第10話:何もできないJKはお嬢様?
車内の内寸は1420ミリ。つまり、約1.4メートル。ダブルベッドの幅が1.4メートルなのでそのくらいの広さと考えたらいいだろう。
要するに、素性もよく知らないJKと34歳のおっさんの俺がダブルベッドで一緒に寝るのだ。気があるとか無いとかじゃなくて、意識しない方がどうかしてるだろう。
横を見るとJKは全身ピンクのもこもこ(ナイトウェア)で可愛いし、フードを被るとうさぎの耳も付いている。線は細くて華奢な感じだし、近くにいるのでなんかいい匂いもする。
目を瞑っているJKは肌は白いし、まつ毛は長い。顔は整っていて、控えめに言っても美少女だった。
クラスでこんな子がいたら絶対に人気者になると思ったが、彼女が着ていた制服は女子高のものだった。
クラスに女子しかいなくても人気者にはなりそうだけどな。
外に出て彼女が見つかれば、謎の追手に捕まってしまうだろう。一般人に見つかったら俺は誘拐犯として警察に捕まるかもしれない。
俺がなにもしていなくても世間はおっさんにいいようにされたと勝手にレッテルを貼るだろう。そんなことになれば、彼女は精神的に追い詰められてしまうと思う。
彼女は誰にも見つかったらいけないのだ。
そう言った意味ではバンライフは逃亡に向いている。同じ場所にずっといないし、特定の人との交流もない。マンガやアニメのセオリーとして、意外な人が通報して捕まってしまう様なことはないのだ。
横で寝ているJKのすーすーという寝息が聞こえてきた。
よくこの見知らぬ おっさんと同じベッドで寝られるな!
俺はスマホを持ってなんどもコンビニのトイレに行って俺の中の賢者を呼びだした。
◇
翌朝、俺の努力と苦労の甲斐あって何事もなく朝を迎えた。
夜中の2時までは時計を見たのを覚えているので、俺は普段よりだいぶ夜更かしした。コンビニのトイレには3度行った。元気すぎだろ、俺。
「んー、おはようございます……」
なにも考えていないのか、無邪気にJKが目を覚まして挨拶をした。
「おはよう。よく眠れた?」
「はい。なんか、久しぶりにぐっすり寝ました」
そりゃあよかったな。
「あの……」
JKが起き上がりベッドの上に座って、少し恥ずかしそうに俺に話しかけた。
「ガツさんごめんなさい。実は……私、夜はやっぱりそう言うことになるんだろうなって思ってました。狭い空間で男の人と二人きりだし……」
ドキッとしたと同時に俺の中の罪悪感がむくむくと頭をもたげる。
「でも、横で寝てても『なにもされなかった』し、ガツさんってやっぱり『お父さん』だから、見知らぬ私とかでも『なにもしない』んですね。ガツさんって思った以上に『大人』で『いい人』ですね」
ぐぬーーーーーっ!
何度JKのピンクのもこもこ(ナイトウェア)の前のチャックを開けようと思ったか!
何度その上から胸を触ろうと思ったか!
何度抱きしめて全部奪ってやろうと思ったか!
自制するため何度コンビニのトイレに行ったことか!
人は無意識に暗示にかかることがある。「いい人ですね」と言われたらもっといい人に思われようとして、いい人として振舞てしまう。「顔色が悪いですよ」と言われたら、それまでなんともなくても、段々調子が悪いような気がしてくる。
人間とはそんなものだ。
これだけJKに「なにもしない」とか「いい人」とか言われたら、この先JKに手を出せる気がしない。いや、出さないけど。彼女は俺の半分しか生きていないひよっこだ。世間知らずのお子様なのだ。
ちなみに、そのお子様のせいで夜中に何度もコンビニのトイレに行くことになった自分の事は棚に上げている。
◇
俺達は近所の比較的大きめの公園の無料駐車場に移動した。少しだけ身体を動かして、目を覚ますつもりだ。その後、朝食を食べたら8時30分からはテレワークだ。
それぞれ着替えて、公園内を散歩した。
ここは川沿いの公園と言うよりはジョギングコースだ。朝は、犬の散歩をさせる人やジョギングする人がちらほらいる程度。
遊具がある小さな公園もあって、そこにトイレと洗面所がある。ここで顔を洗ったら、車に戻ってミネラルウォーターをティファールに入れてお湯を沸かす。
1分ほどで沸騰するので、その間にコーヒーカップにインスタントコーヒーを淹れる。その作業の間にお湯が沸くのでカップにお湯を注いだらコーヒーの出来上がりだ。
「ほい、コーヒー」
「ありがとうございます!」
2人分作ったのなんかこの生活をし始めてから初めてだ。彼女の分のカップだって昨日百均で買ったばかり。その前の日までなかった。
一息ついてから朝食を作る。パンやおにぎりで済ますことも多いけど、飽きてしまうので目玉焼きやベーコンエッグを作って食べることもある。
俺が昨日の夕飯同様にコンロを取り出し、フライパンも出したところでJKが意外な申し出をしてきた。
「ガツさん! 私が朝食を作ります!」
朝食と言ってもパンは買ってあるし、特に焼くつもりもない。そもそもトースターが無いし。
フライパンで目玉焼きを焼いて皿に載せるだけ。焦げ付かないアルミホイルを使えば少ししか油を敷かなくても焦げ付かない。
大きな失敗はないだろう。
「よし、頼むか」
「はい!」
JKがなんか嬉しそう。可愛い子がニコニコしているのはなんかいいな。
俺がコーヒーを飲みつつ朝のメールチェックをしている間に事件は起きていた。
焦げないアルミホイルを使っても、フライパンが焦げている! すごく焦げ臭い!
「どうしたJK!」
「い、いや! なんでもないです!」
見ると車内は鼠色の煙が充満している。慌てて窓をオープン! JKが慌ててフライパンを持ち上げるから……底が焦げた目玉焼きが宙を舞い、俺の頭に着地した。
「あっつ!」
「ごっ、ごめんなさい!」
3秒ルールが本当かどうかは分からないが、皿に移したので俺が食べることにした。見れば、焦げないアルミホイルがフライパンのサイズに対して小さいので生玉子がアルミホイルエリアをはみ出てフライパンに直接流れ込んでいた。
しかも、油を全く使ってない。その上、火が強い。とどめに味付けがされてない。
「……ご、ごめんなさい」
しゅんとするJK。
「はっはっはっはっはっ」
「そ、そんなに笑わなくても!……いいじゃないですか」
後半になる程、声が小さくなっていき、勢いが衰えていくJK。
「いや~、ごめんごめん。忘れてた。明日はちゃんと作り方を教えるから、またトライしてくれ」
そうだ、彼女はお嬢様だった。なんでも自分でするのが当たり前の俺とは違う。
「……怒らないんですか?」
「ケガとかもなかったし、事故にもならなかった。別に怒らないよ。ビックリはしたけど。くっくっくっくっ」
「もうっ! そんなに笑わないでください! ガツさん意地悪です!」
「ホントだ。ごめんごめん!」
二人して全然焼いてないパンに、焦げ焦げで黄身が破れまくった上に味付けが無い目玉焼きにケチャップやマヨネーズをかけて食べる俺達だった。
料理としては最低の味だったけど、笑いながら食べた食事は俺にとっていつ以来だったのか。
彼女が俺にとって特別な存在になるなんて俺はこれっぽっちも予想していなかった。
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