を突っ込みながら睨み付けるように講堂を見渡す様は――授業について行けずにグレてしまったぼっちヤンキーのようだ。
そんなかなり失礼なことを勝手に思ってしまったので、ちょっと申し訳なくなった俺は、ぼっちヤンキーくん(仮)に積極的に話し掛けてあげることにした。
「やあ。君はどこの国から来たんだい? 俺は――」
「悪いが構わないでもらえるか。慣れ合う気はないんだ、
俺が抱いた失礼な第一印象を嗅ぎ取ったわけではないだろうが、ぼっちヤンキー(仮)くんは取り付く島もなかった。
その様が何だかちょっと面白かったので、「ほう? なんで俺が日本人だと分かったんだ?」と、俺は塩対応を気にすることなく普通にもう一度話し掛けてみた。
返事はないかもとは思ったが、彼は頑なに俺の方を見ようとはしないまでも「……簡単な話だ」と、言葉は律儀に返してくれた。何だ? ツンデレか?
「――それは、ジャパニーズ陰陽師の紋様だろ?」
こちらを見ようとしなかった彼が、一度だけ、ちらりと目線だけを――俺が腰に付けるカードデッキホルダーに向けた。
確かにそのデッキホルダーの表面には――六芒星の紋様が描かれている。
だが、六芒星を使うのは陰陽師だけではない。
この世界にはこの紋様を使う魔法使いはいくらでもいるだろう。
なにせ、この紋様を発案したのは――いや、まあ、それに関してはいっか。
そんなことを言い出せば、この世界の魔法は全て、あの魔法使いが発明したようなもんだ。
この場面において重要なのは、六芒星が描かれたカードデッキホルダーを身に付けたアジア人――それだけの情報で、俺を
それはつまり、この少年は、この世界の『現代陰陽師』について、入学前からかなり詳しいということになるわけで。
「お見事。ポーランド人の君が、マイナーな極東の魔法体系なんかを勉強済みだなんて驚きだ。見た目によらずインテリなんだな」
「――っ!」
意趣返しも兼ねたそんな俺の言葉に、ようやくぼっちヤンキーくん(仮)が、その碧眼を俺に向ける。
「……なんで」
「おや? 慣れ合う気はないんじゃなかったのか?」
俺がニヤリと性格の悪さをちらつかせると、彼は「……その通りだ」と、頬杖をついて、そのままそっぽを向いた。意地悪し過ぎたか?
「いつまで隣人でいられるかは分からないんだからな。――僕も、お前も」
「……確かにな」
お前そんなナリで一人称僕なのかよどんだけあざといんだと、もう少しイジってみたい欲求に駆られもしたが、ここで深追いするとこういうタイプは本気で嫌いそうだったので、今日の所はこんなもんで勘弁してやることにした。
初日からクラスメイトに嫌われたくないからな。
こいつの言う通り、例えいつまでクラスメイトでいられるのかは分からなくても。
少なくともこの少年は、その辺をちゃんと理解しているようだ。
無意味な自意識過剰で勝手に警戒態勢を取っている他のクラスメイトよりは仲良くなれそうな気がした。
この学校のシステムを理解しているだろうに、なんで自分だけは当たり前みたいに卒業出来る気でいるのかと、俺が入学して初日からスパイごっこに精を出している新入生たちを醒めた目線で見渡していると。
疑心暗鬼になって周囲と距離を取い身内で固まっている者達、あるいは露骨に他国の魔法情報を引き出そうと躍起になって別の島に飛び込んだりしている者達の中で――そんな殺伐とした世界とまるで関係ありませんとばかりに、お気楽空気を周囲に撒き散らしている少女を見つけた。
講堂の前の方できょろきょろと周囲を見渡していた彼女は、講堂の最上段の一番端っこを陣取っていたこちらに気付くと「あー! いたー! やっと見つけたー!」と大きな声と共にこちらを呼び指して。
そして、何事かと己に集まる視線を引き連れたまま、一直線にこちらへと向かってくるのだった。やめろ、初日から悪目立っちゃうだろうが。
「
「どうせ行き先は同じなんだからいいだろうが。合流するのめんどかったし」
「まったくもう、昔から愛樹はそうなんだからぁ」
やれやれといわんばかりに艶々の黒髪を揺らしながら首を振る彼女に、俺はこれ以上の小言を貰う前に話を逸らすべく、彼女の後ろに立っている何某へ目を向けながら言う。
「そんなことより、
「あ、そうだった! 愛樹のことなんてどうでもいいんだった!」
さらっと酷いことを言って、陽菜は一緒に連れてきた銀髪ロングの女の子を前に出すように、謎の美人さんの背後に回り、肩に手を乗せて背中を押す。
その綺麗な銀髪は癖一つなく、背中を覆うほどにとても長く伸びていた。
