泉開坂迷宮学院探索科~のじゃロリ鬼っ子と現代ダンジョンで神話再現のために無双します

藤士郎

第1話 鈴鹿との出会い

「鈴鹿、敵だ!」


「見えておる清高きよたか。舞え小通連しょうとうれん!」


 鈴鹿が掛け声と共に肩を揺すると、背負った短い直剣が独りでに鞘から飛び出す。

 ほの暗い洞窟の先には数体の小鬼、薄汚れた緑の肌で人の半分ぐらいの背丈、鷲鼻に尖った耳と乱雑に伸びた髪、地面に付きそうなほど長い腕に粗末な剣や槍、盾を持った、所謂いわゆるゴブリンがドタドタと耳障りな足音を立てて駆けてくる。

 直剣は放たれた矢のように宙を駆け抜け、ゴブリンの頭上でくるりと輪を描く。


「ギャ」「グッ」「ゲッ」


 蛙を潰したような声を残して、ゴブリンの首が落ちた。

 緑の血にまみれた直剣は鈴鹿の手に戻り、一振りするだけで丁寧に拭ったかのように血の跡が消える。


「本当に便利だな、それ」


「であろ? 一振りすれば千人の首を落とすと謳われた伝説の三明剣さんみょうのつるぎじゃからの」


「写しと言えども、ゴブリン数体なんて物の数じゃない、か」


「当然よの」


 ゴブリンの死体はこぼれた血の跡ごと黒い粒子となって宙に溶け、武器と防具、米粒ほどの小さな薄い赤色の石が音を立てて地面に転がった。

 拾い上げた武具を懐へ近づけると虚空へと消え失せる。


「こんな小さいのじゃ足しにもならないな」


 鈴鹿が背伸びをして、手にした石を覗き込む。


「うむ、ほとんど妖力が籠っておらぬ。恐らく生まれたての個体だったんじゃろう」


「授業で迷宮に潜るなんて思わなかったけど、学生たちが普段から出入りしているなら浅い層にいるのは雑魚ばかりってか」


「おぬしの家に出る蜂の方がよっぽど強かったぞ」


 困ったような苦笑を浮かべる鈴鹿。

 鈴鹿との縁が始まったのも蜂のせいだったな。


  ×  ×  ×


 実家は山奥の一軒家だった。

 無駄に広大な敷地に、由緒はありそうだが掃除だけでもやたら時間がかかる大きな武家屋敷のような平屋、沢山の蔵と綺麗に整備された庭と竹林が白漆喰塗りの堅固な塀で囲われ、表入口は長屋門になっていて左右には厩と中間部屋まであるほどだ。

 裏門もあるが、竹藪に覆われた細い獣道が続くのは深い森と山だけ。

 表門と平行に続く簡易舗装の道は、左は行き止まりで右はひたすら山を下っている。

 家を囲む周りの山も実家の敷地らしく、人里に出るのに車で一時間はかかる。

 子供心にも何でこんな山奥に住んでいるんだろうと思うぐらいの僻地だ。

 当然近所に年の近い子供なんていない。

 子供どころか、近所の家自体がない。


 そんな広い家に住んでいるのは親と自分だけ。

 たまに誰もいない部屋から音がするが、あれは気のせいだろう、多分。

 

 小さい頃の遊び場は裏道の竹藪だ。

 だが、竹藪の先には大きな蜂の巣があり、大型犬ほどもある巨大な蜂が巣くっていて先はどうなっているのか分からなかった。

 親父に相談すると、一本の木刀を渡された。


「あの、これでどうしろと」


「お前も俺の息子なら、自分で退治しろ」


「そんな無茶な」


「やれるやれる」


 今思えばあのクソ親父、子供に無茶振りにも程がある。

 小学校にも上がっていない体では、大人用の木刀を振るだけでも大変だ。

 だが、修学旅行の学生が温泉地で何故か木刀を買うように、子供に木刀は非常に心奪われる存在だ。

 自分だけの武器、それほど心躍るものがあろうか。

 無茶は言うが嘘はつかない親父がやれると言ったのだ、これをちゃんと使えればあの蜂を倒せるのだという確信めいた考えが頭にこびり付いた。

 暫くは我流で振り回して、何とか使えるような気分になったので、意気揚々と蜂の前に立つ。

 

 まあ、ボコボコだったね、自分が。


 子供の力で殴っても怯みもしないし、逆に追い掛け回されて必死で逃げ惑ったものだ。

 塀に近付くと戻って行ったので、裏門まで逃げ切って何とかなったけど。

 だけど負けっぱなしなのは悔しくて、毎日素振りを繰り返し、敷地の周りを走って体力を付けた。

 最も一番楽しみだったのは、運動の後のお菓子とココアだったけど。

 まあ、ココアだと思っていたのはプロテイン飲料だと知ったのは小学生になってからだったな。


 それに家では母親の一人が、必ず様子を見ていてくれた。

 危なくなると『母さん』は家の中からでも弓で蜂の目玉さえ余裕で射抜き、『お袋』は巨大な斧槍を軽々と振り回して蜂を一撃で粉砕し、『ママ』(大きくなって恥ずかしいから呼び方を変えようとしたら物凄く泣かれた)は電撃で蜂を消し炭にする。


