天才科学者の卵は転生しても研究を続けるそうです。

白亜皐月

序章・新たな『権能』

第1話

 春の訪れを感じる、まだ冬の寒さが抜けきらない頃。僕は、ビルの立ち並ぶ街を歩いていた。なんてことはない。ただ、海外への進学が決まった僕にみんなが激励会を開いてくれるという事だった。

 普段はあまり催し物に興味がない僕だけど、今回ばかりは少しだけ嬉しかった。周りから浮いてるんじゃないかと思っていた僕は、それなりに皆には好かれていたらしい。


「………」


 生物学、地質学、天文学。最年少で、数々の博士号を取った少年。もちろん、論文を提出しただけだけど。それでも、本当に実力がある人間だという事は、海外でもトップの大学への進学が証明していた。

 天才、神童、俊才など。ありとあらゆる言葉でもてはやされ、ニュースや新聞にも載ったことがある僕は、周りからも常に注目の的だった。それに優越感を抱くことも、辟易とすることもなかったけど。

 親の顔を知らず、ずっと施設で暮らしていた僕はそういう意味でも周りから浮いていたと思う。それでも、少しくらい馬鹿を言い合える友人の一人でも、いてもいいんじゃないかと思ったけど。

 僕は周りからのイメージ故か、冗談を冗談だと捉えてもらえない事が多い。真面目で、勉強ばかりしてる人間だと思われているんだろう。

 海外留学という事で、今までの事を思い出しながら歩いていると、目的の場所が見えてきた。クラスメイトの家でやるという事は聞いていたけど、僕が想像していたよりも広いみたいだ。騒いでも、怒られたりしないのかな。


「ふぅ………案外遠いものだね」


 僕の名は天童紫苑。いつか生命の根源と魂の在り処を解き明かす事を夢見る、周りから思われているより案外普通で、みんなが思っているよりも少しだけ大きな夢を持っている、ただの18歳の少年だ。













 激励会が終わったころには既に夜も更けた頃だった。正直、自分でも驚くくらいにはしゃいでしまった気がする。大声を出すようなことはなかったけど、クラスメイトに「そんな風に笑うんだね」なんて言われてしまった。少しだけ気になる言い方だった気がするけど。

 今の僕は、施設への帰り道を歩いていた。クラスメイトの誰とも帰り道は被らないから、今は一人だ。夜中の街を、テレビや新聞に挙げられた僕が一人で歩くなんて危険だと思うけど、まだ深夜という訳ではない。周りには普通の通行人だっているし、そう簡単に誘拐なんて起こらないだろう。そう、思ってたのだけど。

 突如夜の街に鳴り響く銃声。僕が疑問に思うより先に、銃弾は僕の右肩を捉える。


「っ………!」


 地面に飛び散る僕の血液。周囲の人間は悲鳴を上げて逃げ惑う。こんな時でも、僕は大声を上げる事はないみたいだ。右肩を抑えて、発砲音が聞こえたビルの上を見る。暗くてよく見えないが、一瞬だけ街の光を反射して、何かが光った気がする。

 僕はすぐに走り出す。当然一直線に進むのではなく、不規則にジグザクに曲がりながら。再び発砲音が聞こえるが、銃弾は僕の足元に着弾する。

 いくら銃とは言え、動いている的に百発百中なんて言うのは、類稀なずば抜けた才能を持つ人間か、アニメかのどちらかだ。発砲音が街をつんざ くが、僕はなんとかそれに命中することなく曲がり角を曲がる。

 けど、恐らく終わっていない。多分だけど、日本で銃を使う人間がただの犯罪者だとは考えにくい。それに、相手は確実に僕を狙っている。どこかの犯罪組織なのだろう。


「恨みを買うような事をした覚えはないんだけどね………!」


 右肩からは血が止まることが無い。けど、まだ致命傷ではない。早く帰って適切な処置をすれば、命には関わらないはずだ。

 その瞬間、発砲音と共に僕の左足に激しい痛みが走る。


「ぐっ………!」


 バランスを崩して倒れる僕の体。間違いなく左足を撃たれたようだ。さっきまで外してたくせに、急によく足なんて当てれるね。もっと当てやすい場所だってあっただろうに。胴体とか。

 心の中で愚痴をこぼす僕をよそに、数台の黒い車が僕の傍で止まる。なるほど、やっぱり組織関係だったみたいだ。車からは、数人の男が出てくる。その顔は全員同じマスクをしており、明らかにまともではない。


「ははっ………僕を狙ってどうしようっていうのかな?言っておくけど、身代金なら期待しない方がいいよ。生憎と、まだ裕福なわけじゃないからね」

「………」


 男の一人が銃を向ける。僕は銃に詳しい訳じゃないけど、それってマグナムっていうんじゃなかったかな。手負いの人間へ止めとしては、些か過剰な気がするのだけど。死ぬ直前だというのに、呑気な事を考えている僕に、恐怖の感情はない。

 生きたいっていう思いは勿論あるはずだけど、取り乱すっていうのも良く分からない。無言で銃を見る僕に、男は容赦なく引き金を引いた。












 真っ白な世界。いつの間にここにいたのかも分からないけど、僕は何もない純白の世界にいた。もしかして、ここが死後の世界なのだろうか?


