第34話 招待


「雑賀さん! 雑賀さん。待って下さいよ」


 結衣菜はすぐに俺の後を追ってくる。

 それが分かっていた俺は通りにあったアパートの階段に身を隠した。


「雑賀さん。どこですか。待って下さいよ」


 俺の姿が見えないことで結衣菜は慌ただしく左右を見渡していた。


「雑賀さーん!」


 当てずっぽうで結衣菜は俺が走っていくと思われる方向へ駆け出した。


「ふー。何とか撒けたな」


 少し悪い気がしながらも俺は結衣菜が駆けて行った方向と逆方向へ歩き出した。


「このままお別れだな」


 結衣菜との接触はもうできない。そう自分に言い聞かせていた。

 自分が助けたことで惚れられてしまった。

 運命的な出会いに感じても俺にも既に決めた人がいる。

 それを覆すほど俺には度胸がない。

 逃げるように俺は自宅のアパートまで来ていた。


「はぁ……」


 モヤモヤが残りながら自宅のドアノブに鍵を差し込んだ時である。


「あ、雑賀さん。今、ご帰宅ですか?」


「火乃香さん」


 隣人の火乃香さんが両手いっぱいの袋を抱えながら鉢合わせした。

「丁度良かったです。一緒に鍋をやろうと思いまして食材をいっぱい買って来ちゃいました。退院祝いに一緒にどうですか?」


「あ、気持ちは嬉しいんですけど、実はもう満腹で……」


「あれ? どこかで食べてきたんですか?」


「えぇ、一応」


「そうですか。雑賀さんいっぱい食べると思って買いすぎちゃいました。流石に一人じゃ食べきれないし困りましたね」


 俺のせいで火乃香さんが困っている。

 そう考えると心苦しくなっていた。


「今から大食いの人を呼ぶのは難しいですし、どうしましょうかね」


「あ、あの。少しで良かったら食べさせてくれませんか? 食材を無駄にすることは俺も心苦しいですし」


「本当ですか? じゃ、すぐに支度します。準備ができたら呼びますのでそれまで部屋に居て下さい」


「はい」


 火乃香さんは嬉しそうに家に入っていく。

 成り行きで返事をしてしまったことに後悔した。

 何と言っても俺はつい、数時間前に山盛りの唐揚げを食べたばかりなのだから。


「少しでも腹を空かせるために筋トレするか」


 火乃香さんが料理の準備をしている間、俺は悪あがきをするように身体を動かしまくった。それでも満腹であることには変わらない。

 そして一時間後、火乃香さんは俺を呼びに来た。


「雑賀さん。準備できました。て、どうしたんですか? そんなにバテて」


 汗だくになりながら玄関に現れた俺に火乃香さんは困惑している様子だった。


「いや、ちょっと家の中を片付けていまして」


「そうですか。ずっと家を空けていましたものね。私も手伝いますよ?」


「いや、もう大体片付いてきたので大丈夫ですよ」


「もし困ったことがあればすぐに言って下さい。力になりますから」


「ありがとうございます」


「さぁ、いい感じに煮立ってきたのでどうぞ上がって下さい」


「はい。お邪魔します」


 俺は夕食に招待されて火乃香さんの部屋に入っていた。

 テーブルにはグツグツと煮た鍋が中央に置かれていた。

 1、2人前どころではない。5、6人前くらいはあるのではないかと思える量だった。


「豆乳鍋なんですけど、雑賀さん大丈夫でした?」


「えぇ、それは問題ないんですけど、凄い量ですね」


「鍋に入りきらなかったのでまだありますよ。あ、でも食べられなかったら残してもいいですよ」


 まだあるのか。正直食べきれない可能性の方が高い。

 それでも俺のために出された食材を無駄にするわけにはいかない。


「いただきます!」


「はい。召し上がれ!」


 熱々の鍋に俺は箸を構える。

 食べきってやる! そう息込んだ俺は一気に口へ掻き込んだ。


「あつ、あつ!」


「ゆっくりでいいですよ。食べ物は逃げませんから」


「いや、熱々のうちに食したい。すごく美味しいです」


「野菜切って鍋に入れただけですから私が作ったとは言えませんけど」


「それでも火乃香さんの愛情が入っています。美味しいです」


「そう言ってもらえて嬉しいです。雑賀さんの食べっぷりは見ていて気持ちいいですね」


 褒めてくれる火乃香さんだったが、しばらくすると俺の箸は止まる。


「雑賀さん? どうかしましたか?」


「いや、ちょっと満腹がきて……」


 鍋はまだ半分も減っていない。普段の俺なら余裕で平らげてしまうが、今日ばかりは厳しいようだ。



⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

ちょっとストック無くなって来ました。

毎日投稿限界かもです。

★★★でやる気を起こさせて下さい。

 

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