ワールド・ゲーム ~ある日、全人類が能力を得た。俺の能力は最弱、かと思ったら最強でした!?~

@hiiragi_toshi

日常は唐突に終わった

 冬の夜の街。静寂の中、街を駆ける足音が響いている。

 俺は痛みに耐え、全力で走る。

 追われている。

 なんで、こんなことに――


 ヒュッという風切り音と共に、何かが飛んできて、体の左の空間を抜け、アスファルトに当たったようだ。カーンという音が響く。

 ドライバーが生えた右肩が焼け付くように痛い。なぜ追われているのか、何が起こっているのか、何もわからない。


 30分前。夜の街を歩きながら、俺は絶望していた。

(不思議な力は欲しかったよ……でもさ、人類全員もらえるってなんだよ。特別じゃない上に、これだぜ……)

 右手がぼんやりと光る。


「何か起これ……!」


 光が大きくなった。以上。懐中電灯かよ。

 7日前、12月25日の夜23時37分、何の前触れもなく全人類が授かったと見られている、不思議な能力。

 この能力は、いち早く概要を表明したアメリカに倣った形で、アビリティ、もしくは単に能力と呼ばれている。


 アビリティは一人一つ。多種多様で、その仕組みも原理も解明されていない。


 多くのアビリティは、漫画や小説でよく見られるような特殊能力と比べると大したことないようだ。しかし、手が光るは酷い。最弱じゃないか?


 メディアでは、様々なアビリティが紹介されていた。常人の約10倍もの筋力を発揮できるアビリティ。探しものの位置を指し示すアビリティ。空を飛べるアビリティ。空を飛べるアビリティなんて、保持者は同い年のイケメン俳優だ。世の中不公平だ。空飛びたい。


 メディアでは同時に、別の一面も報道していた。全人類が特殊な能力を身につける。それが何を意味しているか。


 一言で表すと、混沌。世界的に、アビリティを利用したと思われる犯罪が多発している。窃盗、器物破損、果ては殺人、通り魔、要人暗殺。


 また、悪意がなくても、意図せず事故につながってしまうこともある。俺が借りている賃貸アパートの向かいの家も一昨日火事で燃えた。噂によると、2歳の男の子が発火のアビリティを使ってしまったようだ。幸いけが人は出なかったようだが、発火て。強い。


 そんなわけで、世の中大変物騒なのだ。警察も増え続けるアビリティを使った犯罪に全く追いついていないようで。自衛隊も動いているようだが、焼け石に水である。


大学も臨時休講になり、暇になった俺はネットでニュースを追っている毎日だ。


 今日は、食料品の買い出しのために仕方なく家を出た。非日常。俺が常日頃から求めていたものだが、実際に命がかかるような出来事に巻き込まれたくはない。歩く行為ってリスク高いな。自転車欲しいな。てか空飛びたいなあ。


 閉まっている店が多い中、海岸沿いでなんとか明かりが付いているコンビニを見つけ、食料を買う。缶詰など保存が効くものは殆ど残っていない。菓子パンとおにぎりを買い、店を出る。


 アビリティの検証について考えながら海岸沿いを帰路につく。

 人が、どのようなアビリティを持っているか?誰かが内容を教えてくれるわけではない。そういうアビリティ持ちもいるという噂はあるが。

 どのような条件で、何が起こるのか。各々で検証する必要がある。

 アビリティは、大きく分けて3つの分類に分けられるらしい。


 一つは、ものに作用するアビリティ。何かに触れるか、目で見て念じる。

 一つは、生物に作用するアビリティ。自分や他人に念じる。自分と比べ他人には作用しにくいらしい。また、哺乳類以外には作用しにくいという噂も聞く。

 一つは、空間に作用するアビリティ。空間に念じる。対象となる空間が狭いほど効果が大きくなるらしい。


 大雑把すぎるので、研究が進めばまた分類も変わると思う。俺も様々な検証をしてみたが、右手が光るのみだ。動画サイトでは、辺り10mほどを明るく照らすアビリティが投稿されていた。上位互換かよ。


 条件次第で、右手からビームが出たりしないだろうか。


 そんなことを考えていると、突然、ヒュッという音が聞こえ、右肩に殴られたような衝撃が走った。


「ッッ――」


 え、い痛い痛い痛い――

 右肩を見ると、銀色の金属が生えていた。まるでドライバーのようなものが、いや、ドライバーが、後ろから、貫通して――


 身体のバランスを崩し、地面に膝を付く。

 同時に、またもヒュッという音が聞こえ、今度は頭上を通り過ぎて行く。今、姿勢が変わっていなかったら――

 とっさに飛んできた方向を見ると、黒いつなぎのような服を着た男が、ポケットから何かを取り出し、手をこちらに向けて――


(まさか、ね、狙われ――おいおいおい――)


