第36話 深夜の購買食堂
部屋に戻ると、扉の音で史織が目を覚ました。
「え、あ、ここは?」
「お、起きたかや?」
鈴鹿を見ても、まだ状況が呑み込めていないようだ。
「二人とも迷宮を出たら寝てしまったからの、ぬし殿がここまで運んだのじゃぞ」
「……ここは?」
「わしらの部屋じゃの」
「あ、寮の……」
そこまで言い掛けて、史織の腹の虫が派手に鳴った。
「あううう……って、今何時!」
「えーっと、23時過ぎだな」
「ああーーー、寮の門限過ぎてるーーーご飯も終わってるじゃん!」
「うるしゃーーい」
史織の声で、紅葉も目を覚ました。
なんか、二人とも寝起きが普段と随分態度が違うような気がするが、まだ会ったばかりだからな。
「って、ここどこですか?」
紅葉がまだ半分寝ぼけた感じでのっそりと起き上がった。
いちいち説明していると時間がかかるのと、二人ともお腹が空いているので購買食堂へ誘ってみる。
「えっ、こんな時間に食堂開いてるんですか?」
「購買食堂とコンビニ、それに買取窓口は24時間営業だそうだ。こんな時間でも迷宮に入るのがいるらしい」
風呂から戻る時、寮母さんに夜間外出許可を申請しておいたので、生徒手帳をかざせば通用口から出入りできる。
鈴鹿は眠そうだが、夜中の外出の誘惑には逆らえないようで、目をこすりこすりだがついてきた。
可哀そうだから、背負って連れて行こう。
外に出ると、ほとんど人は歩いていない。
校舎や寮も大部分は電気が消えていて、僅かな月明りに道が照らされている。
そんな中、購買の建物からは
× × ×
購買食堂に入ると暇そうに雑誌を読んでいたおばちゃんが、顔を上げた。
紅葉と史織は店の前にディスプレイされている食品サンプルを見て、何か話し込んでいる。
「おや、今の時期にお客とは珍しい」
「そうなんですか?」
「ああ、上級生は生徒会関係者以外は大体休みだからね」
電気が半分消えた室内の隅を顎でしゃくると、一人の男子生徒が大量の料理と格闘していた。
「来るのはあんな例外だけさ。で、入学早々門限破りかい?」
「いえ、あの子たちがレベルアップして夕食食べ損ねたので」
やっと店内に入って来た二人を見て、おばちゃんが「ほう」と言うように眉を上げる。
「レベルアップって、どれだけ上がったんだい?」
「5、ですね」
ますます眉が上がって、値踏みをするようにこちらを見る。
「0から?」
「はい」
「それは四人全員?」
「いえ、彼女たちだけです」
「ふーん。入学早々女の子をパワーレベリングするとは、あんたもなかなか隅に置けないね」
別に隅に置いて頂いて全然かまわないんですが。
こっちのそんな思いはよそに、暫く二人を眺めて何か納得したようだ。
「かなり足りてないようだね。じゃあ、女子向けヘルシー系ガッツリ料理を用意するよ。あんたたちはどうする?」
「ちょっと迷宮で強いのとバトったので、肉が食べたいですね。妹には夜パフェを」
「じゃあまずはあの子たちのを用意するよ、あんたのはちょっと待ちな」
「それで構いません」
手帳で清算すると、結構な値段でちょっとびっくりした。
稼いでおいて良かったなあ。
席に戻ると、二人がそわそわしている。
「あの、私たち」
「ああ、分かってる分かってる、ここは奢るから気にせず食べてくれ」
「いえ、武器もお借りして戦い方も教えて頂いているのに、その上に奢って頂くなんて」
「じゃあ、これは先行投資だと思ってくれ。二人が仲間に入って戦力になればもっと稼げるようになるための」
紅葉が納得していないようで暫く沈黙したが、空腹と財布が空なのには勝てなかったようで、しぶしぶといった感じで口を開いた。
「……はい」
「ゴチになります!」
深刻な顔の紅葉に比べると史織はノリがいい。
ポイントなんて、ちょっと頑張ればすぐに稼げるから、そんなに気にすることは無い。
そんな話をしている間に、二人の前にカセットコンロに乗った相撲部屋のちゃんこ鍋かと思うような土鍋がどん、と置かれた。
「あの、これは……」
顔を見合わせる二人に、おばちゃんが事も無さげに応える。
「時間が無かったからね、手軽に作れる鳥の塩バター鍋だよ、レベルアップに必要な栄養が十分に摂れるようになってるから安心しな」
「一人一つあるんですけどー」
「それぐらい食べないと、身が持たないよ。レベルアップで猛烈に栄養が必要になるからね」
「えっ、これを一人で一つ……」
「レベルが5も上がったんだろ、これぐらい楽に入るから、騙されたと思って食べてみな」
おばちゃんの説明によれば、レベルアップした後にしっかりと食べないと、その先の成長度合いが悪いそうだ。
この辺りは学校でしっかりと検証されていて、授業でも説明されるらしい。
とはいえ、普通はこんな早い時期に、しかもいきなり5も上がるのは滅多にないとのこと。
新入生なら、基本を教えた頃にやっとレベル1になるのでも、早いぐらいだそうだ。
その程度なら、学食で十分だとか。
「美味しい!」
「マジ美味しいじゃん!」
話の間に待ちきれなくて「いただきます」した二人が、目を輝かせている。
白菜ときのこを中心とした野菜類に、大量の鶏肉、それに恐らく結構な量のにんにくが入っているんだろう。
いかにも元気になりそうな良い匂いがしているのを、箸が止まる間もなくどんどん減っている。
「ほら、行けるだろ?」
「はい、足りないぐらいです!」
「お代わりってできるん?」
史織が容赦なくお代わり宣言を出したのに、ちらっとおばちゃんが視線を投げてきたので、小さく頷いておく。
「そうだねえ、じゃあ用意するからちょっと待ちな」
「「はーい!」」
二人から遠慮ない返事が来た。
豪快な食べっぷりを見ていると、こっちもお腹が空いてきた所にタイミングよくおばちゃんが鶏野菜炒め特盛を持ってきてくれた。
鈴鹿は横に座ったままぐっすりと寝ていたが、目の前にイチゴの夜パフェが置かれると、パチッと目を覚ました。
「のわっ、何かあるのじゃ!」
「特製パフェだよ、いいイチゴが手に入ったのに誰も食べに来ないから大サービスさ」
「美味しそうなのじゃ~」
鈴鹿が言う通り、グラスの側面に綺麗なクリームとの地層を見せ、その上に、バラの花が広がるように盛られた大量のイチゴ、そして彩のように乗ったミントの葉がアクセントになって実に美味しそうだ。
紅葉と史織も、目が釘付けになっていて、二人から猛烈な圧を感じる。
「あー、二人も食べるか?」
「食べる食べる!」
「ちょ、ちょっと
苦笑するおばちゃん。
「あー、イチゴは終わりだから他のでいいかい?」
「他ってナニ?」
「キウイかバナナ、後は抹茶とチョコだね」
「じゃあ抹茶!」
渋い趣味だな、おい。
「あの、ではバナナをお願いします」
「あいよ」
おばちゃんが戻るのに合わせて、清算する。
お代わりの分も合わせると、明日の食事分ぐらいしか残っていないが、まあまた稼ぎに行けばいい。
あのでかい骸骨騎士が出てきたら戦い自体は楽しいが、稼げないのがネックだが。
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