前髪も目元を隠さんばかりに伸びていたが、髪の隙間から覗く水晶のような蒼色の瞳は、文字通り吸い込まれそうな輝きを放っていて。
俺らと同い年の十二、もしくは十三才であるにも関わらず、美少女というよりは――美人、もしくははっきりと美女と形容する方が相応しいように思えた。
俺が思わず息を吞んで、凍らされたように硬直していると。
「こちら、エヴァちゃん! 入学式で隣同士の席だったから仲良くなったんだ! かわいいでしょ~!」
陽菜にとっては、この少女のゾッとするような美しさも、ただ可愛いとしか映らないらしく、そんな風にドヤ顔でエヴァさんを紹介する。なんでお前が自慢げなんだよ。
というか、入学式で隣同士になって仲良くなるとか、そんなリア充エピソードを現実とするヤツが本当に存在したんだな。漫画とかドラマだけの虚構かと思ってたぜ。これが真の陽キャか。まったく眩しいったらない。
そんな風に俺が陽キャのコミュ力に絶句しながらも、一応は陽菜経由とはいえ名前を教えてもらったのだからと、俺もエヴァさんに名乗り返そうと口を開こうとした途端。
「――レオン」
透き通るような声で、エヴァさんはそんな風にこちらを見ながら呟いた。
いや、俺そんなカッコいい名前じゃないんですけど。
「……お前も魔法使いなら、軽々しく己の名前を他人に明かすな、エヴァ」
「別にいいじゃない。同じ授業を受ける、同じ寮生徒でしょ。直ぐに知られることになるわ」
「だからって君は……」
エヴァさんが声を掛けた相手は、俺ではなく俺の向こう側に座るぼっちヤンキー(仮)くんだったらしい。
おい、お前ぼっちじゃなかったのか。てかレオンくんて言うんですね。ふーん、カッコいいじゃん。
「あれ? 愛樹の友達って、エヴァちゃんの友達でもあるの?」
「僕はどっちの友達でもない」
陽菜がエヴァさんの肩越しにひょこっと首を傾げながら顔を出して、レオンくんを覗き込みながら言うと、レオンくんはそう顔を背けながら言った。
おいおいこんな美人な友達がいるくせに今更陽菜に照れてんのかと俺がレオンくんの思春期っぷりに白けた目をしていると――そんなレオンくんを他所に、エヴァさんがそんなものを遥かに超えた衝撃の事実をあっさりと明かした。
「レオンは私の許嫁なの」
「ちょっ、おい、おま――」
エヴァさんのぶっちゃけに、露骨にレオンくんが狼狽える。顔をちょっと赤くしながら。ホントあざといなコイツ。
だが、そんなレオンくんよりもよっぽど顔を赤くして興奮したのは、まるで無関係である筈の我らが陽菜嬢だった。
「え? 許嫁って、将来結婚する相手のことだよね! エヴァちゃんとレオンくんて恋人同士なの!? 付き合ってるの!?」
「付き合ってない! 恋人同士でもない!」
だから大声で叫ぶなと、レオンくんがこれまでにないくらいの鋭い声で興奮する陽菜を抑えつつ、観念するようにこちらに向き直って言った。
「……ただの『血』を残す為の政略の一つだ。魔法使いなら珍しくもないだろう」
レオンくんの言葉に、あーねと俺は納得した。
魔法使いは、基本的に血脈がものを言う世界だ。
分かり易く言えば、魔法使いの子供は魔法を使えることが多い。それが
もちろん、突発的に魔法に目覚める一般人というのもいないこともないが、一族代々受け継がれてきたその家の特有の魔法というものを伝承したい由緒正しい家系、もしくはその伝統を守ることに死に物狂いになっている旧家や自称名家なんかは、何としても己の色を継ぐ魔法使いの血を残そうとする。
魔法使いと一般人の子供でも魔法使いが生まれることはあるが、より魔法使いが生まれる可能性が高い組み合わせは――当然、魔法使い同士の夫婦から生まれる子供だ。
まぁ、その場合は父母のどちらの魔法を受け継いでくるのかという問題もあるが、どっちの性質も受け継ぐ子が生まれることもあるし、なんなら欲しいスペックの子供が生まれるまでガチャを回すように子供を作ればいい――というのが、昔から続く魔法使いの常套手段だ。
そんな魔法使いのヤバい闇の一部が垣間見える二人の関係に、しかし陽菜は気付いているのかいないのか「へぇ~。ということは、二人も幼馴染みたいなものなんだねぇ」とニコニコと笑っている。
陽菜のそんな邪気のない笑顔に浄化されかけているのか、思春期特有のひねくれが発症し始めているようにも思えるレオンくんは、やはりまともに目を合わせようとはせずに「……僕たちのことはもういいだろ。そっちはどうなんだ?」と露骨に話を変えようとした。
「私たち?」
「ああ。君たちも、入学前からの顔見知りなんだろ?」
「俺たちはきょうだいなんだ」
