第十一話 天



 テオドールの修行も終盤に差し掛かった頃。


 マクシミリアンは新規に加入した回復魔法使いのメイアを伴い、クランの拠点となっている酒場の、最奥にある部屋を訪れた。


 幹部の前に立った彼は冷たい声色で、割り振られた依頼の顛末を報告する。


「依頼は完了した。何事も無くな」

「おう、お疲れさん」


 彼らはテオドールの脱退を巡る乱闘をした翌週から、地域で最大手のクランに正式加入しており、傍目から見れば順調に出世街道を歩んでいた。


 成長には目覚ましいものがあり、野良でやっていれば習えないような秘伝や奥の手も学び、3ヵ月前から比べて大きく力を伸ばしている。


「連携にはもう慣れたか?」

「問題ない」

「そうか、それは何よりだ」


 テオドールが抜けた代わりに加入した、回復役のメイアと弓使いのクラリッサも有能だ。


 手傷の回復が受けられることによって前衛の継戦能力が上昇したことや、後方支援が手厚くなったことも戦力の増加に一役買っていた。


 つまりマイナス方面の影響は、パーティの空気が悪くなったことだけだ。


 特にマクシミリアンは感情を表に出さなくなったが、彼は笑みを見せることもなく、さりとて怒りを表に出すこともなく、粛々と仕事を続けていた。


「しかしお前さんは、もう少しこう……愛想良くならないもんかな? ほら、俺みたいによぉ」

「そうね、これでも一応上司なのに」

「一応は余計だ」


 彼が話しているのは、辺り一帯を取り仕切っているクランの幹部だ。

 二の腕から頬まで続く蛇のタトゥーを彫った男で、ボリスという三十絡みの男だった。


 こけた頬とギラついた瞳が特徴の男は、鋭い目元と口元を和らげながら、冗談を交じえてマクシミリアンに応対している。


 雰囲気を和らげるためメイアもそれに乗ったが、当のマクシミリアンは表情一つ変えずに返した。


「馴れ合いはご法度はっとだろう。与えられた任務は全てこなしている」

「そりゃあまあ、そうだけどなぁ……」


 狭き門を潜り抜けた先にも競争があり、活躍が芳しくない人員や、成果の上がらないパーティはクランから切られていくのだ。


 もちろん組織として協力体制を取ることは前提で、後進の育成なども組織内での評価に関わるが、必要以上にウェットな関係を築き、愛嬌を振りまくことはない。


 そんなマクシミリアンの主張に、ボリスは呆れたように笑った。


「まあいいさ。お前は有能だから、多少跳ねっ返りだろうとな」

「チームの成績でも、ノルマは超えているはずだ。このクランを……赤い群狼レッドウルフの名を汚すようなことは何もしていない」


 調子が悪ければ人員入れ替えなどの梃子てこ入れが入るが、これ以上の加入や脱退を続ければ、他のメンバーが暴発しかねない。だからこそマクシミリアンは、順調にやっているため変更不要という面だけは強調した。


 この取り付く島もない言い方には、ボリスも苦笑しながら手を振るしかない。


「分かった分かった。次の依頼は遠方だから、帰ってゆっくり休め」

「了解した。では、俺はこれで」


 まだ用があるというメイアを部屋に残して、マクシミリアンはきびすを返した。


 クランに忠誠を誓っているとは思えず、先輩や幹部を敬っているとも思えない不遜な態度のまま、彼は淡々と去っていく。


「もう少し従順なら助かるんだがな……。おう、依頼先での様子はどうだった?」

「お客様への対応は紳士的よ。時期までは読めないけど、戦闘面ではもうじき開花というところかしら」


 傍で戦いぶりを見ていたメイアは、冒険者歴8年のベテランだ。歳はまだ25と若いが、大手戦闘集団の幹部候補としても名が上がるほどの実力者であり、見る目は確かだった。


 若手の指導員から高評価を受けていると知り、マクシミリアンの引き抜きを主導したボリスは口角を釣り上げる。


「ふーん。更なる成長と進化に期待ってところか。よしよし、いいじゃねぇか」


 マクシミリアンの持つスキル《重戦士》は、戦闘系スキルの上位互換である《戦士》の、更に上位互換である当たりスキルだ。


 絶対数が少なく、世に出回りにくいレア物を直属の傘下に加えられたとあって、この点ではボリスにも不満は無かった。


 しかしマクシミリアンを引き入れるために、抱き合わせバーターでパーティごと勧誘したが、この点で彼に許せないことは2つある。


「お呼びですか、ボリスさん」

「ようドニー。機嫌はどうだ」

「まあまあです」


 マクシミリアンが酒場から去ると同時に、ドニーが呼び出された。


 調子を尋ねられた彼は普通に返事を返したが、マクシミリアンの時と違い、ボリスの目は一切笑っていない。


 彼はおもむろに椅子から立ち上がると、ゆるゆると歩いてドニーの前に立ち、腹部を思い切り蹴り飛ばした。


「まあまあじゃねぇんだよ、ダボが!」


 逆らえば除名処分まで考えられるため、ドニーに抵抗は許されない。

 ボリスは数発足蹴あしげにしてから、這いつくばる彼の髪を掴んで引き起こした。


「おう、俺がやった仕事はどうなった?」

「駄目でした。マクシミリアンに、異動する気はありませ……ぐあっ!?」

「その気にさせるのが、テメェの仕事だろうが!」


 一発頬を張り、ボリスは更に声を荒げた。

 彼が許せないことの1点目は、計画の一部が上手くいかないことだ。


 まずマクシミリアンについて言えば、彼を引き入れた後は元のメンバーと引き剥がして、ボリス肝入りのパーティに移籍させる予定だった。


 シャーロットの《魔法使い》や、ニコラスの《騎士》などは代わりがきくため、部下にいてもいなくても構わない。

 その気になればいつでも切れる体制で、キープしておくつもりだったのだ。


 何くれとなく優遇したマクシミリアンだけが、愛着を感じて残ってくれればいい。

 それが当初の、ボリスの計画だった。


 だからこそ彼がどんな態度であれ、ボリスは笑って許す。


「あいつは掌中しょうちゅうたまってやつなんだよ。分かるか? 将来のエースになることを期待して、大事に育ててる最中なのよ」


 有能であり、自らの力になるならば、個人的な感情など二の次三の次だ。

 だがそれはひとえに、マクシミリアンが有望だからこそ取る態度だった。


「……だから絶対に失敗すんなって、俺は言ったよな?」


 いずれは成長して、一廉ひとかどの人物になると見ているからこそ、懇切丁寧にしているのだ。

 目前に転がる男はそうではないと、ボリスは扱いに天と地ほどの差を付けていた。


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