「………興味深いね」


 僕の夢は、いつか生命の神秘を解き明かす事だ。命を解き明かす過程には、必ず死という物が隣り合わせであり、僕の課題の一つだ。僕の体はそのままのようだけど、人が死んでも死後の世界では元の人格なのだろうか?それとも、ここはまだ死後の手前………いわゆる三途の川のような場所なのか。


「………さて、ここを調べることも重要だけど………まずは、僕が本当に死んだのかを確かめないといけないね」


 そんな時、僕の目の前に一つの光が現れる。唐突な出来事に少しだけ驚くが、それ以上に興味が湧いた。その光に近付く僕。その光に手を伸ばせば、僕の頭に何かが流れ込んでくる。それは、言葉では言い表せない何か。どこかの光景のようにも思えるし、何かの音、何かの色。様々な情報が入り乱れる中、少しだけ分かったことがあった。


(記憶………?意思………?そうだ。これは、誰かの記憶なんだ)


 、誰かが見た物。誰かが聞いた音、誰かの感情。それらが抽象的に、僕に流れ込んできているみたいだ。そして、最後に流れてきたのは、誰かの願い。


『………君ならば、私達の悲願を叶えられる。この世界の全ての未知を解き明かす私たちの夢を、どうか受け継いでくれないだろうか』


 今までの物とは違う、はっきりとした情報。流れ込んできた記憶を整理する限り、恐らく『彼ら』とは僕がいた惑星の住人ではないのだろう。

 転生。その言葉を、僕は知っている。古来より、死した人の魂は輪廻にて回帰し、時代を超えて再び転生するという考え方があった。恐らく、この考え方自体は聞いたことがある者は多いはずだ。

 『輪廻転生』。だけど、彼らの世界に僕が行くと言うのは、またそれとは少し違うように思えた。意外だと思うかもしれないが、僕は転生について肯定的な意見を持っている。人の魂の在り処を解き明かすうえで、それに関連する全ての可能性を否定することは、新たな発見を否定してしまう事になるからだ。

 けど、時代を超えて生まれ変わる転生という現象ならば。所謂、異世界という場所への転移も可能なのではないかと思えた。

 そう考えると僕は興味が湧いてくる。元々このまま死ぬ予定だったはずだ。転生したところで誰も咎めることは出来ないだろうし、僕の研究の続きはそこでも出来るはずだ。


「………うん。任せて。君たちの意志は、僕が受け継ぐよ」

『………感謝する。あぁ、これで………』


 その言葉の続きが最後まで僕の耳に入る前に、僕の意識は遠のいていく。まぁ、重要なことは恐らく彼らの記憶の中にある。

 ただ一つ理解しておかねばならないことは、僕は新たな人生が始まるという事だ。













 ゆっくりと目を覚ます。見知らぬ天井。どうやら、どこかのベッドで寝ていたらしい。もしかすれば、あの出来事は全て夢で、ここは病院なのだろうか。

 僕は体を起こす。だが、周りには誰もいないどころか病室だって言う雰囲気もない。日本らしくない作りで、机やタンス、棚などが置かれてる普通の寝室。やっぱり夢ではなかったようだ。

 ふと、ベッドの近くにあった姿見が目に入る。ベッドに腰を掛ける僕の姿は、あちらにいた頃とは全く似ても似つかないものになっていた。

 白髪のパーマが掛かった短髪。緑の瞳と、それなりに………いや、かなり整った顔立ちをしているようだ。なるほど、これが僕の新しい身体か。

 それを理解すると、僕はベッドから立つ。そして、カーテンを開けてその先にある窓を開く。その時、僕に衝撃が走った。


「………」


 見える。広がるのは、広大な丘。広がる草原に、流れる小川。けど、僕の目には、その本質が見えていた。草木に宿る生命、太陽から降り注ぐ光の粒子、そよ風の流れ、水の流動。この星の鼓動すらも、僕の目には映っていた。僕が今まで理解していたことなど、世界の極一端であったことを知った。

 今の僕なら出来る。僕が夢見た、生命の神秘を解き明かす事だって。彼らの悲願である、全ての未知を解き明かすことだって。そのための力は、今手に入れたんだ。


「僕なら………」


 自分の手を見る。『錬金術』。魔法が当たり前だと言うこの世界で、万象の解明に近づくための、彼らの歴史。『火の権能・ロア』、『水の権能・ハウラ』、『地の権能・メイア』、『風の権能・リード』、『空の権能・シアトラ』。

 五人の『権能』と呼ばれた大魔法使いが、その生涯を費やしても叶えられない願いを途絶えさせないために、僕の体を作った。その悲願を叶えられる、誰かが現れるのを願って。僕の身体には間違いなく彼らの情報が入っている。そして、彼らの持つ知識も。

 僕は、全ての知識を司る者。新たな『権能』であり、これから全てを解き明かす者だ。





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