27 フローレンの川辺で、出逢う、、、

水の国ウンディーネと、山々に囲まれた隣のカイラス国の国境沿いには、精霊が住むと言われるほど美しいフローレンの川が流れている。


今、国境沿いのこの川のそばに建つ屋敷では、ウンディーネ国神官ハムルが、一人の少女に何事かを説いている最中であった。彼の水色の髪は、フローレンの川のように、窓から時折入る風に吹かれサラサラ揺れる。



「いいですか?アーシャ王女殿下、今日から3日間、こちらの屋敷に滞在します。秘された場所のため、不便もあるかもしれませんが、王女としての大切なお努めであることをゆめゆめお忘れなきよう•••」


ラベンダー色のドレスに包まれ、頭の高い位置で薄桃色の髪を一つにまとめた少女に、ハムルは熱心に説く。


「お努め?? ハムル!! 私ね、遊びに来てるみたいでとても楽しみ!」


シャンリゼのマゼンタ色の花を髪飾りにつけている少女は、甘い匂いを見に纏い、目を輝かせる。



•••父上や母上と離れるのは寂しかったけど、でもなんだかドキドキするわ•••


「姫さま••」

ハムルが、私の手を取り、目を細め笑顔で、そのまま私の目線に合わせるように腰を折った。


「明日、姫さまのためだけの素敵な青の石でできたネックレスを作りましょう。姫さまもまだ6歳、城から離れ、不安でしょうが、私もついております。」


「ネックレスはどうやって作るの?」

来る前に何度も聞かされたけれど、•••まだよく分からない•••


目の前で、好奇心を溢れさせている少女に、ハムルの頬が弛む。


「城の蒼の間に置いてある、青の石は分かりますね?」


「うん!毎日見てるもの!」

お星さまや太陽、キャンドルの火があたるたび、虹色にキラキラしながら青く光るとてもふしぎな石だわ•••毎日見てるのにぜんぜん飽きない•••


「あの石は、この屋敷の裏手、フローレンの川に近い水場で採れるのです。明日の朝、そこで、姫さまと相性の良い石を選びましょう。明日の朝まで少しお部屋でお休みになってください」


フローレンの川、••来る途中に馬車から見たけれど、、•••赤や黄色の花も近くにたくさん咲いていた•••小さな川だったけどとっても綺麗だった!•••明日の朝までなんて待てない•••!!•••ハムルはこの屋敷の裏って言ってた、、•••ほんのちょっと•••ちょっと覗くだけ•••



◇◇◇


屋敷の使用人たちは、少女の明日のお祝いの支度で皆慌ただしく、神官ハムルも書斎で彼の役目の一つである日誌を綴っていた。厨房では、長旅で疲れた身体を労わるための温かいスープがつくられている。バターで炒めたポロ葱に、白インゲン豆やローリエを加え、潰して濾したポタージュスープは、城にいる時に少女がよく好んで食べていた味である。



•••美味しそうな匂いがする•••!! ちょっとだけ見たらすぐに自分の部屋に戻ろう•••


少女は心を躍らせ走る。



!!•••うわぁ•••!! 川の近くに、とってもキレイなお花が咲いてる•••!!


色とりどりの花々に心焦らし、さらに早く走ろうとした時だった。


「ッ!••キャッ!•••痛ッ!」


少女の小さな体は、石につまづき、地面の上に倒れた。


••••ッ•••お花しか見てなかった••• こんなところにこんな大きい石があったなんて•••!!




少女は、草に覆われた地面に手をつき、上半身を起こすとそのまま膝を抱えるようにして、泣きながら座る。


ッヒックッ••••ッグスッ••••痛い•••




ガサッゴソッ



川の流れる音や小鳥のさえずりに紛れ、人の足音が鳴る。



「••お前、••大丈夫か?」


!? •••だれなの•••?


少女は少し驚きながらも、ゆっくりと顔をあげる。


•••マントを頭からかぶってる•••だれなの?•••でも、とってもキレイな金色の瞳の男の子•••はじめて見る•••知らない子•••、、•••


「•••あなた誰?」


涙でぐちゃぐちゃの顔を、手でぬぐう。


「•••誰でもいいだろう••。怪我、したのか、、••? 見せてみろ。」


男の子は、マントから腕をにょきッと出した。服装に似合わない光る腕輪だけがやけに目立つ。


転んだところは痛い、、けど、、•••


「いやよ、! スカートの中を覗かない、、で•••」


レースに縁取られたスカートの裾をぎゅっとつかむ。


「なっ、そんなんじゃない、怪我を見るだけだ。」


男の子は、目をまん丸にして、赤くなった顔で、あわてて一歩後ろに下がった。



「いい、自分で見る、少し向こうを見ていて」


私は、少しだけスカートを捲り、自分の膝から血が出てるのを見た•••ヒリヒリする•••また、ハムルに怒られる•••?


「どうだった?」


男の子が後ろを向いたまま、聞いてきた•••小さな声だったから、••怖くない•••?


「分からない•••血が出てる」


「何もしないから見せてみろ」


男の子は振り返ると、マントから頭だけ出してこちらを見た。茶色の髪の毛が太陽の下だと金色に見えた•••


「これ•••」


私はギリギリのところまで、ゆっくりとスカートをまくり、血が出てるところを見せる•••


男の子が近づいてきて目の前でしゃがむと、腕輪のついた手を伸ばして、そっとふんわり包み込むようにケガしてるところに手を当てた•••



ポワァッと優しい光が男の子の手を当てたところに見えた気がしたけど、外は太陽の光でまぶしかったから気の、せい、、?


