第25話 登山大事故発生
ハッとこちらを見る史織。
「ねぇ、その魔石って幾らになるの?」
「10ポイントだな」
「えーそれっぽっち?」
「あの……売ってた剣、安いのでも5万ポイントとかしたんですけど……」
紅葉が蒼ざめて手にしたロングメイスに視線を落とす。
「って、この槍ならゴブリン何匹倒さなきゃなんないのよ」
「学校も、貸し出しの警棒で何とかなると思っているんだろう。調べたら他の武器も貸し出してるかもしれないけど」
「六尺棒程度なら自分でも作れるじゃろ」
「いや、あれは結構面倒だぞ」
子供の頃、作ってみたから分かる。
バランスよく綺麗に削るのは結構手間と時間がかかる。
それが一撃で折れた時は、膝から崩れ落ちたものだ。
たった1万ポイントなら、作るより買った方が早い。
二人とも落ち着いたみたいなので、先に進む。
やはりまた十字路にゴブリンが待ち構えている。
これもまた一体だけで、武器もこん棒だった。
「今度は二人だけでやってみろ」
「えっ?」
紅葉が不安そうな表情を浮かべて、すがるようにこちらの手を掴んでくる。
なので、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、教えた通りにやれば楽勝だ。それに、危なそうならフォローするから」
「はい!」
背中を一つぽんと叩くと、気合が入ったのか真剣な表情でロングメイスを構えた。
「あー、紅葉ちゃんいいなあ」
「お主も頑張れ」
鈴鹿が史織の太ももをポンポンと叩く。
「あー、アタシもやる気出てきた~」
声が聞こえたのかゴブリンが駆けて来た。
待ち受ける紅葉と史織。
ゴブリンが間合いに入る直前、右手を下げる紅葉。
メイスの先端はゴブリンの目の前を通過、むなしく宙を切った。
「グゲゲ」
馬鹿にしたように笑うゴブリン。
足を止めてその場でこん棒を振りかぶった。
一瞬紅葉の体が硬直するが、振り上げたロングメイスの先端を下げ、そのまま僅かに右手を滑らせ、尖ったゴブリンの鼻を正面から殴る。
更に史織が槍で追い打ちをかけ、左胸に穂先が突き刺さる。
その穂先をゴブリンが左手で掴んだ。
「抜けない、どうしよう!」
「大丈夫!」
助けに入ろうかと思う前に、紅葉がメイスを左右に振ってゴブリンの顎を連打する。
「おお、いい攻撃じゃ」
「ナイスアタック!」
ゴブリンがふらつき、槍から手が離れた。
その瞬間、紅葉が叫ぶ。
「史織ちゃん!」
「うん!」
史織が体全体を使って槍を突き出すと、がら空きになったゴブリンの喉に、深々と突き刺さった。
「グギャ!」
断末魔の悲鳴と共にゴブリンが粒子となって消えた。
「えっ」
「もう倒れた?」
あっけなさに呆然とする二人。
「よくやったのじゃ、二人とも」
こちらが褒める前に鈴鹿が
緊張していたのか、二人ともへなへなと座り込んだ。
手帳によれば、一階のゴブリンは大体一体ずつしか出てこないのと、こん棒か錆びた短剣程度しか持っていない。
脅威度はかなり低いので、こん棒持ちは二人に倒させよう。
短剣は一応刃物なので、慣れるまでは手助けをした方が良さそうだ。
戦いのパターンを決めると、比較的楽に二人とも倒せるようになった。
史織は相手の動きに応じて柔軟に対応できるのに対し、決められたルーチンをこなすのなら紅葉も悪くはない。
かなりロングメイスの扱いは良くなって、タイミングを計るのも上手くなってきた。
一階なら二人だけでも何とかなるだろう。
次の課題は複数や盾持ちの相手だろうな。
なので、ここはさくさくとゴブリンを倒して最短ルートで進むと、大体20分ほどで階段に到着した。
「凄い、こんなにあっさり階段が……」
「そりゃあ地図があるからな」
「それにしたって……」
鈴鹿がさっさと階段を下りていくので、史織が慌てて追い掛け、紅葉も後に続く。
後を守るように最後尾で紅葉を見送ると、背後に気配がしたので振り向きざまに腰の刀を抜き打つ。
奇襲をしようと潜んでいたゴブリンの首が一つ飛んで、粒子になって消えた。
暗く擦り減った階段を降りていく。
「きゃっ!」
突然目の前で悲鳴が上がった。
「敵か!?」
急いで階段を降りようと進むと、前から何かがぶつかってきたので、思わず受け止める。
むぎゅ。
むぎゅ?
何か柔らかいものが手に当たっている。
「あ、あの、すみません……」
「え、ああ」
困惑している声が聞こえたので、視線を降ろすと逆さになって見上げている紅葉と視線があった。
「あー、ナニ二人で、イチャイチャしてるの?」
「ぬし殿、起こしてあげた方が良いぞ」
冷やかすような史織の声と、やや呆れた紅葉の声がした。
やっと全体像が見えてきたが、紅葉がヨガの立木のポーズっぽい姿勢で階段に横たわりかけている。
片足が宙に浮いていて、かろうじて片方のつま先だけが着いていて、
擦り減った石段で足を滑らせたのか。
じゃあ、この手のは……あ、やば。
マウンテンに手が掛かっている。
だが、どうやって起こしたらいい?
完全に紅葉はこっちに体重をかけて、動けない状況だ。
今手を離したら、階段からずり落ちるだろう。
仕方ない。
「ちょっと我慢してくれ」
「あっ、はい……」
マウンテンを掴んでいる手に力を入れて、下の段に降ろしている足を前に出す。
「あっ」
押し殺したような声が前から漏れてきたが、構わず足で紅葉の体を支えて、体を密着させる。
手を下に降ろして腹に回す。
本当は、股下に片手を差し入れた方が持ち上げるのは楽なんだが、流石にそこに手を入れると社会的に死ぬ。
紅葉の体を持ち上げつつ、くるりと反転させ、正面から抱き着く形にさせてきちんと階段に立たせるのに成功する。
僅か一瞬のできごとなのに、思考が加速していたのかスローモーションで物事が動いていたように感じて、ちょっと疲れた。
「よし、これで大丈夫」
「おおーーー」
下から拍手が上がる。
「あ、ありがとうござ……あうううーーー」
秋の竜田川のように、紅葉が完全に深紅に染まっている。
おっと、まだ抱きしめたままだった。
慌てて階段を下って、そっと床に降ろすと、今度は史織が紅葉に抱き着いた。
「紅葉ちゃーん、どうだった?」
「ど、どうって……」
史織が紅葉をちょっと離れた所に連れて行って、何かヒソヒソ話している。
「のう、ぬし殿?」
「どうした?」
自分の胸をペタペタと鈴鹿が触って、見上げてくる。
「やはり大きい方がいいのかのう?」
ああ、なるほど。
二人ともそれなりに背が高いし、スタイルもいいのに対して、子供体系なのを気にしているのか。
安心させるように頭を優しく撫でると、しゃがんで目線を合わせる。
「鈴鹿は天下一の美女になるんだろう?」
「……う、うむ」
「だったら大丈夫、大きくなる。いや大きくするって言っただろう?」
それを聞いて、ニパっと笑う鈴鹿。
「そうじゃな! 絶対に大きくしてもらうぞ!」
「ああ」
「約束!」
鈴鹿が小指を出してきたので、こちらも小指を絡める。
「げーんまん!」
鈴鹿と指切りをすると、横で史織がチェシャ猫笑いでこちらを見ていた。
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