42 青の剣の秘密


「アル、オレは、、•••オレたちはこの勝利をあなたに捧げます。」





カイルが両手で青の剣を構え直すと、光が漏れ出るかのようにその刃の輝きがグラデーションを映し出していく•••カイルは、屈伸するように軽く両膝を曲げ、そのまま加速することなく高く跳び上がった••天井近くで器用にクルッと回転しエドゥアルト王子が倒れている場所に着地する直前、青の剣を両腕で振り下ろし、鎖を切断していく•••!!




一方、カイルの合図と共に、フェンリルはタンッと地面を蹴り、茫然として凶暴な目を見開き突っ立っていた男の目の前まで一気に加速する•••男に反撃の隙を与える間も無く、お腹のど真ん中に蹴りを命中させた。


ドガァアッッ•••ン


何メートルもの先の壁にまで吹き飛ばされた男は、今の衝撃でポロポロと欠けて落ちてくる岩の中に身体が半分埋まる•••ヒッーヒッッーと奇妙な呼吸音をだし、息も絶え絶えに、驚愕で血走った目が開ききっている•••


フェンリルは何事もなかったように真っ直ぐと立ち、冷たい目で男の様子を見届けた•••

「君には、青の剣を使う価値もない。」



鎖の拘束を解かれたエドゥアルト王子が、全身血まみれのまま、男が落とした刃物を拾い、男の前まで歩いてきて目の前でかざす。「貴様には、こちらがお似合いだ。」自慢の銀髪は、大量の血により、鳶色に変色しており、その姿は狂気を纏い恐ろしい•••

抉れた皮膚から肉片が丸出しで、常人なら意識を失ってもおかしくないほどの傷を受けてなお、平然と立ち上がり、片側にだけ冷たいアイスブルーの瞳を覗かせる王子の姿に、男は歯をカチカチと鳴らし「やめッ•••ッ••••••やめッ•••ろ•••」と、青ざめた顔で、取り憑かれたように繰り返す••


王子は、切長の目で男を見下ろし、面白そうに冷淡な笑みを浮かべ、先の尖ったノコギリをまるで剣のように物凄いスピードと力で男の肩に一突きする•••「ぁああアァああッああああああああああああああ!!」男の肩から血が噴き出し、醜い悲鳴が響き渡る。下半身が瓦礫に埋まっている状態では、逃げることもできない•••予測不能で、度が外れた王子の荒々しさに、男は精神錯乱寸前だった•••


「自分の愛用する武器でやられるというのは、どんな気持ちだ?」王子は床に落ちていた血のついた刃物を何気なく手に取ると、ポイッと男めがけて放り投げる•••ブンッと鈍い音を立てて、刃物が男の首の皮一枚、スレスレのところを過ぎていく•••「•••ッ•••ヒィッッ••••」男は狼狽し、喉をかきむしるように悲鳴を上げる•••冷や汗が噴き出し、血の気が引いて青ざめた顔で、痙攣をおこし始めた••••痙攣がしばらく止まず、フェンリルが男に呼びかけても反応が鈍くなり、そして男は、恐怖が臨界点に達したのか、突然気絶してしまった•••


王子と男のやり取りの一部始終を目撃し、少しだけあの男に同情する•••だって、ほんとっーに、恐ろしかったもの••••敵も恐ろしかったが、エドゥアルト王子の闘いぶりは、それ以上だった•••味方だったから良かったものの、もし敵だったらショーンのトラウマになってもおかしくない••••でも••••とゲームの設定を思い出す。人さらいを早い段階で止められたことで、フェンリルの精神は崩壊しなかったし、戦も回避できたっ•••!!!


気絶した男を前にしてフェンリル、カイル、そしてエドゥアルト王子が、口々に言いたい放題言い合ってる•••

「気を失ってしまったね。」

「脅かしすぎだ。」

「フンッ、生ぬるい。」


フェンリルがやれやれとでも言うように、男の前にしゃがみ込み、男の肩を優しく叩く。「起きるんだ!このままだと君、死んじゃうよ。」

男はまだ意識が朦朧としているようで、呼びかけにもあまり反応がない••••


カイルが私たちの方を振り返り、急いで駆けつけてくれる。腰を屈め乱れたショーンの薄紫色の髪を整えながら安心させるように撫で、そしてもう片方の手をショーンの肩に乗せる。

「ショーン!立派だったぞ。あと、アルを守ってくれてありがとな。」


ショーンは目に涙を溜め、首をコクンッと一度頷き、唇を引き結ぶ•••きっとまだ恐ろしさが残っているんだ•••遠目からショーンのそんな様子に気づいたフェンリルが、男を王子に任せ、こちらに歩いてきた。エドゥアルト王子とカイルは2人とも血だらけで、なかなかに壮絶な戦闘だったことを窺わせるけれど、フェンリルだけは普段と変わらない優雅な姿だ。笑顔まで浮かべてやって来たフェンリルは、「ショーン、おいで。」と、拳を握りしめ泣くのを必死で我慢している少年を抱き上げた。ショーンはフェンリルの手に抱かれ、背中を優しく撫でられて安心したのか、すっかり無抵抗だ•••