男の子がふいに手を離すと、傷がキレイに消えていて、血もなかった•••!!!


「!?•••うわあぁ••!! すごい!! どうやったの•••?」


彼は、照れた様子で、また頭にマントをかぶり直して、私の隣に腰を下ろす。


「•••このことは秘密だ。誰にも言うなよ。」


秘密•••? ここだけのないしょの話、、、


小さな王女の胸は、初めて同年代の友達と秘密を共有したことに、胸をワクワクさせる。


「分かった!!•••ねえ、どうしてそんなにグルグル、マントを頭からかぶってるの?」


「•••」


「こんなところまで来て、カイラス国の人?」


「••違う•••」


「じゃあ、ウンディーネ国?」


「違う•••」


「じゃ、どこから来たの?•••変な子」


男の子がうつむいて、ポツリポツリと話す。なんだか少しだけ、寂しそう•••?


「•••オレが•••「普通」の人と違うから、マントを着てるんだ•••」


「みんな違うじゃない」

少女は男の子の言葉に、素直な疑問を投げる。


「そういう意味じゃない!•••じゃあ、、•••さっきみたいに、オレがお前の怪我でも病気でも、何でも治せると言ったらお前はどうする?」


私のことをどこか不安そうに見て、、•••なんだか泣きそうな顔にも見える•••ううん、きっと私の方から触ったら、消えちゃいそうなぐらい、その目が透き通って見えただけ•••


「治せるの?」

さっきみたいに•••とっても不思議で、まるで魔法みたいに•••!!!


「治してほしい、か?」



「あなたが治したかったら治して•••!!」

もしまた怪我してもパッと治せるなら素敵じゃない••???、


「治したくなかったら?」


「そんなのもちろんしなくていいわよ。当たり前じゃない」

そんなの私に聞くまでもないじゃない•••? 変なの•••



「なんだソレ」


男の子の驚いた顔が面白くて、笑いが堪えきれなかった•••!!!


フフッハハッ•••!!!



私の顔を見た男の子も、釣られて笑った•••。そして私たちは、何が面白かったのかもよく分からないままに、しばらく2人で笑い合う•••



ひとしきり笑い合った後、男の子が首を傾けたまま、楽しそうな声で話す。


「お前はそこの屋敷の者か?」


「ううん、ここにはネックレスを作りに来ただけだもの。ここまで馬車で来たのよ•••だから、終わったら帰るの•••」


帰る、と自分で言って、せっかく仲良くなったのに•••という気持ちになる•••


「ふうん、お前、いいとこのお嬢さんなんだな•••。」



「明日も会える?」


私も男の子の真似をして首を傾けて話す。


「ああ、明日も、この時間ならまた来れる。」


ニコッと笑って立ち上がる。私たちは「約束」をして、男の子は手を振り帰っていった•••



◇◇◇



「あらカイル、おかえり、随分嬉しそうね•••!!! 何かいいことがあった?」


明るい声で少年を出迎えた女性は、柔らかな笑顔を見せた。胸元まで伸ばした髪をサイドに垂らし、暖かそうな服を着た彼女は、普段よりも嬉しそうな様子のわが子に目を留める。


「かあさま!! 今日面白い女の子に会ったんだ!」

声を弾ませ、マントを脱ぐのも忘れて少年は話す。


「カイルが女の子の話をするなんてめずらしいな•• カイルの初恋だ!!」

少年と顔立ちがとてもよく似ているが、十は歳が離れているかと思われるもう1人の少年が茶化すように話す。


「そんなんじゃない!」


「あなたたち!喧嘩しないの。カイル、6歳の誕生日おめでとう。ちょっとこちらへ来てごらん。 ほら•••!思った通り、金と薄黄の色は、カイルにとてもよく似合うねえ。」


2人の少年の母親である女性は、先ほどまで自分が手元で編んでいたマフラーを、まだ小さな少年に見せる。


「カイル、かあさまの作ったマフラーはすご〜く温かいぞ••!!! ここに、カイル、とお前の名前が縫いつけてあるだろう••? 寒い時は、このマフラーをこうやって巻いていくんだ•••!!」


少年は、兄が首元に巻いてくれたマフラーの中に顔をうずめるような仕草で喜ぶ。


「!!•••温かい••!?」



「フフッ、喜んでもらえて良かったよ。」


そして母親は、その美しい髪と顔を隠すように、外出着用のマントを頭からかぶる。


「今から私は、麓のバザールに、買い物に行ってくるから、お留守番して待っておいで。イシュア、カイルのこと、頼むよ。カイル、お前はこの魔力を隠す腕輪を外すんじゃないよ。あと、父さまは今、患者を診てるから仕事の邪魔をしちゃだめだよ。」


そして、カイルと呼ばれた小さな少年の手を取り腕輪をつけ直すようにして、少年2人に声をかける。


「はい、かあさま•••!!! カイル、おいで••!! こちらで一緒に遊ぼう!」


イシュアと呼ばれた少年は、弟の手を取った。




これは、、••オレの記憶•••???

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