第36話 勝負
「火乃香さん。彼女は一体何者なんですか?」
「ちょっと変わっているでしょ。人の関係とか探るのが好きなのよ」
「いや、そうじゃなくて食欲ですよ」
「あぁ、そうだよね。ちょっと食べる方かな」
「ちょっとですか?」
ちょっとどころではない。フードファイターとして活躍できるほどの実力がある。彼女の胃袋はどうなっているのだろうか。
テーブルに並べられた追加の料理も数を減らしていく。
黒宮瑠衣の箸は止まることを知らない。苦しい表情は一切なくずっと美味しそうに食べている。
「あ」
一瞬、動きが止まる。ついに胃袋の限界か。来る時は来るのだろうか。
「先輩。醤油ありませんか? 寿司には醤油がないと」
「あぁ、ごめんね。今出すから」
調味料がなかっただけか。
それからテーブルの上にあった料理は何もなくなった。完食を果たしたのだ。
「フゥ。満足」
口の周りを上品に拭いてお腹をポンポンと摩る。よく食べきったものだ。
「瑠衣ちゃん。デザート食べる?」
「はい。いただきます」
まだ食えるのか。いや、デザートは別腹というし食べられなくもないのか。
綺麗な食べ方もあり、彼女の食事は見ていて飽きるものではなかった。
というよりもずっと見ていられる。
最早、成人男性以上の摂取量を取っている彼女は異常だ。
「あの、瑠衣さん」
「瑠衣って呼んでください。航輔」
「まだ食べようと思ったら食べられたりする?」
「そうですね。余裕です。というより私、満腹っていう感覚がよくわからないんです」
「分からないってお腹いっぱいって感覚くらいあるだろ?」
「それがないんですよね。不思議なことに」
「ない? じゃ、無限に食べられるってこと?」
「そうなりますね。食べられない時は噛むのが疲れたりする時かもしれません」
まじか。そんな人がいるとは不思議なものもあるものだ。
「雑賀さんも食べられる方なんですよ。ね?」
と、火乃香さんは俺をフォローする。
「えぇ、人並みには食べられると思いますが」
「へぇ、そうなんですか。今日はもう食べないんですか?」
「昼間に爆食して今日はもう食べられないんです」
「そうですか。私って大食いすると人に引かれるんですよ。航輔はこういう私って嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃないよ。見ていて気持ちいい。食べる女の子はありだと思うよ」
「そうですか。それは嬉しいです。どうですか? 今度、一緒に大食いしません? 私の実力はこんなものではないんですよ」
「ちょっと、瑠衣ちゃん。雑賀さんは彼女がいるって言ったでしょ」
「じゃ、先輩もどうです? 二人きりでなければ問題ないですよね?」
「それはそうかもしれないけど、ねぇ? 雑賀さん」
「俺は全然いいですよ」
「あれ? 彼女はいいの?」
「別に一緒に飯食うくらい浮気とは思いませんよ」
「それは雑賀さんからしたらそうかもしれないけど、彼女からしたらちょっと違うような」
「決まりですね。航輔。ただの食事じゃつまらない。だから勝負しません? どっちが多く食べられるか大食い勝負です」
「面白い。そういうのすごく燃えます」
「おーい。それはただの食事じゃなくなっているような」と火乃香さんはおいてきぼりになりつつ困惑していた。
「勝負するなら賭け事が大事です。私が勝ったら一つ言うことを聞いてくださいね」
「よし。受けて立とう。逆に俺が勝ったら一つ言うことを聞いてもらう」
「いいですよ。私、絶対に勝ちますから」
ただの食事が勝負に発展した。
「いつにしますか?」
「胃のコンディションを整えるために二週間後にしよう」
「分かりました。なら場所のセッティングは先輩に決めてもらいます」
「なんで私が!」
「よろしくお願いします。火乃香さん」
「なんで雑賀さんまで乗り気なんですか。私を間に入れないで」
「お願いしますよ。先輩。私の晴れ舞台を用意してください」
「はぁ、どうしてこうなるかな。どうなっても知らないからね」
「その時はその時ですよ。先輩」
火乃香さんは俺たちの勝負を見届けることとなり、話は盛り上がる。
そして二週間後。
俺は無敵の胃袋を持つ黒宮瑠衣と大食い勝負をすることになる。
俺の胃は万全を極めていた。
大食い対決は平日の昼間に行われることになった。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
こうすけ、お前勝てるのか?
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