或る一日について。
hibi
東京旅行のある1日について
朝。宿を出て街を歩く。重たいキャリーケースとは裏腹に、今にも浮かんで消えてしまいそうな心が嫌に気分を落ち着かせない。ふと目に入った喫茶店で特に考えもなしにモーニングを注文した。食べたくもないトーストを一口だけ食べたがそれ以降そのトーストは減らずただゆっくりと冷めていくばかりである。二階席の一番端、珈琲の香りが染み付いたような深い茶色のテーブルには灰皿とシュガーポットが一つ置かれていた。
次に私がトーストに手を付けたのは隣の客が退店し、その後来た二人組の男性客がウェイターに注文を伝えたあとのことだった。冷めたトーストにマーマレードを塗り口へ運ぶ。珈琲ももう湯気を立てずただそこにあるばかりである。東京に来たのは初めてでその人の多さと喧騒に嫌気が差していたのでこういったふうな喫茶店は今の私にとってはいわば自室のようで——。
スケッチをとる。
何か描きたかったというよりかは、手を動かしたかったというほうがしっくりくる。冷めたトーストや潰れた吸い殻、パソコンを睨む大人たち。モチーフは十分にあった。が、結論からいうと私は何も描かなかった。描けなかった。
減っていく煙草、冷めていく珈琲とトースト。それはまさに私が滞在中に感じた東京そのものだった。寂しさや虚無感といったふうな言葉で表せられようはずもなく、ただ短くなってゆく煙草に微々たるsentimentalityをみた。私は、この町には住めない。
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