 右肩が強く痛むが、それどころではない。今いるのは見晴らしの良い一直線の道路。

 痛みをこらえ、民家のある方に夢中で走る。

 できるだけ、障害物を、盾に――

 ヒュヒュッ、カンという音が何度か聞こえた。

 またも、ドライバー?を何らかの方法で投擲されているようだが、幸い、外れたようだ。


 しかし、後ろから男の走る足音も聞こえる。追ってきている。

 ちらほら見えてきた民家に近づき、叫ぶ。


「た、助けてくれ! 襲われ――」


 その瞬間、左足に強い衝撃があり、倒れる。強い痛み。

 上体を起こし、左足を見る。ふくらはぎに、ドライバーが突き刺さっていた。


「ッッ――」


 コツ、コツと、男の足音が聞こえる。いつの間に、目の前まで迫っていた。

 呆然と男を仰ぎ見る俺に、ナイフのようなものを向けて――

 一縷の望みをかけ、右手を伸ばし、念じる。

 こういうとき、俺の好きな漫画や小説であれば、チート能力が発動して、状況は一変する。


(――ふ、吹き飛べ!)


 光った。いつもより強い、あたり一面を照らす光が起こり、2秒ほどで消えた。

 それ以外は何も起こらなかった。夜の静寂が戻る。

 あ、終わった――


 男は、強い光に一瞬身構えたようだが、何も起こらなかったことを認識すると、再びナイフを向けた。

 走馬灯が見え隠れする中、それでも何かに期待して右手は前に出して――

 次の瞬間、ドンという鈍い音が聞こえ、男が横に倒れる。


 光以外のアビリティが発動した――じゃない。人だ。


 眼前には、黒髪ショートの女性がいた。女の子、と言っていい年齢に見える。十代半ばぐらいだろうか。

 女の子が、急に現れて、男にタックルした?頭が追いつかない。


「逃げましょう!」


 女の子が俺に向けて言っている。さらに、上体だけ起こしている俺に抱きついた。


「な、なん――」


 良い匂いがして、次の瞬間、景色が変わった。


(――え?)


 先程までいた、道の真ん中でなく、三方向に塀が見える。どこかの民家の――敷地内?

 女の子は、抱きついた状態から体を起こすと、


「急にすいません! 私のアビリティで、短距離を瞬間移動できます。後で説明しますが、今はここを離れないと――」


 瞬間移動?


「あ、ありが――」


 お礼を言い切る前に、走る足音が聞こえて、近づいてきていて――


「なんですぐ位置が――また移動します!」


 女の子はそう言うとまた俺に抱きついて、また景色が変わった。

 別の民家の――庭のようだ。シャッターがしっかり閉まっており、住民の気配はない。

 急展開すぎる。


 女の子は、肩で息をしていて、


「す、すいません、もう――自分以外の人との移動は――体力が――」


 そして、急に倒れる。慌てて、肩を支える。

 気を失ったようだ。

 女の子は、俺を助けようとしてくれたのだ。


 黒つなぎの男にタックルし、俺を連れて瞬間移動し、そして、アビリティの使いすぎなのか、気を失った。


 女の子を静かに寝かせる。


 警察に連絡しよう。うまく動かない右手の代わりに左手でスマホを取り出し、電話をかける。


 肩の怪我のせいか右手がうまく動かず時間がかかる。また、電話がかかっても、すぐは繋がらず、呼び出し音が続く。


 肩を見る。どこにでも売っていそうなプラスドライバーが貫通している。ドライバーが、刺さるか?普通に考えたら刺さるはずがない。何らかのアビリティなのか。


 痛みが酷いが、抜かないほうが良いのだろうか。

 警察に電話が繋がった。襲われている旨と、助けてくれた女の子が気を失った旨を伝え、救急車の手配を依頼する。


 そのとき。コツ、コツ、と何度か聞いた足音がする。警察は、間に合わない。

 ギィと門扉をあける音がする。やはり、黒いつなぎの男だ。

 男は、俺と倒れている女の子を見比べ、女の子にナイフを向けた。


「やめろ! 俺を狙ってるなら俺だけに――して、ください」


 声がうまく出ない。


「お前は次だ。俺が一位になる」


 男はよくわからないことを呟くと、目の前に持っていただけのナイフを、振りかぶりもせずに、バネでも付いているかのように発射した。立ち塞がろうとするが、右足が踏ん張れず間に合わない。直線的に飛んでいき、女の子の胸部に刺さ――


「やめろおおおおおお」


 右手をかざし、光って――

 ナイフが、止まった。


(止ま――)


 とっさに、男にも右手をかざす。

 男も、止まった。

 こちらを見て、もう一本のナイフを取り出そうとしていた。


(俺が、止めた、のか?)


 急に、猛烈なだるさに襲われた。


(逃げ、ないと、女の子を、連れて――)


 パトカーのサイレンが聞こえてくる。

 サイレンを聞きながら、気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る