第38話 勝敗
「んふっ! やっぱ蕎麦には天ぷらよね」
瑠衣は追加注文として天ぷらの盛り合わせを頼んでいた。
ここに来て天ぷらというより胃を圧迫するものを注文する瑠衣は大食い勝負を捨てたのだろうか。
「瑠衣ちゃん。そんなもの食べて大丈夫?」
大食い対決なのに自ら量を増やす行為を見かねた火乃香さんは怪訝そうに言う。
「大丈夫って何が?」
「何がって何が?」
「だからそんなものを食べたらもう食べられないでしょ。瑠衣ちゃんが天ぷら食べている間に雑賀さんが追い越しているよ」
俺は十五皿目に突入。そして瑠衣は十一皿で止まっていた。
「あぁ、大丈夫だよ。この追加があることで余計にお腹が空いちゃった」
「はい?」
すると瑠衣は再び蕎麦を啜った。
あっという間に一皿を完食。その後も蕎麦を飲み物のようにどんどんと瑠衣の胃袋に消えていく。
一体、どうなっているんだ。普通、油物を食べたら食べられなくなるはずだ。
それなのに瑠衣はその逆だ。先ほどよりもペースアップしている。
俺と瑠衣の差は縮まっていく。
「くそ。こんなところで立ち止まっていられるか」
俺はがむしゃらに蕎麦を啜る。
二十五皿、三十皿。三十五皿目に到達したところで俺の胃袋は悲鳴を上げていた。
「く、苦しい」
三十六皿目に入って箸が止まる。
口に運ぼうとする手が拒否していた。ついにはぽろんと手から箸が落ちた。
「雑賀さん。もしかして……」
「あぁ、どうやらこれ以上は限界だ。ギブアップさせてもらう」
「ということは……」
瑠衣も同じく三十六皿目に突入していた。これを食べきれば瑠衣の勝利となる。
「ちゅるり……」
最後の一本も口の中へ消えた。三十六皿目完食だ。
「瑠衣ちゃん。勝ち。やったね」
「すみません。追加の皿をお願いします」
瑠衣は勝利を果たしたにも関わらず追加を注文する。
「瑠衣ちゃん? 勝負は終わりだよ」
「まだです。雑賀さんに勝利したことよりも自己ベストはまだです」
「自己ベストって。まだ食べるの?」
「はい。店の最高記録は四十二皿ですよね? なら四十三皿以上食べるまで終われませんよ」
まだ行くのか。蕎麦以外にも天ぷらを食べつつ、更に店の記録まで塗り替えようとしている。
記録を更新したところで何か貰える訳ではないのに己の信念だけで瑠衣は箸を進めていた。
その後も天ぷらやサラダなど追加注文で騙し騙し食べ進めて四十二皿を完食した。
「並んだ。店の記録と」
「あと、一皿ですね」
余裕に見えるが、明らかに瑠衣の表情は辛そうだった。
満腹を知らないと言うのは嘘なのか。それとも食べることが疲れて来たのか。
どちらにしても残り一皿だ。
「最後の一口です」
瑠衣は噛み締めるようにその一口を口に運んだ。
「おめでとうございます。お客様」
瑠衣が食べきった直後、それを待っていたように店員たちがゾロゾロとテーブルの前に集まった。
「系列店最高記録を達成しました。記念に写真撮影をしてもよろしいでしょうか」
「はい。どうぞ、どうぞ」
瑠衣の周りに人が集まり、盛り上がりを見せていた。
蕎麦食べ放題最高記録保持者として瑠衣の名前は店で語り継がれることだろう。
「なんか貰っちゃいました」
記念に無料食事券五回分を手にした瑠衣は自慢するように見せた。
「よかったな」
「また来ましょうね。航輔」
「しばらく蕎麦は懲り懲りだよ」
「そうだ。私が勝ったんだから例の約束は覚えていますよね?」
ニヤリと瑠衣は不敵な笑みを浮かべる。
最初から内容が決まっていたようにまっすぐな目を向けていた。
「言うことを何でも聞く。だったな。分かったよ。約束は約束だ。それで何を聞けばいいんだ?」
「航輔。ちなみに私が負けていたらなんてお願いするつもりだった?」
「え? あぁ、ハッキリと決めていた訳じゃないけど、腹筋三十回とかスクワット三十回とかそんな感じのものを想像していたかな」
「つまらない内容ですね。せっかくなら相手が嫌がることをさせないと」
急に瑠衣のトーンが下がり、悪女の顔になる。
不穏な気配を感じる。
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