•••


フフッ、大人びているけどまだ子どもなんだわ•••綻んだ顔を自覚しながら見ていると、カイルがこちらへ向き直り、「アル、お待たせしました。」と、私をお姫様抱っこで抱き上げる。•••!?••••「だ、大丈夫だから!」•••歩けるわ! と言おうとして足をバタつかせようとするが、身体にうまく力が入らない•••立っているだけで精一杯だったことに自分でも気づかないほど緊張していたなんて•••!? 安堵するとカイルの身体の熱を自覚してしまい、リリアに言われた話をふいに思い出してしまう••••カイルが私を好き•••??? まさかっ•••でもっ••••一度意識するとこうして密着するのが恥ずかしく感じる•••以前は何ともなかったのに•••私、変だわ、、自意識過剰•••???? フェンリルの時は1人で憧れて舞い上がっていた感じ、、•••でもカイルのことは、、•••




「あんたが無事で良かった•••。」突然頭の上から小さな呟きが落ちた•••見上げると、アンバーの瞳が心配そうに私をみつめ、たくましい腕からカイルの震えが伝わる•••カイルがこんな風になるなんて•••!! きっと随分心配させてしまったんだ•••••下がりそうになる眉を自覚しながらも、カイルに安心して欲しくて、笑顔を浮かべる。「カイル、助けてくれてありがとう。」両手をカイルの身体に回すのも憚られ、カイルの胸にチョコんとだけ指先を預ける••••するとカイルは腕の力を少し強め、「もっと甘えてくれても良いんですよ。」と、星空が響くような声で耳元で囁いた•••!?•••カイルッ••••!!! えっ•••??? 「カ、カイルッ•••?? 」腰に回ったカイルの手の熱が伝わってくる•••先ほどより抱き抱える力が強まったために、私の耳がカイルの胸板に触れ、心臓の音まで聞こえて来る•••カイルに密かに恋しているご令嬢が見たら、絶対恨まれそうな体勢だ•••少しパニックになって身動きできず固まってたら、カイルがフハッと満面の笑みになって、私の顔を覗き込むように小首を傾げたかと思うと、「あんたが鈍感だから、これからはもっとはっきり言うから。」と宣言されてしまった••••な、何を•••???



目が泳いでしまうのを自覚して顔を上げると、エドゥアルト王子とバッチリ目が合った••• 身体を休めるためか壁に寄りかかり、腕を組み、片足を引っ掛けるようにして立っていた•••痛みのせいなのか、なぜかちょっと不機嫌っぽいのは気のせい…???

でも、今回は王子にも随分助けてもらった•••「カイル、エドゥのところへ•••」と言うと、「ああ、もちろんだ。」と連れて行ってくれた•••。



まだ血が止まっていない箇所もあり、近くで見ると傷跡が痛々しい•••思わず手を伸ばし、王子の腕にそっと当てる。王子は驚いたように切長の目を見開き、美しい瞳に私の姿をまっすぐ捉える。

「エドゥ、僕のせいで、、•••本当にごめん。そして助けてくれてありがとう。」こんなにも傷つけられて•••涙が滲む•••呼吸が苦しくなる感覚が襲い、自分の至らなさに唇を噛む•••


いつの間にか顔が俯いていたのだろう•••王子が労わるような手つきで、私の顔に覆いかぶさった前髪を横に流すようにして撫でてくれる。視界が開けた先には、先ほどとは全く違う、柔らいだ口元で笑みを浮かべた王子がいた•••!?••••

「気にするな。俺がしたくてしたことだ。」恐ろしさの欠片も感じられない、取り澄ました完璧王子とも違う•••この人、こんなに優しい顔もするのね•••胸の内側が暖かくなりかけた時、「他の男に抱かれているのは気にくわんがな。」•••!?••••もうッほんっとにこの王子はっ••!! 他に言い方があるでしょう•••!!! 少し見直しかけたのに••••。




ハハッ•••! 私たちのやり取りを見て、ショーンを抱えたままフェンリルが碧の瞳を細めて笑う。ショーンはいつの間にか寝てしまったのか、目を瞑り規則正しい呼吸音をだしている。


「そうだ!フェンリルッ、ここに現れた人質の人たちはどうなったのかしら?? それに『まやかし』の『カガミ』って??」私は疑問に思っていたことを尋ねる。


フェンリルは、文字の読み書きを子どもたちに教える時のような落ち着いた声で、何も知らない私にも分かるように丁寧に説明をしてくれた。

「ここに現れた人たちは全員、投影されていただけだよ。•••ただ、厄介だったのは、鎖はあの男の一部として現れていたから、鎖を断ち切ると、人質が傷つくように仕掛けてあったんだ•••。かと言ってあの男をそのまま殺してしまうと鎖も、その仕掛けも永遠に解けない•••だからまずその仕掛け、つまり『カガミ』を断ち切ったんだよ。」••••なるほど、•••蒼の剣で鎖が断ち切れるにも関わらず、カイルが手出しできなかった理由が分かった•••!! 「鉄が切れる」、実はこれこそが青の剣の「秘密」だ•••青の石の産地は希少ゆえ秘密にされているが、その理由も、「鉄が切れる」、そして「鉄と違い永遠に錆びない」からだ•••このような特徴を持つ鉱物は、おそらく世界中探しても、わが国が保有する青の石だけだろう•••






タタタタッッ


突然階段を駆ける複数の足音がした。


「いたぞー、こっちだ!! カイルッ!フェンリルッ!無事だったか!」



!?•••••シルヴィオ•••!!!

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