第11話:テレワークと恋愛脳
俺はバンライフでも仕事をしている。会社に所属していてテレワークなんだけど、週に一度は出社する必要がある。そういう意味では、全国どこにでも行ける訳ではない。
「JK、今日の9時から1時間くらいはオンライン会議だから、後ろに映り込まないように大人しくしておいてくれ。タブレットでゲームでもしててくれたら助かる」
「……はい」
JKはちょっと暗い顔をした。
1時間放置されることに対する不満だろうか。
「ゲーム嫌いだった?」
「いえ、好きです。好きなのをインストールしていいですか?」
「ああ、もちろん」
タブレットにはSIMカードが入っているし、車内にはWi-Fiもある。テレワークをする上で電源とネット環境は必須なのだ。
ちなみに、電源はポータブル電源、ネット環境は使い放題のポケットWi-Fiだ。
それにしてもさっきのJKの反応が少し気にかかる。ゲームをしていいって言ったのに少し暗い表情をした。
ゲームが分からないのかと思ったら自分で好きなのをダウンロードするくらいにはネットゲームのことを知っているみたいだった。
色々チグハグだが、お互い知っていることなんて限られている。この子とはその程度の関係。それ以上踏み込まない。けっして「こちら側」には入れないのだ。
あくまでお客さん。お宝を見つけるまでのクライアント。俺の中で彼女の立ち位置を再確認した。
その後、念の為タブレットの使い方を説明してアプリのダウンロードなど確実にできたことを確認した上で仕事に入った。
◇
「おはようございます」
『『おはようございます』』
俺はいつものように運転席に座っている。ハンドルに台を固定してノートPCを設置したら準備は完了。
なお、運転席のすぐ後ろのカーテンは閉めているので、後ろの空間でJKが遊んでいてもカメラには映らない。
声も大きな声を出さなければマイクで拾うことはないだろう。
テレワークにおける会議はオンラインとなる。言ってみればテレビ電話。1対多のテレビ電話。
普段なら狭い車内で話していてもなんら気にならない。でも、後ろにJKがいると思うと意識してしまう。
人の意識が視覚化できるとしたら俺の頭から矢印が彼女に向かって伸びているだろう。
『今日は田所さんのところで例のクライアントさんの分のABテストね』
女性の部長が今日の予定を確認する。朝の恒例行事だ。
彼女の名前は鴻崎さん。まだ20代ながら仕事ができる。全体を把握したり、それぞれを追いかけたり柔軟に対応できるし、年上の部下も20代という若さをうまく利用して時に甘えたり、逆に上司として厳しくしたりできる切れ者中の切れ者だ。
しかも顔が広いらしく、新規の顧客を何件も獲得している。新規のお客さんを引っ張ってくる上に人の使い方が上手い。そりゃあ出世するわけだよ。彼女の日常をマンガにできたらきっと面白い話になるだろう。
しかし、見た目に問題がある。美人ではあるが髪をシルバーに染めてるし、カラコンだと思うけどシルバーの瞳をしている。あれは社会的にどうなのか……。
まあ、いいけど。
『田所さんは、くれぐれもテストプロを間違えて本サバにアップしないようにね』
『わかってますよ、部長〜』
田所とは同年代の社員だけどいつも調子がいい。ケアレスミスも多いので部長はちょくちょく釘をさしている。
それでもミスは減らないので彼の個性とも思える。
身内と考えたら頭にも来るのだろうけど、俺の中では彼らは「会社の人」という意識。「こちら側」の人ではない。だから、冷静に対応できる。
『
「じゃあ、午前の予定を変更して会議が終わり次第行ってみます。11時には着くと思います」
『一応、コンセントが抜けてないかとかは聞いてみたんだけど、そんな初歩的なミスはしませんよって担当者さんが不機嫌になってたわ』
冗談みたいだけど、そんなミスで問題が起こることもある。
「じゃあ、担当者さんを刺激しないように確認してみます」
『お願いしますね』
パソコンの電源が入らないというのは本来SEの仕事ではない。でも、接客業の要素もあるので訪問することになる。
現場に行くのを引き受けているので俺がテレワークでも良いと許可してもらってる条件でもある。
だから予定は常に変わるので計画通りに進まないことが多いのが俺の仕事。朝決めた仕事をこなしていくのが好きな人には向いてない仕事と言える。
『じゃあ、次に進捗だけど……』
この辺りからは主に各社員から部長への報告だから半分聞き流して俺は今日の予定を組み直す。まあ、組み直してもまた変わると思うけど。
納期が決まっている仕事もあるので、予定が変わっても納期が守れるかをチェックしていると言ってもいいな。
営業は数字に追われるのだろうけど、技術は納期に追われるものだ。のんびりした仕事には憧れるけど俺の周りにはそんなものはない。
『じゃあ、今日も一日よろしくお願いします』
「よろしくお願いします」
会議が終わった。
「ふーっ……」
Zoom(通話ソフトの名前)の接続を切り一息つく。
「さっきのきれいな人、誰ですか?」
覗いてたんかーい!
「ボスだよ。俺のボス、鴻崎さん」
「ガツさん、随分信頼されていました。きっとガツさんのこと好きです」
そりゃあ、面倒事を一言頼んだら解決してくるんだから好きだろうよ。部下として。
「あー、ガツさんもまんざらじゃない感じですか?」
「なんでも恋愛に結び付けるなんて思春期か! ああ、思春期か」
むしろ真っただ中だった。
「ふーん、いいですよー、もう。私なんか子供ですから!」
たしかに。俺の半分しか生きてないとか……。子供って言うか、俺の歳を実感させられる。
「どこか行くんですか?」
話題を変えるようにJKが尋ねてきた。
「クライアントさん……お客さんのところにね。この車で行くし、多分すぐ終わるから車の中でゆっくりしてていいよ」
「女の人ですか?」
うるさいな。この、恋愛脳め。
「男だよ。40代くらいのおっさん」
「そうですか」
ちょっと嬉しそうなのはなぜなのか。
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