あまり陽菜にそういう魔法使いの黒い面を知って欲しくない俺は、レオンくんの誘導に乗るべく陽菜の代わりに簡潔に答えた。
だが、俺の回答にエヴァさんは首を傾げて疑問符を浮かべる。
「……同い年、なのに?」
確かにその点は引っかかるだろう。
どんな国、どんな境遇、どんな種族にもその『水晶』は、魔法の才能を持つすべての子供たちの元へ送られるが――年齢制限だけは絶対のルールだ。
例え、本人が自らの年齢を把握してなくても――アーサー・グリフィス・クロウリーによって肉体年齢が正確に判別された上で、その魔法の才能を見極められることになる。
そして、世界一の魔法使いに、その秘めたる可能性、つまりは才能が認められれば――めでたく、世界唯一の魔法学校への入学が許可されるのだ。
つまりは、俺と陽菜が同い年というのは確かだということ。
無論、一月生まれと十二月生まれとかで、同じ年に生まれたきょうだいというのも可能性としてはあるだろうが――俺たちの場合は、もっと単純で複雑だ。
「俺は養子なんだよ。陽菜とは血が繋がっていないんだ」
「……そう、なんだ」
「それでも私の方が誕生日が早いから、私がお姉さんなの! 愛樹は弟よ!」
エヴァさんは無表情で頷いた。
まぁ、エヴァさんとレオンくんの許嫁じゃないが、有力な魔法家に養子に行くというのも、魔法使いの世界では珍しい話じゃない。
ちなみに陽菜的には自分の方が義姉であるというのは譲れないポイントらしい。俺としてはどっちでもいいが、絶対に姉さんとは呼んでやらない。
「ありがとう、教えてくれて。私はエヴァ・グーリエフ。そっちの彼は、レオン・ノヴァーク。よろしくね」
勝手に己のファミリーネームまで明かされたレオンくんはエヴァさんに対し何か言いたげだったが――大人しく口を閉じた。十二才にして既に夫婦間に上下関係が出来上がっているな。頑張れ男の子。
レオンくんとしては、この流れで、俺たちの姓名――つまりは魔法家名を知れる方が得だと思ったのかもしれない。まぁ、エヴァさんの言う通り、遠からず知られるものだから別にいいんだけどね。
それに、レオンくんの言う通り――その情報を、記憶して無事に祖国へ持って帰れるとは限らないんだから。
彼らも――そして、俺たちも。
「――
だから俺は、それをあっさりと口にする。
幼少期に――陽菜に救われることで、養子に入った、その魔法使いの家の名を。
「
「これからよろしくね! エヴァちゃん! レオンくん!」
いつの間にか俺の横に立っていた陽菜が、俺たちを挟むように両側にいるエヴァさんとレオンくんにくるくると笑顔を向ける。
そんな陽菜と握手を交わしながら「……よろしく」と返すエヴァさんに対し――レオンくんは、少し、驚いているように見えた。
この分だと、土御門家の名前も知っていたみたいだな。日本の陰陽師のこと知ってたんだから当然だろうが、まさか俺たちが本家本元だとは思わなかった、ってところか?
こんな風に、歴史ある魔法家ってのは、その名前だけでどんな魔法家なのか即バレするってのはよくあることだ。
だから外の世界で魔法使い同士の交流を持つ際には、名乗らなかったり偽名を使ったりってのがセオリーなわけだけれど――エヴァさんの言う通り、これからひとつ屋根の下で共同生活を送るんだから、遅かれ早かれ知られてしまうし。
レオンくんの言う通り、ここでそんな情報を得ても、しっかりと実家に、祖国に持ち帰ることが出来るとも限らない。
だからこそ、俺たちは――胸を張って、外の世界へ戻れるような、立派な魔法使いになれるよう励まなくてはならないということだ。
その為に、こうしてのこのこと――魔法の世界へと、やってきたのだから。
「――よろしくな、レオンくん。レオンって呼んでもいい?」
「……ああ。土御門」
「愛樹でいいよ。土御門だと被るし――」
それに、俺には本来、その名は相応しくないから――なんて、言われても反応に困る意味深な台詞は言わずに、俺は大人しく手だけをレオンへと差し出すが。
野郎同士の誰得な握手は実現せず――ざわざわとしていた講堂内の、教壇の辺りにつむじ風がいつの間にか発生していたことで、新入生たちの注目はそちらへと集結する。
やがて風が収まると――そこには、ひとりの大人が立っていた。
「――座れ、ガキ共。浮かれた時間は、もう終わりだ」
これより、魔法学校を始める――と。
ド派手な登場をかました地味な風貌の男は。
気だるげに、俺たち新入生を睨みつけながら言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます