第35話 目玉ハンバーグ

 部屋に戻ると、二人はまだ寝ていた。

 寝息は安定しているので、夕食を食べに行っても大丈夫だろう。


「のう、ぬし殿」


「どうした、鈴鹿」


「れべるあっぷとやらは大変なんじゃのう」


「そうだね、世の中にはまだまだ強いのがいるのが分かったし、先は長いな」


「うむ、弱いのばかりじゃったので舐めておったが、あ奴には苦戦しそうじゃ」


「あ奴って、骸骨騎士……漆黒なる逆十字騎士だっけか」


「確か、そんな名前じゃったの」


 なんか違う気がするが、まあいいか。

 確かに強かった。

 初級迷宮でも深い所に潜ればあんなのが出てくるのか。

 リベンジするのが楽しみだ。

 それにはもっと自分を鍛え上げないと。


「もっと刀だけで戦う訓練をした方がいいな」


「うむ、わしもそう思っておった。まじかるメイスは楽しいが、あれでは強うなれん」


「楽をしないで一番得意な武器に磨きをかける。もちろん他の武器も使うけど、それは刀に絶対の自信を持ってからだ」


 力強く宣言すると、鈴鹿が眉をしかめる。


「……まあ、虫は焼くがの」


「うん、虫は焼こう」


「その前に食事じゃな」


 紅葉達が起きる気配が無いので、置き手紙をして食事に向かう。

 寮の夕食はハンバーグプレートだった。


「のわわーーはんばーぐさんの上に目玉焼きが乗っておるのじゃ!」


 大喜びの鈴鹿に寮母さんが嬉しそうに微笑む。


「チーズもあるよ」


「なんと豪華じゃのう」


 ますます目を丸くする鈴鹿。


 プレートの上には、大きなハンバーグにスライスチーズと目玉焼きが乗っていて、たっぷりのキノコソースが掛かっている。

 付け合わせにはほかほかの白いご飯と真っ赤なパスタに、ポテトのサラダ、茹でたブロッコリーと人参のグラッセ、プチトマトが添えてあり、イタリア国旗のようなカラーリングになっている。

 鈴鹿のご飯の上には特別に小さな旗が立っていて、お子様ランチ風だ。


 空いているテーブルにプレートを運び、鈴鹿を座らせ、スープとお茶を持っていくと、ナイフとフォークを手にニコニコ顔を見せている。

 向かい側の席に座ると、他の生徒がちらほらと見えた。

 主に女子生徒たちは鈴鹿の姿を見て、ほっこりとしているようだ。

 そういえば、この間視線をくれていた男子生徒は見かけないな。

 

「いただきます」


「いただきますのじゃ!」


 鈴鹿が最初にチーズと目玉焼きごとハンバーグのど真ん中にナイフを入れて、半分に分ける。

 玉子の黄身がとろりと流れ出し、溶けたチーズとソースと一緒にハンバーグの肉汁と混ざり合った。

 更に小さく切って一口分にすると、玉子やチーズ、ソースに絡めて口へと運ぶ。


「うーーーーん、美味しいのじゃ~」


 一口味わって、ナイフとフォークをプレートの上に置くと、両手を頬っぺたに当てて幸せそうな顔を浮かべた。

 幸せな顔のまま、次々と手を動かしていく。

 だが、突然ブロッコリーをフォークに刺して動きが止まり、まじまじと見つめている。


「のう、ぬし殿」


「どうしたんだい?」


「このぶっころり、どうしても食べねばならんのかのう……」


「好き嫌いすると大きくなれないよ」


「……うー、しかしのう」


 鈴鹿は基本的に好き嫌いはない。

 だがどうもブロッコリーはもさもさしていると言ってあまり好まない。

 どうしたものかなあ、ここは心を鬼にして無理に食べさせるか、それとも何とかするか、悩ましいところだ。


「うぬーー」


 涙目になっている鈴鹿可愛い。


「仕方ないなあ、じゃあ人参さんと交換して上げよう」


「わーい、やったのじゃーーー」


 ひょいひょいと人参とブロッコリーを入れ替える。

 まあ、鈴鹿に頼まれたらいやとは言えないからなあ。

 こうなるのは最初から分かっていた。


「あーん、なのじゃ」


 目の前にブロッコリーが突き出された。

 さっきフォークに刺してにらめっこしていた奴だ。

 これはご褒美ですか、やったー。


 フォークのブロッコリーを口にする。

 背後でぐぬぬという声が聞こえた気がするが、まあ気にすることはないだろう。

 どうでもいいが、幾つかあるブロッコリーの和名は芽花椰菜めはなやさいで、花椰菜はなやさいとはカリフラワーのことで、どちらもキャベツの変種だとか。

 茹でるとほのかな甘さが出てきて、美味しいんだけどなあ。

 

「はーー食べたのじゃ~~」


 お腹をポンポンと叩いて満足げな鈴鹿。

 プレートはすっかり綺麗になっている。


「ごちそうさまなのじゃ」


「はい、ごちそうさま」


 寮母さんにお礼を言って、一旦部屋を覗くと史織が紅葉に抱き着いているが、起きそうな気配はない。

 風呂に行くか。


  ×  ×  ×


 今日の風呂は半分埋まっている。

 一番奥の扉を開けると、他とは造りが違った。

 今までのは、壁も床も古いタイル張りで、三人分の洗い場と二人が足を延ばして体がぶつからない程度の浴槽があるだけだった。


「露天風呂なのじゃーーー!」


 そう、鈴鹿が大喜びしているように、中にあったのはウッドデッキに木製の風呂桶が埋め込まれた大き目の露天風呂だ。


「ぬし殿、早く、早く入るぞ!」


 興奮して慌てて服を脱ごうとしているが、頭がつかえて制服の上を脱ぐのに大苦戦中だ。


「はーい、バンザイしてー」


「むー、ばんざーい」


 両手を上げる鈴鹿、上着を引っ張って脱がせると、今度は脇の下に手を入れてくるりと背中を向けさせる。

 そのまま支えると、自分でスカートのホックを外してジッパーを降ろし、すとんと足元に落とす。

 インナーも手伝うと、上を向いてニパっと笑う。


「先に行くのじゃーーー」


「ちゃんと洗うんだぞー」


「はいなのじゃーー」


 カラカラとガラス扉を開けて外へ出ていく。

 うわっ、風が寒い。

 日中は割と暖かくなっていたのに、日が落ちるとまだまだ急に寒くなるなあ。

 

 服を脱いで体を洗うと鈴鹿に続いて外へ出る。

 我慢できないほどとはいえ寒さが身に染みるので、急いで露天風呂へと身を沈める。


「ふーーーー」


 湯口から少し熱めな源泉がこんこんと流れこんでおり、疲れた体に染み渡る。

 空を見上げると、満天の星空が落ちてきそうなほどで、冬の大三角形を春の大三角形が追いかけているのが見える。

 鈴鹿が星を掴もうとするように手を伸ばして、ぐっと握る。


「あそこまでは遠いの」


「ああ」


「まるで今の我々のようじゃ」


 珍しく鈴鹿が弱音を吐くので、髪の毛をくしゃくしゃにするように撫でた。


「大丈夫、急ぐなと言ったのは鈴鹿の方だろう? 星には簡単に届かなくても、まずは今日の骸骨と戦えるように鍛えよう」


「……うむ、そうじゃな。そのためには、まずはあの二人を仲間に引き入れないとならぬ」


「マジで?」


「大マジじゃ。ぬし殿の仲間はわしが責任をもって探して進ぜようぞ」


 やれやれ、これからやることが多いな。

 二人が起きたら話をしないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る