始まってみないとわからない


 美沙さんがうちの陸上部に、マネージャーとして来るかもしれない。


 女子はマネージャーが各学年一人ずついるだけの我が陸上部にとって、かわいい女子は死活問題なのだ。美沙さんが来てくれたら、全員小躍りしかねない。


「修也君のジャージがいつも汗の匂いがしてたけど、やっぱり運動部だったのね」

「昇太君の方は全然そんな事無いから、ちょっと面白い」


 インドア派の昇太は昔から全然汗をかかない。

 洗濯も二人に任せてしまっている手前、迷惑をかけていることを自覚させられる。


「うちの陸上部、男ばっかでむさ苦しいし、割とこう……気まずい話も普通にしちゃうようなところだけど、それで良ければ来てほしい。悪いようにはしないから……」

「わざわざありがとう。考えとくね」


 俺の言葉に、美沙さんの顔がわずかに笑う。

 本当に、誰が見ても可愛いと思うような顔だ。


「美菜さんは?」

「吹奏楽部よ」

「そうか。うちの吹奏楽、結構コンクールとかでも賞取ってるんだよな」


 昇太がつぶやく。なんでも顧問を務める音楽の先生が相当やり手、らしい。


「どんな感じとか、ある?」

「う〜ん……わからんなあ。あそこはほぼ女子だから、悪いようにはならんと思うけど」

「いやあ、どうだろう。実は中身がギスギス、ってのは小説じゃお決まりのパターンだけど」


 俺がポジティブなことを言ってるのに昇太、怖がらせるんじゃない。


「まあ、心配しなくて大丈夫だよ。幸い、うちの中学校はこのへんじゃ治安良いから。そんな問題も起きていない」

「二人なら嫌われるようなこともないと思うよ。僕が保証する」


 昇太はしれっと何を言ってんだ、無責任な。


「あんな可愛くて性格も優しい二人が、まずいことになるわけないだろ」

 昇太が俺だけに聞こえるように囁く。……まあ、それは否定しないけどさ。


「それよりも、美沙さんが陸上部行ったら、よろしくな」


 まだ本人も決めてないのに、昇太のその言葉は何なんだよ。


 でも昇太が部活の話を振ったのは助かった。思えば、学校の話をまだあまりしてなかった気がしたのだ。


「学校、他になんか不安なこととかないか?」


「前の学校と環境が違うとかはあるけど……」

「でも、それは全部受け入れて来たつもり」


 俺の質問に答える二人の目からは、不安や迷いを感じられない。


 四つの大きな瞳が真っ直ぐ俺に向けられ、むしろこちらが少し緊張してしまう。


「……修也、心配し過ぎだよ。こういうのは、実際に始まってみないとわからないんだ。……僕らの同居と同じように」


 ――そういうものなのかな。

 昇太の言葉に、俺は考えることしかできなかった。


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