第36話 どんぶり
おいらどんぶり。
小さな食堂のどんぶり。
おいらのご主人様はおじいさん。
もう20年以上の付き合いかな?
俗にいう、脱サラして食堂を始めた。
定年までもう少しだったのにね。
昔からの夢だったらしい。ちょっと変わり者。
おいらはその時に買われたんだけど、なんだかんだと、兄弟は半分に。
10個いたんだけどね。おいらはその生き残り。ってこと。
でもちゃんと模様がついてるんだぜ?
雷文。っていって、よくあるグルグルってやつ。
ラーメンなんかによくある、あの模様。んで底のほうに、
「ありがとうございました。」って書いてあるのだ。
でもここではラーメン。じゃなくって中華そば。って呼ぶらしい。
勿論おいらはこだわるよ。中華そばだからね。
ま、ご主人様はどっちでもいいみたい。
でもご主人様とも今日で最後。
引退しちゃうらしいんだ。ちょっと寂しいけど最後まで付き合えてよかった。って思ってる。べつに捨てられちゃっても悔いはないかな。でも最後にもう一回中華そばしたかったな。
いつも中華そば食べに来てくれる男の人いて、最近はお子さんと一緒だったんだけどな。最後にあの親子に食べてもらいたかったな。
あ、そろそろ時間だね。お疲れ様。ご主人様。みんな寂しがってたね。
あ。あの親子来た。あれ?奥さん?も一緒?
ああ。奥さんが仕事で遅くなる時に、親子二人で食事に来てたのか。なるほどね。
お。旦那さんはとんかつ定食、奥さんは焼きサバ定食。お子さんは、
中華そばかあ。
熱いから気を付けろよ?レンゲ使ってスープをふーふー。
食べてれるか?無理すんなよ?
お。一番遅くなったけどスープ以外は完食だな?
よくがんばった。
え?旦那さん?おいらを持って、スープをズズズズー。
え?次は奥さん?これまたスープをズズズズー。
最後に少し残ったスープをお子さん、ズズズズー。
書いてあるのが見れたって?
ほんとうに「ありがとうございました」。だね。
ん?ご主人早々においらを引き上げて、ちゃかちゃかあらいだして、ふきふき。
おいらとその兄弟5人とも袋にいれて、なにやら紙と一緒に奥さんに渡した。
奥さん、がんばって作ります。っていいながらペコペコしてる。旦那さんは涙ぐみながらペコペコ。
お子さんはまたあのラーメン食べれるって喜んでる。
おいらはまだまだ現役続けれるみたいだね。
けどお子さん。
あれ、ラーメンじゃないからな。中華そばだからな。
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