 体作り、効果的な筋肉の付け方やストレッチの仕方、食事の管理とか、体が出来上がる前に成長を阻害しない運動の組み立てとかは『お袋』が細かく教えてくれた。

 『母さん』は、敷地内の竹藪で竹槍や竹矢来による簡易的な防御柵で蜂を足止めする方法や、竹に鎌をくくり付けて簡単な武器にする方法を。

 お菓子とココア味プロテインは『ママ』特製で、簡単な食事の作り方や、野草を薬にする方法を。


 小学校に上がって下の街に通うようになった頃、やっと木刀で蜂を倒せるようになって、同時に世間一般では母親は一人しかないのも知った。

 普通の蜂は犬ほど大きくもないのと、余計なことは言わない方がいいとも。


 知るための代償は大きかった。


 噓つきとして小学校では孤立した。

 山奥から出てきて嘘ばかり言う常識の無い変な奴と。

 しかも、住んでいた山は近寄ってはいけない場所らしい。

 嘘じゃないと証明しようにも、誰も近寄らない。

 同級生だけではなく、先生も否定する以上、子供としてはどうしようもない。


 そんな時、鈴鹿と出会ったんだ。


 日課のトレーニングの最中、蜂に襲われている子供を見つけて慌てて助けたら、古いが小奇麗な桜色の着物に短い袴で背中に短剣を背負った女の子だった。

 近所に子供なんて一人もいないはずなのに、同い年くらいの子供と出会えたのが嬉しくて、暫く一緒に遊んだり、蜂退治ごっこをしたり、トレーニングしたり、一緒に『ママ』のお菓子を食べたりした。

 

 ある日、名前を聞いたら「ない」って言われたんだ。


「ないちゃん?」


「違う、名前はない」


「だから、ないちゃんでしょ?」


「名前を持っていない」


「じゃあなんて呼んだらいいかな?」


「好きにせい」


 そう言うとくるりと後ろを向いてしまった。

 女の子の袖に付いている鈴がちりんと鳴る。


「すず…すずか」


 肩がピクリと動き、勢いよく向き直る。


「今何と言った!」


 目が期待でキラキラしているのに気が付く。


「すずか」


「…そ、その名で呼んでくれるのか?」


 期待と否定されるのを恐れる色が目の中で踊っているのが見えた。


「ああ、すずかって呼ぶけどいい?」


「うん!」


 夕日の中彼女、いやすずかが大きく頷く。

 右手をおずおずと伸ばして、何かを期待するようにワキワキとさせながら。


 そうか。

 彼女も拒絶されるのが怖いんだ。

 大丈夫、僕はここにいる。

 今度は間違えない。


 右手を出してその手をしっかりと握る。


「僕は清高。これからも宜しく、すずか」


「うむ、宜しくなのじゃ!」


 すずかの顔が夏のひまわりのようにぱあっとほころび、お互いに強く手を握る。

 直後、まばゆい光に包まれた。

 光の中、すずかの桜色の着物は薄水色の水干に、短い袴は紅の足首までの袴に、足は草履から浅靴に、頭には立烏帽子、背中の粗末な短剣は黒漆の鞘に銀で装飾された短い直剣に変わっていく。


「すずか、その姿は!」


「これはどうしたことじゃ」


「あらあら、契約完了ね」


 いつの間にか後ろに『母さん』が立っていた。


「契約…って?」


「この子」


「鈴鹿じゃ!」


 すずか……いや、鈴鹿が母さんに向かってドヤ顔で薄い胸を張る。

 頭を優しく撫でる母さん、嬉しそうな顔を浮かべる鈴鹿。


「鈴鹿ちゃんは小鬼よ、気が付かなかった?」


「へ?」


「ほら」


『母さん』が撫でていた手で鈴鹿の前髪をかき分けると、短い二本の角が姿を見せた。


「うわ、かっこいい! ねえねえ、触っていい!」


「「え?」」


 男の子が角を見たらどうなるか、そりゃガッツリ食いつくに決まっている。

 『母さん』も鈴鹿も目を丸くしているが、手を伸ばして触ろうとして、困ったような反応を見て手を止める。

 上目遣いでおずおずと尋ねてくる鈴鹿。


「怖くないのか?」


「何が?」


「つの……」


「何で、超絶カッコいいじゃん。触ってみてもいい?」


「……そうか、カッコいいか」


 鈴鹿が耳を赤くして微笑みつつ俯いた。

 角は男のロマン、いいなー、欲しいな~。


「うん、ねえ母さん、何で僕には角が無いの」


「それは母さんにも父さんにも角が無いからかしら?」


「そっかー」


 思わず心底残念そうな声が出た。

 あの当時は他の人間に、いや普通の人間に角が無いなんてのも知らなかったんだ。

 つか、『ママ』の耳は笹の葉のように長くて尖っているし、人間ってのはもっと色々いるもんだと思っていたぞ。


 俯いていた鈴鹿が顔を上げて、消え入りそうな小さな声を出した。


「……良いぞ」


「えっ、触っていいの!」


「但し優しくじゃぞ」


「うん!」

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